カチカチ言うのはなんの音?ボーボー言うのはなんの音?

 桃姫さんの好きなところ…優しい笑顔、ヤキモチ妬いた時に尖らせる唇、期待を込めた眼差し、柔らかな胸、細い肩、意外にしっかりした脹脛…

 「あ〜!俺!幸せ!!」

 座敷の柱に頭をぶつけていたらお爺様に

 「柱にまで穴を開けるな!」

 と叱られた。

 とにかく俺は幸せなのだ。

 浮足立ちながら桃姫さんを迎えに学校迄歩く俺の視界に入ったのは幸結さんだった。

 幸結さんは俺の知らない男と歩いていた。

 幸結さんは桃姫さんと同じ制服、男は閃吾と同じ制服を着ていたから同じ学校の人なのは判った。

 「幸結さ〜ん!」

 手を振って見せると幸結さんは一瞬、「しまった!」という顔をしてから笑顔を繕った。

 「こんちは!桃太郎くん!

 この人、私の彼氏の御崎みさき進次郎くん。

 一つ下の後輩なんだよ〜。

 シンくん、この子、桃姫の彼氏、桃太郎くん。

 桃太郎くんはね〜桃太郎って名前のクセに鬼なんだよ〜!」 

 幸結さんは忙しそうに彼を紹介してくれたり俺を紹介したり二人の間をちょこまかと動いてみせた。

 「鬼?喧嘩強いとかですか?」

 シンくんが俺に聞いてくる。

 「喧嘩は…そんなに強い方じゃないと思うけど喧嘩っ早いかな…。」

 そう俺が答えている最中、幸結さんが俺のニットに手を伸ばしてきた。

 「ホンモノなんだって!」

 ニットから俺の頭が顕になるやシンくんが眼を丸めて俺を指差した。

 「え?ツノ?マジで?なんで鬼?

 なんで桃太郎のクセに鬼なの?

 つか鬼ってどういう事?」

 「桃太郎のクセに鬼」言葉が心に刺さった。

 幼い頃から言われ続けてきた「鬼のクセに桃太郎」と言うからかいの言葉が蘇る。

 幸結さんの手からニットを奪い、急いで被る。

 「なんで鬼なのかは俺が知りたいよ!

 鬼から産まれたんだから仕方ねぇじゃん!

 幸結さんを幸せにする相手がアンタなら俺は何も言わないけどな…。」

 俺は一歩、シンくんに近寄る。

 身体を反らせたシンくんの手を取って捻る。

 「言ったろ?俺は喧嘩っ早いって。

 俺はどうやらアンタが好きじゃなさそうだ!」

 少しだけ力を入れた。

 シンくんが喚いて、幸結さんが俺の腕に掴みかかってきた。

 「なんでそんな酷い事するの?

 私の幸せの邪魔しないでよ!鬼!!」

 オニ…?

 今の「鬼」は俺が鬼という生き物である事を指したんじゃない。心が鬼だと言ったんだ。

 暫く呆然となっていた俺のニットを今度は眼の下迄引っ張る手があって思わずその手を叩き上げた。

 「モモタロー?」

 心配そうに見下ろしてくる閃吾だった。

 「閃吾…俺…幸結さんを嫌な気持ちにさせてしまった。」

 ため息が重い。

 でもそんな事より本音は自分が嫌な気持ちになったと言う事をぶち撒けたかった。

 「桃太郎くん、何かあったの?」

 桃姫さんの声を聞いた途端、情けなさと惨めさと悔しさと怒りがごちゃまぜになって思わず桃姫さんに抱き付いた。

 「なんだよ〜!モモタロー、なんで桃姫なの?

 僕だって受入れたのに〜!」

 喚く閃吾を背に、桃姫さんは「大きな甘えん坊!」と力強く抱き締めてくれた。

 暫くして少し遅れてきたサカタンも加わり、俺達は帰路に着く。

 俺はしっかり桃姫さんの手を握り締めていた。

 俺の胸を支配するのは俺を「桃太郎」と罵った鬼達と幸結さんの「オニ」と言う一言。

 「何があっても私は桃太郎くんが大好きだよ。」

 急に桃姫さんが俺に言ってくれた。

 戸惑う。

 桃姫さんの言葉がすんなり心に届かない。

 「え〜?ズルい!!

