第一章 卯の花は旅立ちを待っている

ブラック・レイン・ランナーズ

第5話 復興の街、ウノハナ

 あの瓦礫の山から俺たちは二十分ほど歩いていた。雨でぬかるんだわだちを辿り、ときおり地図を見る。基本的にはまっすぐ進めばいい。前を行くリンゴが振り返った。


「そろそろ?」

「たぶんな」

「ふうん。やっぱり、異世界なんだねえ」

「そうだな。あんまり実感は湧かないが……」


 元の世界なら街があるはず。なのに、街はどこにもない。それどころか、あの瓦礫があったところ以外、ここらへんは軒並みこざっぱりとしていて何もない……。

 それに、不思議なことがあまりにも多すぎる。ここが異世界であることは疑いようがないが、だからといっていまいち現実味はなかった。


「ねえ」


 リンゴがこっちを向かずに言った。


「あの子、また会えるかな」

「……どうだろう。ずっとあの場所にいる、みたいなこと言ってはいたけど」

「もうちょっと話、聞きたかったね。傘のこととか」

「ああ……結局、ほとんど何も聞けなかったしな」


 あのあと俺たちはほとんど何も話さなかった。

 一方的に地図を渡され、「ここに行けば説明してくれるから」と言われただけで、すぐにあの少年、クロックスと別れた。

 結局、リンゴのお父さんの傘のことは何も聞けなかった。


「きっとまた機会はあるさ」

「そうだね……あ、見えてきた」

「うん? あ、ほんとだ」


 街……らしきものが見えてきた。雨脚が強くて、はっきりとは見えないが、シルエットが浮かび上がってくる……。


 パッと見は、西部劇なんかで見る荒野の街に似ている。家と家の間が離れていて、高い家が少ない。ただ西部劇と違うのは、どこか街の雰囲気が古風で、というか和風なところだ。屋根が瓦だったり、軒先に木が活けてあったり。

 地図を見る。「ウノハナ」……それがこの街の名前らしかった。




 ◇◆◇◆


 第一章「卯の花は旅立ちを待っている」

 小章「ブラック・レイン・ランナーズ」

 第五話「復興の街、ウノハナ」


 ◇◆◇◆


 街にはあまり人がいなかった。家々に人の気配はあるものの、外を歩いている人はほとんどいない。たまに見かけたとしても雨のカーテンの向こうに影が見えるだけだ。その人影がこちらを気にする様子はない。


「さあ、着いたぞ」


 そうこう言っているうちに目的地に到着した。クロックスがくれた地図には「ブラック・レイン・ランナーズ」という文字(見たことのない文字だがなぜか読める。これも万語翻訳薬の効果だろうか……)と、黒い傘のマークが描いてあった。


「ここに来ればわかる、ってクロックスは言ってたけど……」


 家、というよりは店のようだった。大きな屋根で……二階建てだろうか。ここらにある家々の中では大きい方だ。軒先の雨よけテントが黒い傘の形になっている。オシャレだ。


「じゃあ入るね」

「ああ」


 カランカラン。

 外開きの木の扉をくぐると、そこはちょっとした飲み屋のような雰囲気だった。カウンターやテーブルには何人かの人がまばらに座っている。あまり賑やかな感じではない。


「あら~新参さん!?」


 静寂をぶち壊す大声とともに、カウンターの奥から大柄な女性が飛び出してきた。俺の両手をがっしりと握りぶんぶんと振り回す。


「復興の街ウノハナへようこそ! ここには何の用で? 任務? あっもしかして極秘なやつかな! そうだとしたら聞いちゃダメなやつだった!? ごめんねアタシ口が止まんないたちでね~! あっそうだちょっと待ってて!」

「えっ、あっ、はい、え?」


 早口にまくしたてると女性はカウンターの奥にすっ飛んで戻った。かと思うとまた飛び出てきた。今度は手に何か持っている。


「これね旅人さんに毎回やってんのよ! ほらおでこ出して、おでこ!」

「えっ、はっ、はい!」


 俺は言われるままに前髪をまくり上げる。女性は手に持っていた赤い人形を俺のおでこに押し付ける。


「……これは……?」

「じっとしてて! じゃないと意味ないんだよ、これ!」

「あぇ、はい」


 勢いに押されて噛んでしまった。


「……はい、じゃ、あんたも!」


 女性はリンゴに向き直る。リンゴは眉を寄せた。言葉が通じてないんだろう。


「前髪をあげるんだよ」

「どういう儀式なの?」

「それは俺にもわからないけど……」

「おまじないだよ」


 カウンターのほうから声がした。落ち着いた綺麗な声だ。線の細い白髪ハクハツの女性が俺たちのことを見ていた。


「旅人の幸福を願うおまじない。エウラリア、ダメだよ説明もなくそんなことしちゃ……」

「あはは! それもそっか、ごめんねごめんね!」


 大柄な女性は両手を合わせて謝った。

 おまじない。そうか。文化の違いってやつだ。

 ここにきてようやく、異世界感を感じ始めてきた。


「いや、すみません、こいつ万語翻訳薬バンゴホンヤクヤク飲んでないんですよ」


 と俺はリンゴを指して言う。いやたぶんリンゴは翻訳薬飲んでたとしてもおまじないは拒んだだろうけど。


「あら、そうなの! ってことは、二人ともこの世界に来たばっかってことね! クロックスには会った? あの子ぜんぜんこっちに顔見せないからそのうちどっかでのたれ死んじゃうんじゃないかって心配なのよね~」

「はは、元気そうでしたよ。地図もくれましたし」

「じゃあ、二人とも適合者なの?」と白髪の女性。

「そう……ですね。俺たちの場合、ちょっとややこしいんですけど」

「ふふ。あなたたちの話も聞きたいけど……それより今は気になることがたくさんあるんじゃない? この世界のこと。この街のこと……そして、自分たちのがなんなのか」

「!」


 俺は驚く。

「力」……おそらくあの、傘を変化させる力のことだ。

 この人たちもその力のことを知っているんだ。


「エウラリア。説明してあげたら?」

「そうだねえ! じゃあ二人に説明してあげちゃおう!」


 大柄の女性エウラリアは、パン! と両手を強く叩いた。


「復興の街ウノハナと、そして、この店のこと。あんたたちの力のことも、ぜ~~んぶ!」




 次話「魔法の傘は空を飛ばない」に続く。

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