出会い

 その人物は160前後の身長で、前面に不思議な模様が描かれた大きな黒いローブを着ていた。リンゴ2つ入るくらい大きな袖から雪のように白くて―今にも溶けてしまいそうな小さな手を覗くことができる。僕は彼女の黒曜石のような瞳とぶつかり、やや気圧されてしまった。なかなか口を開くことができない。

「昨日はごめんね、ちょっと驚かそうと思っていたの。」

ショートカットの彼女は濡れ羽色の髪をいじりながら続けて

「そしたら案外ビビッてくれたみたいで面白かったわ」

彼女は微笑を繰り返している。こんな小さな少女に慄くとはまことに心外である。

「それで、ここに呼んだのには理由があるんだろう?」

僕はこれ以上馬鹿にされたくはないので話題を変えるのに躍起になっていた。ため口で話しているのは相手にちょっとした圧をかけるためでもある。

「ええ、ここについて話そうかと思ってね。まずはじめに聞くけれど、ここがどこだかわかる?」

「それは僕の事情を考慮して聞いているんだろうね」

事情というのはもちろん僕がこの世界の住人ではないということである。彼女はこくりと頷いた。どうやら彼女も僕と同じところから来たようだ。そこで僕はここは夢の中の景色だという旨を伝えることにした。すると、どうだろう。彼女は退屈なのだろうか、つららのように透き通った指を弄びながらいかにもな様子で大きなあくびをした。

「結局いつ僕は目を覚ますんだい?そろそろ起きなければいけないのだけれど。」

ここで僕は本来今日は平日であることを思いだした。ちなみにこれは形式的な質問で本当は夢から覚めたくない。それにしても夢の住人に起こしてもらうなんてなんとも不思議な感覚である。まるで想い人に「じゃあどうしたら君は僕のことを好きになってくれるんだい」と聞いているかのようだ。無論、夢の住人は僕を起こすはずがない。 

「いいのかしら、起きたらもう二度とこんなに楽しい世界に巡り合わないかもしれないのよ。」

僕は下唇を噛み、左手の人差し指と親指で自分のあごを挟んだ。これで沈吟としたふりをしているが、内心僕は図星をつかれてしまい閉口している。たしかにこんなに明瞭とした意識下で夢を楽しめるのはもう二度とないかもしれない。竜の血だってなかなかに美味しいし、青年も素晴らしい情熱を持った人物である。しばらくはここにいてもいいだろう。やはり今日の仕事はサボってしまおう。

 不思議なことは僕はいま眠っているということをはっきりと認識していながら、いままさに夢の中にいることである。というのも僕が目を覚ますには2つの方法がある。一つは目覚まし時計による外の世界からの干渉である。これはあまり目覚めがよくない。夢うつつの僕はいつの間にか時計の電源を落とし、夢の世界に戻ることなどざらにある。これは遊園地で遊ぶ子どもを無理やり引き戻すようなもので、必ずといっていいほど、僕は抵抗する。つまり、外の感覚では二度寝をしてしまうわけである。もし上司や先生が僕が遅刻した場合、「外の世界」の僕(すなわち目を覚ましている僕のことだ)を叱ることはお門違いにもほどがある。ちなみに「外の世界」の僕をなんとか起こしてやろうと目覚まし時計をわざわざ2つも買っている。そしてもう一つは夢の世界の僕が「外の世界」の僕が寝ていることを感じ取ることだ。そう、これは唐突に訪れる。芸能人と会話している最中に突然「そうだ、僕は寝ているのだ」と思えば最後、あっさりと会話は中断され、自発的に、「外の世界」に引き戻されることになる。この場合は夢の中の僕が自ら現実に戻ってくれるので目覚めが良い。子どもが突然家に帰ろうと言い出すのと同じで一度言ったら融通が聞かないわけである。要するに、夢の中の僕が「外の世界」の僕が睡眠下にあることを知っていながら、外の世界に戻ろうとしないのはなかなかにないことである。



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