 僕だって桃姫なんかより全然モモタローの事大好きだもんね!

 服だって何着あげたか判んないし!男同士は男女の友情より厚いもんね!」

 「ハイハイ!閃吾は桃姫に挑まないの!

 桃姫と桃太郎くんは友情以上のモノで結ばれてるんだから、ね?」

 ひやかす様なサカタンの声に桃姫さんは真っ赤になりながらも「そうよ!」と声を張り上げた。

 「私だって桃太郎くん、大好きだよ?

 弟みたいだし…う〜ん…花火の時は弟みたいって思ってたけど…なんだろう…今改めて見ると…桃太郎くん…背、伸びた?」

 サカタンに言われて桃姫さんと見詰め合う。

 桃姫さんの視線が遥か下にある。

 「言われてみれば…。」

 「え?僕とどっちが高い?」

 閃吾は俺の背中にピッタリと背中を合わせてきた。

 「同じ位だよ?

 あ、でも多分角の分桃太郎くんの勝ち!」

 ピースサインを見せて笑いかけてくるサカタンに緩く笑い返した。

 「俺、角、取ろうかな…。」

 「え?角って取れるの?」

 直ぐ様反応を見せたのは閃吾だ。

 「知らない。

 取った鬼居ないし。

 大抵取られた鬼は死んでるしね。」

 穴を空けた鬼は沢山いるけど。

 「じゃあそんな不吉な事考えないで!

 角があったって私は気にしないわよ!」

 桃姫さんは決意表明の様に強く言い捨てた。

 「他の人は気にするじゃん。」

 弱々しく零すとサカタンも閃吾も黙ってしまった。

 「人間は弱いから、自分と違うモノを異端視するきらいがあるの。」

 そう言ってくれたのはサカタンだった。

 流石に金太郎の子孫なだけはある。視点が人と違う。

 「人と見た目が違う、性格が変わってる、それだけで人を異端視するの。

 でもそんなの個性だから気にしなくて良い。」

 「角も個性だと?」

 鼻先で笑う。

 「他人の眼なんか気にしない!って事!」

 そうサカタンが付け加えるとニットの上から角に触れてきた。

 そう言われて無理矢理自分を納得させようとしたけどどうしてもさっきの幸結さんの言葉が頭から離れない。

 桃姫さんの手をしっかりと握る。

 桃姫さんも強く握り返して応えてくれた。


 幸結さんは新しい彼氏が出来てから桃姫さん達と行動を共にしなくなった。

 俺にとっては寂しいことだけど桃姫さん達は気にしているようにない。

 人間にとって、場合によってはつるむ相手を変えるのは当たり前の事なのかもしれない。

 12月には「クリスマス」と言う物があるらしい。恋人たちのイベントなのだと閃吾が熱く語ってくれた。

 「行くとしたら映画かなぁ。

 動物園は寒そうだし水族館は一杯っぽいし、モモタローなら何処に行く?」

 閃吾はクリスマスにサカタンと何処に行くか決めるのに必死の様子だ。

 暖かい閃吾の部屋で人間界のファッション雑誌に夢中になりながら俺は上の空で「山」と答えた。

 「クリスマスに山?桃姫と?

 それって本当にロマンチックだと思ってる?」

 マグカップに口を付けて温かいココアを体内に取り込む。

 「何処で過ごしても一緒!

 大切なのは何処で過ごすかじゃなくて、楽しく過ごせるか、だろ?」

 人間界の服ってなんでこんなオシャレなんだろう…。

 夢中になって眺めていた雑誌が急に目元から消えて「あ!」と声を上げた。

 デートスポットの紹介が載った雑誌を穴が空くほど見詰めていた閃吾が俺の手を取った。

 「良いかい?モモタロー!

 君達はどんどん先に進んでる。

 でも僕達は未だにキス一つしてない!

