第2話 白い鳥居と紅の鎖

 俺たちの目の前の異形の歯車人間は、大きなべべルギアを回転させ火花を散らせた。

 雨音が社殿の屋根を激しく叩いている。


「知り合いか?」

「そう見える? 私、付き合う人はちゃんと選ぶ方なの」




 ◇◆◇◆


 第二話「白い鳥居と紅の鎖」


 ◇◆◇◆




 歯車人間ギアマンは一歩足を踏み出した。俺たちに近づいてくる。その動き方はやっぱり人間の動きと似ている。しかしその非生物感は生理的嫌悪感をイダかせる。

 リンゴは一歩後ずさる。俺は一歩前に進み出た。


「えーと」


 俺は口を開く。ほぼ同時に、ギアマンは全身のギアを回転させた。床板が大きくエグれる。

 

 参拝客じゃなさそうだ。言葉の通じる相手でもない。

 どういうテクノロジーだろう、警備ロボとか? でも、廃神社にそんなの配置するだろうか。リンゴも見たことがないみたいだし……そもそもリンゴはなんで廃神社なんかにいたんだろう、ってそんなこと考えてる場合じゃないよな……。


「ギ、ギ、ギ」


 声とも音とも判別のつかない音がベベルギアから漏れた。そしてギアマンはギリギリ、と力を溜め込むような動作を取る。

 何かが来る!

 とっさに体勢を低く取る。

 ビシュッ! と空を切る音が鳴る。


「パールくん!」


 リンゴが叫んだ。赤い血が飛んだ。肩口に鋭い傷。振り返ると、壁に小さなギア――細長い円盤型のものがめり込んでいた。ギアを弾丸にして発射したのだ。


「血……」


 肩から血が出ている。

 何者かはわからないが、こいつは確実に俺たちに敵意を向けている!


「パールくん! 逃げよう!」

「えっ、お、おう!」


 俺はうなずいたが、逃げない。リンゴも逃げられなかった。

 なぜなら、ギアマンが社殿の出口にいるからだ。


「……出入口はあそこだけか?」

「うん」

「だよな」

「ギギ、ギ」

「仕方ない。もう一つ出入口を作る」

「えっ?」

「神さま、ごめん!」


 壁に手をつく。そして大きく踏み込み、決然と駆け出す――逆側の壁に向かって!


「えっ、ちょっと、パールくん!?」

「俺についてこい! うおおおお!」


 壁にタックルする! 廃神社の壁はすでにもろくなっていたのか、バキバキと音を立てて崩れ去る!

 ……なんてことはなく、俺は壁に肩をしたたか打ち付け跳ね返され、床に転がり倒れた。


「……うおおおってダサいね」

「ダメか!」

「なんで血出てる方でぶつかったの」

「治すとき片っぽだけで済むからな」


 ギャイイイン! ギアマンのギアが大きな音を立て回転した。そしてまたギア弾を発射する――今度はマシンガンのように!


「まずい!」


 リンゴの手を引き、大きな柱の後ろへ飛び込む。柱にギア弾が次々に刺さり、鈍い音を立てる。

 ギアマンは攻撃の手を緩めることなく、連射を続けながら移動し始めた。俺たちに無数のギア弾が沈み込むのにそう時間はかからないだろう。


「リンゴ、お、落ち着いて聞いてくれ」


 息を整え、リンゴの両肩をつかむ。


「なに」

「俺が死んでも墓は作らなくていい、そのまま放置してくれ。ときどき思い出してくれるだけでいい」

だよ」

「俺がオトリになるからその隙にお前は逃げろ」

「なんでそうなるの……」

「だってそれ以外に方法が――」


 パシーン!

 視界がチカチカッと光る。

 今度はなんだ? 雷でも落ちたか?

