第8話

 僕は青年に誘われてレストランに赴いた。団子鼻もとい鎧の男とは先ほどの人物に用があるようなので別れた。去り際に大きなラペルがついたロングコートをくれた。試着をせずに買ったものだから、サイズが合わないことに気づかなかったと荒い紙同士ですり合わせたようなしゃがれた声で笑っていた。長い間収納していたのだろう、本来は鮮やかで芽吹きを待ち望む青柳の若き木葉はついに老いを迎え、くすんだ枯れ葉を思わせる様子だった。人を羽織るという使命を果たされずに一生を終えるのはあまりにも酷である。羽織ってみると、ビロードのような感触で見た面に反して心地が良い。

「なんだい、アイツそんなモノ持っていたのか。もったいぶらないで早く渡せばいいのにね。」

青年がロングコートを手に取り僕の意見を代弁してくれた。まったくもってそのとおりである。

レストランに入ると、そこは縦長に広がった場所で壁面はあずき色のレンガで覆われており、オレンジ色の小さなランプが連続に備え付けられている。ウエイトレスに案内されて僕たちは向かい側の丸いテーブルに向かい合って座った。

「何か飲むかい、といっても血しかないのだけれど。」

青年は自嘲的に笑った。水が高級品なのだから、無論酒だって高級品なのだろう。あの団子鼻の男はいかにも鯨飲という言葉にふさわしいような雰囲気の男ではあったが、酒がないのだからその顔立ちも立つ瀬がない。しらふのままストレスを発散しなければならないのだから、イライラを酒で溶かしていた僕にとっては困ったものである。少年の頃は困難があろうとも、その逞しい生命力と純粋さがあれば多少のことは打ち砕くことは簡単かもしれないが大人になるとそうはいかない。若々しさと精神の喪失に苛まれる苦しみとも戦わなければならないのだ。

「それでね、まずは君のことについて話してもらおうか。―いや、名前は聞かなくてもいいよ。名前っていうのは個人を特定する記号つまりはただの目印だろ?目印なんてものは君のその外見で十分役目を果たしている。」

青年はウエイトレスに注文を頼んだあとに続けてこう言った。

「僕が知りたいのは君の世界についてだ。竜がいない世界を見てみたくてね。」

 若々しさと精神に富んだ青年はさらなる想像力と探求心に目を輝かせていた。僕は彼の気焔に押されて話すことにした。例えば、船や飛行機なるものが人々を運んでいるだとか水道というものが我々に水を提供している、といったものである。僕は神様ではないので飛行機がどうやって飛んでいるかなど詳しいことは説明できない。曖昧模糊な回答ではあったが、彼は疑問を抱くことなくうんうんと頷いてくれた。学者になった気分がして、なかなかに心地が良いものである。気づけば飲み物はすでに提供されており、軽食はすっかり冷めきっていた。

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