 それって凄くズルいと思わない?」

 「知らねぇよ!そんなの閃吾に度胸がないだけだろ?」

 俺は閃吾の手を振り払うと本を取り返した。

 「そうなんだよ…。度胸が無いんだよ。

 どうしたら良い?」

 本を開く俺の背中に閃吾が張り付いてくる。

 「発情しろよ。

 人間は年中発情期なんだって桃姫さんが教えてくれたぞ。」

 「大切なんだ…。

 サカタンに…嫌われたくない。」

 背中の閃吾がボソリと呟いた。

 「幸結さんもそうだったんだろうなぁ。」

 「何が?」

 (しまった!)

 思わず呟いてしまった。

 背中の閃吾を振り返り、言うべきかどうかを思案する。

 閃吾のせいじゃない。

 サカタンも悪くない。

 幸結さんだって…

 「幸結さんは閃吾が好きだったの…知ってた?」

 閃吾が顔を上げる。

 真顔で向き合うのは凄く久しぶりな気がする。

 「閃吾がサカタンに告白した日、幸結さんは上手くいかない事を願ってたんだ。」

 閃吾の視線が揺れる。

 「閃吾が誰とも上手くいかない事を幸結さんは願ってた。祈ってた。」

 一点を見詰めたままの閃吾が「『アンタはモテるけど誰とも付き合えない』って幸結には言われてた。」抑揚なく喋る。

 「アレは幸結の願望だったのかな…。」

 「判らないけど…好きなのに、傷付きたくないから行動しないってのはつまりそう言う事なんじゃないか?」

 閃吾が此方を見詰めてくる。

 「幸結さんは告白する勇気がなかったから、閃吾が誰かと引っ付かない事を願ったんだろ?

 それって相手の事を考えてるのか?

 閃吾はサカタンに何もしなくてもサカタンが満足してるって本当に信じてるのか?」

 誰の話をしているのか判らなくなってきた。こんがらがってきて掌を閃吾にかざした。

 「閃吾がそれで満足ならそれで良いと思う。

 でも次のステップを期待してるのに行動しないのはそれこそズルいよ。」

 そう言い終えた俺の足に何かが絡まった。

 闇より黒いソイツは俺の脚を登って閃吾に飛び移り、閃吾の口の中に消えていった。

 「閃吾!

 大丈夫か!?」

 しかし閃吾は何事も無かったかのように

 「何が?」

 と逆に聞いてきた。

 「そうか…幸結…僕の事…好きだったんだ…。悪い事しちゃったなぁ〜。

 確かにさ、モモタローの言う通りだよね!

 サカタンも期待してるかもしれないのにいつまでも待たせるのも男としては不甲斐無いよねぇ。

 有難う!モモタロー!」

 閃吾が明るく笑い掛けてきた。

 口の中に悪しきモノが入っている等微塵も知らないんだろう。

 俺は急いで家に帰った。

 少しだけ腹が目立つようになったキクマと廊下で鉢合わせしたので急いで外に連れ出した。

 「閃吾の口の中に黒いモノォ?

 チョコパイじゃないの?」

 「俺の脚を登ってったんだ!

 物凄く禍々しい気配なんだ!以前、廃アパートで感じたのと似てるんだけど人じゃない。蛇みたいな形をしてる!

 お願いだ!

 気配を探ってくれ!」

 懇願しても苛々する程、キクマはのんびりと構えている。

 

 世間はどんどんお祭ムードになってきた。

 今迄だって充分賑やかだったのに電飾が更に増えた。

 桃姫さんも閃吾も浮足立っているのが判る。

 でも俺は気が抜けないでいた。

 俺の脚を登ってきたあの黒い禍々しいモノ。

 閃吾の口の中に飛び込む迄スローで思い出せる。

 「桃太郎くん!」

 金棒を背負ったところで桃姫さんに声を掛けられた。

 「今夜、皆でクリスマスパーティーする事になったんだけど菊美ちゃんは無理かなぁ。」

 桃姫さんの帰宅は今日は早かったようだ。

 迎えに行けなかった、と反省しつつ

 「キクマ?言えばアイツの事だから飛んで来るよ。」

 笑顔を向けた。

 「最近、桃太郎くん、金棒いつも持ってるよね?

