第6話 魔法の傘は空を飛ばない
俺たち四人は店内のテーブルに腰掛けた。
大柄な女性エウラリアはどうやら、ブラック・レイン・ランナーズの店長らしかった。カウンターに座っていた
「ツァスコエ・シュプライト。ロシアから来たの。よろしく」
「ロシア!?」
「え、ロシア!?」
俺の隣でリンゴも驚き声を上げた。
異世界でロシア出身の人と会うなんて。近所の知り合いと会ったような気分になる……いや全然近所ではないが。
「シュプラって呼んでね」
「シュプラさん、じゃあ、僕らの世界から来た人って他にもいるんですか?」
「まあね。
「そうそう!」とエウラリアさんが首をぶんぶん縦に振っている。「アタシはこの世界で生まれたけど、今でも結構な人数がこの異世界に来るんだよね」
「エウラリアは混種だけど、私なんかは数年前にこの場所に来たばっかりなの。この世界では私たち地球人は『レイン』って呼ばれてる」
「レイン。そういえばあの少年……クロックスも俺たちのことをそう呼びました」
「うん。あの子はレインじゃないからね……だよね、エウラリア?」
「そうよ! どの種族なのかは内緒だけどねえ」
内緒?
少し引っ掛かるが、まあ事情があるんだろう。スルーする。
「あの」
リンゴが声を差し込む。
「あの子はあそこで何をしてたんですか」
シュプラさんとエウラリアさんが顔を見合わせる。
あ、そうか。俺が通訳しないといけないのか。
「えーと、クロックスはあそこで何をしてたのかって聞いてます」
「ふふ」
シュプラさんが急に笑ったので俺は目を丸くする。
「どうかしましたか」
「通訳しなくていいよ。私たちはその子の言葉、わかるし」
「あ、そうなんですか」
「そうだねえ、アタシたちは万語翻訳薬飲んでるから!」
「今持ってたらリンゴちゃんに飲ませてあげるんだけど、持ち合わせがなくって」
そうか。あの薬を飲んでたらどんな言語でも脳に届く頃には自分の言語になってるのか……。
ん? じゃあ、クロックスにリンゴの言葉が通じなかったのはなんでなんだろう。あいつは万語翻訳薬を飲んでないってことなのか……? ……いや、よく考えれば、あいつにはリンゴの言葉が通じていたような気もする。会話は噛み合ってはいなかったが……。
「あの子はねえ。この街を守ってくれてるんだよ」と、エウラリアさんが少し落ち着いた口調で言った。
「守ってくれてるんだとさ、この街を」とリンゴに通訳する。
「あそこらへんは怪物が出やすい地域でね」
「あそこは怪物が出やすい地域なんだってさ。……怪物?」
「ああ。怪物さ。クロックスとかシュプラみたいな魔法使いは、怪物を倒して日銭を稼いでる」
「魔法使い……」
「ああ。呼び方は『適合者』とか、ほかにも地域によって違ってたりするけど、ここらでは魔法使いって呼ぶね。傘を変化させて戦う人たちのことさ」
そうか。
クロックスは俺たちに、『魔法使い』としての素質があるかを判定していたんだ。だから傘を開かせ、変化させた……。
……でも、それだったら、なんで「開けなかったら殺す」ってことになるんだろう。
「エウラリアさんは魔法使いなんですか?」
「え? アタシ? アハハハハ!!」
エウラリアさんはげらげら笑った。なんて豪快な笑い方だ。
「違うよ~! アタシが魔法使いなわけないでしょ! アハハ!」
「ね、ちょっと、パールくん」
リンゴが小声で俺をつついてくる。
「通訳してよ」
「あ、おう、そうだな……えーと。俺たちとか
「なるほど。じゃあ……」
リンゴは店の中を見回す。
「じゃあ、この店は魔法使いたちの交流場。怪物の情報が集う場所なんですね」
「……鋭い」とシュプラさん。「そのとおり」とうなずく。
「えっ、なんでそんなことわかるんだよ」
「他のお客さんの体についた傷。壁に貼りだされた懸賞金つきの貼り紙。だいたいはこういうの、セオリーだし」
「そのとおーり!」とエウラリアさんは叫んだ。「賢いねえ!」
「おそらく、大きな街には同じ名前の店があるんですよね? この店だけ少し他の家とは構えが違うし、中の雰囲気もちょっと違う」
うんうん、とシュプラさんとエウラリアさんが頷いている。
リンゴ、こいつ……なんで話聞けてないはずなのにそんなにわかるんだ。
「さっきの話の中でちょっと気になったところがあるんだけど」とリンゴは俺に耳打ちした。
「なんだ」
「私たちはこの世界では『レイン』って呼ばれてるの?」
「そうだ」
「はぁ……そっか」
リンゴは大きくうなだれた。
「なんだ、どうした」
「なんとなく読めてきたからさ。この世界では雨傘が魔道具になってる。つまり魔力そのものは雨に
「え? 何?」
「レインって、RAIN……つまり雨のことでしょ。私たちの世界での最も人口に膾炙した言語、英語でそう呼ぶ。だから英語の『雨』が私たちの種族名になってる」
「ふふ、そうだね」とシュプラさんがほほ笑んだ。「クロックスくんがアギアムっていう種族を連れてたと思うんだけど。『アギアム』っていうのは彼らの世界で言う『油』のことなんだ。彼らの世界では油が空から降っている。この世界で言う雨だね……だから『アギアム』が彼らの種族名になった。わかる?」
「え、あの、全然わかんないんですが……」
「わかんない!? この重大さが!」とリンゴは何やら興奮している。
「どうしたんだよ、一体」
「つまり! 私たちのいた世界では地球人が最も数が多くてしかもこの世界に来てるのもほとんど地球人だってこと! つまり……宇宙人はいないんだよ!」
「は?」
思ってもいなかったところに話が着陸し、俺は頭の上に?マークをめいっぱい浮かべた。
「いたとしても地球人よりも数は少ないし、言語もないかもしれない。私たちよりも文明の進んだ宇宙人なんて、全然いないってことなんだよ……」
「それ、今重要か?」
「重要だよ! お父さんの次に重要だよ」
「もしかしてお父さんのことはそんなに重要じゃないのか?」
「わかんないよね、このつらさ。パールくんとは、言葉が通じても心が通じるわけじゃないもんね」
「なんか棘を感じる言い回しだな」
「棘をぶっ刺してるからね」
「はいはい、いちゃいちゃするのはまた別の機会にしてもらうとして――」
シュプラさんが俺たちの間に手を差し込んだ。
「いろいろわかってきたことだし。『どうやって魔法を使うのか』……それを先輩の私が教えてあげよう。この世界の魔法の傘は、『メリー・ポピンズ』みたいに空を飛ぶわけじゃない……でも、それ以上に、もっとワクワクする、と思うよ」
シュプラさんはいたずらっぽく笑った。
次話「磁器の傘、インペリアル・ポーセリン」に続く
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