 いや違う。

 どうやら、リンゴが俺の頬を叩いたようだった。


「あのねえ。パールくんはここで死にたいの?」


 リンゴは俺の両手を払いのけると、俺の肩――怪我をしていない方に手を置いた。


「あいつはそのうち柱を回り込んでくる。私たちもそれに合わせて回り込む。そのうち私たちは出口側に行ける。逃げれる」

「……あ、そうか」

「それまで耐えればいい。死ぬ必要なんてない」


 リンゴは真っ直ぐに俺の目を見つめていた。


「はは、頼もしいよ。リンゴお前、変わったな。昔はさ――」

「パールくんが変わってなさすぎなだけ。その向こう見ずなところとか」


 チュン!

 リンゴの服をギア弾がかする。ギアマンは既にこちら側まで回り込もうとしていた!

 俺たちは柱に背を寄せ、ギアマンの逆側へ回り込む。


「ね、わかった?」


 と言ってリンゴはもう一度俺の頬を叩いた。今度は弱かったから視界はチカチカしない。


「逃げよ? そんで、誰かに助けを求めよう」

「……わかった」

「うん、賢い」

「バカにしてないか?」

「かもね」


 ギアマンの移動に合わせ俺たちも移動していく。程なくそのときはやってきた。俺たちが最も出口側に近くなるときが。


「ん……?」


 妙なものご床に落ちている。

 一瞬紅色ベニイロの蛇のように見えたが、よく見ればそれは太い太い鎖だった。じゃらじゃらと音を立てながら動いている。

 鎖の先は、片方はギアマンの方へ、もう片方は出口の外へ続いているようだった。


「……なんだ?」

「ほら、行くよ!」


 リンゴに背中を押され、俺は駆け出した。もう足は止まらない。

 社殿の出口へと走る、走る、走る。

 紅色の鎖が続く先へ。


「……どこだ、ここは」


 社殿から出た俺たちの目に飛び込んできたのは、ゴミ山のような風景だった。

 散乱する瓦礫。何かの骨組みのようなもの……おそらく元は建物だったものが地面から突き出し、あちこちにちょっとした小山が積み上がっている。先ほど俺が通ったはずの雑木林や獣道は、どこにも見えなかった。

 雨は激しく降りしきり、目を開けているのもやっとだ。


「な、なにこれ……?」


 リンゴは周囲を見渡し呆気にとられていた。

 足元を這っている鎖を目で辿る。

 そして見つけた。二十メートルほど先に立つ真っ白な鳥居と、その上に座っている少年を。

 鳥居の下に、もう一人のギアマンがいる。ギアマンはぐったりと鳥居に身を預けている。動き出す気配はない。

 そのギアマンにも鎖は繋がっていて、二本の鎖は少年の両腕にぐるぐると巻き付けられていた。両腕が固定されている状態だから、あれでは繊細な動きはできないだろう。

 少年はカサを被っていて、口だけが見えた。薄っすら笑っているようにも見えた。

 丈の合っていない大きなミノを着ているから体格はわからないが、身長からして少年だってことは間違いなさそうだ。


「リンゴ、あれ」

「ん?」

「誰かいる」


 リンゴは少年の方を見た。そしてハッと息をのむ。


「今度こそ知り合いか?」

「……あの鳥居……」

「うん?」

「見覚えがある」


 リンゴの表情が変化した。それは喜びとも困惑ともとれないような表情だった。


「もしかして、ここにいるの……?」

「動き出した!」


 鳥居の下にいたもう一人のギアマンが体を起こした。人間には到底不可能な動きで。


「なあ、リンゴ。どう思う? あいつは味方だと思うか?」

「それより元を断ち切る方がよさそうだね」


 リンゴは少年を指さした。


「あの子となら話もできそうだし」

「だといいが」


 自慢じゃないが俺は説得とかは得意じゃない。

 俺の現時点での役割は、リンゴを無事にあの少年のもとまで連れて行くこと。

 そのためなら多少俺が傷ついても構わない。

 俺はのだから……。




 次話「三日月は廻る」に続く



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