 何かあったんじゃないの?」

 あの黒い禍々しいモノ…

 「閃吾の口の中に入ってったんだ。」

 思い出すだけでも身震いがする。

 「得体の知れないモノが。」

 「閃吾の口の中に?」

 桃姫さんは顎に手をやって思案している様だったが

 「学校では特に変わった事もなかったし、最近ではサカタンと上手くやれてるって喜んでたし、今夜もサカタンも閃吾も幸結もシンくんも来るのよ?」

 俺に視線を向けた。

 幸結さんが来る。

 胸がざわめいた。

 「桃姫さん!俺は鬼だけど人間は傷付けねぇ。

 でも、もし、もし、幸結さんや閃吾が…もし、鬼になっちまったら俺はどうすれば良い?」

 馬鹿馬鹿しい質問をしてしまったかもしれないと一瞬過った。笑われるかも…と。

 しかし、桃姫さんはいつもの穏やかな笑みで

 「桃太郎くんは何もしなくて良い。

 鬼退治は私の仕事よ?」

 そう心強い言葉をくれた。

 胸を推された気がした。

 「そんな事させらんねぇよ。

 それなら俺がやる。」

 桃姫さんが俺の手を取ってくれた。

 「約束しよう?

 もし、私達の誰かが悪い鬼になったとしても絶対に迷わないって。」

 (わたしたち?)

 それは桃姫さんが鬼になった場合も含めてって事だろうか?

 俺の手を放して、玄関に向かう桃姫さんの背中を追う。

 「俺、ヤダよ!

 桃姫さんが鬼になっても俺やっつけないから!」 

 桃姫さんの肩を掴んで此方を向かせる。

 「私が鬼になったら桃太郎くん、どうするの?」

 真っ直ぐな桃姫さんの眼差しは「桃太郎」のあの目元に似ている。

 「嫁にする。

 鬼ノ国に連れ帰って一緒に住む!

 俺の婆ちゃんに紹介して、陽溜に世界に一つだけの立派な指輪を作って貰う。

 米も作るし、野菜も育てるし、俺、なんでもやるから桃姫さんは俺の子供を産んで欲しい。」

 「ハタラク」と言う必要性を今初めて知った。

 「じゃあ、このまま何もなかったら?」

 冬の凍ったような冷たい風が走り過ぎてゆく。

 俺は、離を見詰めながら

 「お爺様を説得して、説得して、説得して、駄目でも土下座してでも頼み込んで此処に居させてもらう。

 許されるなら婿養子になりたいところだけどそれは図々しすぎるかな…。」

 頭を掻いて笑って見せた。

 桃姫さんが胸に飛び込んできた。

 「何があっても一緒だよ。」

 その一言だけで勇気が出た。

 

 手を取り合ってサカタンと閃吾が来た。

 その後、幸結さんとシンくんが来た。

 幸結さんはシンくんと楽しそうに会話している。

 不自然さは無い、が俺は金棒を肌見放さず持っていた。

 お腹の大きなキクマは繋ぎのジャンパースカートで加わった。

 シンくんはキクマにも

 「鬼なの?」

 と聞いた。

 キクマは嬉しそうに笑いながら髪の中から自分の二本角を見せた。

 「むかしはアタシもヤンチャでさぁ。」

 と足に付いたままの枷も披露した。

 シンくんは終始楽しそうに笑っていたし、キクマを怒らせるような事も無かった。

 幸結さんもシンくんの隣で笑っている。

 時々、サカタンと桃姫さんがコソコソ話す話に耳をそばだてている様子はあったがそれも見流していて良さそうな範囲だった。

 幸結さんの臭いが変わって来たのは二人の会話に「閃吾」の名前がチラつき出してからだった。

 サカタンと閃吾が何処かへ「お泊り」したらしい。

 そんな話、俺も知らなかった。

 いつの間に…と思いながらも閃吾の勇気を褒めてやりたくて閃吾の脚を足で蹴って笑って見せた。

 閃吾は恥ずかしそうに片手で顔を隠して笑った。

 「桃太郎くん、貴男は私は幸せを結べる娘だって言ってくれた事あったよね?」

 幸結さんの声には怒りが満ちていた。

 「私、全然幸せじゃないんだけど?

