第14話

 蒸し暑い空気が部屋を満たしていた。扇風機はそのどんよりとして、湿った空気を垂れ流すだけで、汗が僕のシャツにしっとりと滲むばかりで、額の汗を吸った髪の毛は膨らんでいた。僕は無意識に目の前のにあるテーブルに目を向けた。この無意識の行動にはおそらく何かしらの危険因子が関わっているための行動であると容認せざるを得なかった。ピンクの線と白の線が交差するテーブルクロスの上にはファイルと書類が積み重なっている。前方の黒板にはさまざまな日程が書かれていて、床にはチョークの粉や欠片が散乱している。あぁ、ため息が出そうになった。僕は疲れているんだ。なにも夢にまで現実の出来事を連れてくる必要はないだろう。パイプイスに座っている彼らは立っている僕を見つめている。まるで裁判のようじゃないか。僕は被告人で、彼らは僕を裁く役人といったところだろうか。もしかしたら犯罪の動機を「暑さのせいだ」と言えば許してもらえるかもしれない。もしくは死刑になるかもしれない。前方に向かいあっている原告人―昨日の夢に現れた「友達」はここでこんなことを言うんだ。


「はっきり言って、あなたのことは信用してない。本当はあなたの方が立場は上だけど、これからは私たちで計画を進めるから。」


あのときの僕はそれを言われてどう反応してたかは覚えていない。覚えているのはあの蒸し暑い景色だけだ。思い出も次第に色彩を失い、白黒の映像へと移り変わる。ぼんやりとして、鈍重なものが頭を巡らした。


「まぁ、落ちつきなよ。彼にだって『良いところ』はあるのだから。」


「友達」の左隣にいる人物、僕は彼が苦手だった。彼は僕を擁護してくれているようだが、その「良いところ」は最後まで明かすことはなかった。扇風機

は空気を震わし、書類はテーブルから地面へ滑り落ちる。誰一人として拾う者はいない。こういうときに限って、例の「僕」は現れない。


「なんか言うことあるでしょ。どうして今まで気づかなかったの?私たち、苦しんでいたんだよ」


「そんなこと、知る由もない。」僕はそう言いたかったが止めた。これは、僕の責任だ。床が僕の汗と彼女の涙を吸って粘土のようにドロドロに変わるのを錯覚した。裁判であれば、証人でも現れるはずだが、ここには誰一人としていない。どれもこれも軽蔑の目を向けるばかりだ。―いつだってそうだ。僕は友人を信頼しきって、自分に甘えるんだ。その代償は今回の件が初めてではないことはすでに理解していた。


「俺はお前はもっと頑張れる人間だって信じている。これからも頑張ろう。」


僕の左隣にいる傍聴人が話しかけた。彼も昨日の夢に現れた「友達」だ。そう言われたあのときの僕は彼を唯一の味方と捉えていた。当時の僕は彼のために尽力しようと決断したことを覚えている。でも、いまの僕からすればそれは無意味な行動であった。僕が部屋を去った直後、僕に関する愚痴を一番最初に口を開いたのは彼だということはいまの僕は知っている。色あせたテーブルクロスの模様を僕はぼんやりと眺めた。目の前で模様がしだいに混ざり合う様子は頭の中をクラクラさせた。壁はしばらく塗り直されていないのか、ところどころ傷が入っている。乾燥した粘土のようであった。


「いいかい、『信頼』という言葉ほど信頼できない言葉はない。相手の心理を読めない限り、『信頼』という言葉の影に潜んだものなんて、知る由もないじゃないか。それなのに君らは勝手に僕を信用して、騙されたかのような言い草だ、とても滑稽なことだと思わないかい?友達や恋人なんてものはくだらないよ。自分を裏切らないという確証もない信頼に溺れているだけなのに。」


僕はそう言いかけたが止めた。現に僕だって彼らを頼れる仲間と思っていたのだから。それに彼らからすれば、僕のスピーチは僕はまるで開き直ったかのような発言に他ならないからで、彼らにいわば逆ギレと思われても仕方がないものだ。決して、彼らは悪くない。僕だって悪いんだ。互いに信用しなければ済む話なのに―くだらない。もしこの空間がすでにクーラーで冷めていれば、友情というものがハナから姿を現さず、つまり冷めた関係性であることを認知し、心の底からそれを知っていたのであれば、こんな話は始まることもなかったのだ。僕は暑さは理性を失わせるのだと言い訳を自分に何度も言い聞かせた。自分では府に落ちたいと望むはずなのに、それを断固として容認できない僕もいた。どちらが本当の自分なのかがわからない、無意識に潜伏する僕は利己的な自分か、それとも理性に基づいた僕なのかどちらなのかがわからない。夢にいる僕はどちらに属するのだろうか。

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