第3話 三日月は廻る

 雨降りしきる中、俺たちは瓦礫の山に立ち尽くしていた。目線の先には真っ白な鳥居、動き出した歯車人間ギアマン、鳥居の上に座る少年。


「元を断ち切る方がよさそうだね」


 リンゴは少年を指さした。


「あの子となら話もできそうだし」

「だといいが」


 俺の肩に開いた傷口からは赤い血がまだ漏れ出ている。

 入れ替わるようにして、雨粒が傷口に染み込んでいく……。




 ◇◆◇◆


 第三話「三日月は廻る」


 ◇◆◇◆




 鳥居の下にいたギアマンが動き出し、俺たちのほうへ歩いてきた。

 ギア弾を撃ち出すそぶりは見せていないが、やっぱり敵意は感じる。


「あの歯車の人たちはそこまで動きが早いわけじゃない」とリンゴ。「だから、私たちが全力で走れば避けられる……と思いたいな」

「俺もそう思いたい」


 悩んでる時間はない。今すぐにでも後ろからさっきのギアマンが出てきて俺たちは挟み撃ちにされてしまう。そうなると面倒だ。


「行こう!」

「お、おう!」


 駆け出す。

 だが、俺たちは二人とも次の瞬間には地面に倒れていた。


「えっ!?」


 脚に赤い鎖が巻き付いていた。蛇のように先端をもたげながらぐるぐると体を締め上げてくる。


「なにっ、これ!」


 リンゴは落ちていた瓦礫で鎖を叩いた。俺も力まかせに引き離そうともがいたが、どうにもならない。

 たちまち俺たちは腕も脚も縛り上げられてしまった。


「くそっ、どうなってるんだ……いつの間に!」


 じたばたと身をくねらせるが、どうにもほどけない。ますます強く鎖は体を締め付けていく。


 数メートル離れた場所に同じように転がっていたリンゴが声を上げた。


「きっとその子の仕業だよ!」

「その子?」


 鳥居の方を見ると、少年は消えていた。

 いや。すでに俺の目の前まで移動してきていた。


「うわっ!」


 少年は俺を見ていた。

 より正確に言うならば、「俺は少年に見られているような気がした」。少年は笠の下に狐の面を被っているから目は見えなかい。鼻も耳も見えない。口だけがさらけ出されている。


「狐……」


 少年は何も言わず俺に歩み寄る。こつこつ。少年の木靴が鳴った。


「……や、やあ」


 少年は俺の顔近くまでしゃがみ込むと、やにわに俺の顎を叩いた。


「あがっ!」


 開いた口の中に鎖がずるるっと滑り込んでくる。


「パールくん!」


 リンゴが叫んでいる。鎖はクツワのように口にはまりこむ。鎖が太いので口を閉じることもできず、かといって噛み千切ったり外したりすることもできない。


「がっ、あががあがあが!」


 何をするんだ、と言おうとしたがそれは言葉にはならなかった。

 少年は体を曲げ、自分の口で自分の服のポケットを漁った。

 そうか。こいつ自身の腕も鎖で封じられてるから、手を使えないんだ。

 そして少年はポケットから白い錠剤のようなものを口でくわえ、取り出した。


「んー! あがが!」


 激しく体を動かすが赤い鎖は体をより強く締め付けるだけで解けることはない。

 少年は唇に挟んでいた錠剤を俺の口に移した。鎖がぎりぎりと口に食い込む。鎖によって無理やりに上を向かされる。錠剤が喉を転がり落ちていく……!

 ごくん。

 飲み込んでしまった。飲み込まされてしまった!

 少年の口元が笑みに歪む。同時に口の鎖がすべて外れる。


「げほっ、ごほっ、ごほっ!」

「パールくん! 大丈夫!?」


 むせ込むが、錠剤が転がり出ることはない。


「俺に……何を飲ませたんだ!」

「薬……だよぉ」


 ようやく少年は口を開いた。少年めいた高い声だ。


「即効性……。もう……効いてる」

「俺たちを従えるのか」

「従え……る?」

「あの歯車人間ハグルマニンゲンたちみたいに」

「……歯車ニンゲン? あは……は!」


 何がおかしいのか、少年は笑う。


「それ……勘違い。僕、君たちいらない……し、それにあの子たちは違う……。人間、レインとは。この世界では『アギアム』って呼ばれてる……種族」

「……この世界?」

「そう……。君たちは異世界から来たんだ……。ここは、別の異世界。『ウェットラッシュ』……。……ゴミめ」

「ねえ、ちょっと、パールくん……?」


 リンゴが不安げな目で俺を見つめている。


「さっきから……もしかして、会話できてるの?」

「できてるのって、今話してるじゃないか」

「その子の言葉、わかるの?」

「わかるのって……」


 少年はくつくつと笑う。


「さっき……飲ませたの……は、万語翻訳薬バンゴホンヤクヤク。……叡智の遺産」

「なんだ、そうなのか。てっきり洗脳薬とかそういうのかと」

「レインはダメだね……、すぐそうなる……戦争思考」

「話が通じるみたいで助かったよ。なんで俺たちに攻撃してきたんだ?」

「して……ない。君たちが勝手に暴れた……それだけ。あのアギアムの役割は……他人を『ピン留め』する……ことだけ。使いたくなかったんだ……鎖は」

「わかった、じゃあ暴れないからさ。この鎖取ってくれないか? なあ、リンゴももう暴れないよな?」

「えっ? なに?」


 リンゴはぴんと背伸びした。


「話の流れがよくわかんない」

「こいつはどうやらそんなに悪いヤツじゃなさそうなんだ。俺たちが暴れなきゃ大丈夫らしい」

「信じていいの?」

「そう思う。じゃなきゃ、いつでも俺たちを始末できるだろうし」

「それもそうか。じゃ、暴れません! この鎖外して!」

「だってさ」


 少年に向き直る。


「……何?」

「何って、リンゴも暴れないって言ってる」

「そう……か、じゃあ…………外す」


 ずるずるずる……と鎖が体から這いずり去る。リンゴの体からも。アギアム、彼らの体からも鎖が取り除かれ、彼らは沈黙した。

 四本の鎖が少年の腕に吸い込まれていく。やがて鎖はひとつの別の形をとり始めた。


「傘……?」


 鎖はゆっくりと膨らみ、黒と赤のまだら模様がぐるぐると回転し混ざり合っていく。

 そしてやがて鎖は完全に、ひとつの傘の形になった。黒地に赤の三日月模様の傘だ。

 少年は傘をくるくると回転させると、ぱちんと閉じた。


「……さて、どこからしよう。……説明」


 少年は俺たちを見た。俺たちも少年を見ていた。狐面の下の表情はわからない。

 とりあえず、今目の前で起きた摩訶不思議な現象についてのことを考えている暇は、今はなさそうだった。




 次話「痛みは雨とともに」に続く。

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