 名前の意味とか、特に意味も無いのに語らないで下さいって感じ。」

 幸結さんの言葉に皆が静まった。

 「意味無くなんて無いです。

 名前は親が最初に子供に与える贈り物です。

 意味無い訳、無いです。」

 俺も静かに答えた。

 「じゃあ、何?

 桃太郎くんのお母さんは自分達をやっつけた憎い男の名前を愛する我が子にわざわざ付けたの?

 馬鹿じゃないの?

 そこはせめて鬼太郎にしろよって。」

 アハハハハハハと幸結さんの乾いた笑い声だけが響く。

 「俺の母ちゃんは日本一強くて心の優しい男の名前を俺に付けてくれました。

 俺は自分の名前が自慢です。」

 「鬼のクセに何が桃太郎よ!」

 幸結さんの叫び声と共に閃吾の頭が後ろへ倒れる。

 開いた口から真黒なアイツが姿を現した。

 「出た!

 お前を待ってたんだよ!」

 爪をヤツに突き立てる。

 しかし、ソイツは変幻自在に新たな頭を出して幸結さんに向かう。

 咄嗟にキクマが噛み付いてくれたがヤツの尻尾がキクマを払い除けた。

 「キクマ!!」

 跳ね上げられたキクマを畳スレスレで受け止め、爪を出したがヤツは幸結さんの口の中に入り込んでしまった。

 「何?閃吾!?

 大丈夫?」

 サカタンが閃吾を揺すると、口を開けて放心していた閃吾が此方を向いた。

 「何が?

 え?…菊美ちゃん、どうしたの?」

 「いきなりジャンプするんだもんなぁ、ビックリしたよ。」

 閃吾とシンくんは驚いたようにそう告げた。

 桃姫さんに視線を送ると

 「この人達には視えてないのよ。」

 口早にそう言った。

 幸結さんは俯いたまま動かない。

 幸結さんの中で何が起こっているのか判らない。

 幸結さんの肩に手を置いてみる、が、瞼も開けない。

 「さっきまで何か喋ってたよね?」

 シンくんがそう言うので頷いてみせた。

 「おい!起きろ!」

 身体を揺すってみる。

 「オマエ!桃姫さんの友達に乗り移るなんて卑怯だぞ!

 出て来て俺と闘え!」

 大声で呼び掛けるも反応は無い。

 「闘うって何?

 幸結と?マジウケる。」

 シンくんの静かなツッコミにコイツ一回殴ろう、と決意した。

 「我がヨメよ。

 そろそろ風呂に行くヨシ。」

 キクマの息が詰まるのが判った。

 コイツの目的も瞬時に判った。

 俺が伸ばした右手を、柱に括り付けるようにソイツは出てきた。

 幸結さんの口の中から大きく長く膨らんでズルズルと体を引き摺りながら出てきた。

 自由に動く左手で金棒を掴んで投げ飛ばしたがソイツは面白がるように、見せ付ける様にスルスルとお兄様の口内へと消えていった。

 幸結さんの身体が崩れ落ちる。

 俺は抱きとめた幸結さんの体をシンくんに預けようとしたが

 「なんで俺?」

 シンくんは苦笑しながら両手を振った。 

 「いや、俺、重いの無理だし。」  

 シンくんの言葉にムカッ腹が立った。

 俺の腕から幸結さんを受け取ってくれたのはサカタンだった。

 「金太郎に任せとけ!」

 片目を瞑るサカタンに笑い掛け、俺はシンくんの頬を引っ叩いた。

 「手加減してやってビンタだ!

 オマエなんか人間じゃねぇ!」

 シンくんは呆然としていたが元々怖がりの閃吾が、この事態の奇妙さに気付かない訳が無い。シンくんとサカタンを連れて屋敷から出て行ってくれた。

 ヤツはお兄様の中でジッとしていた。


 痺れを切らしたキクマがお兄様に走り寄る。

 「桃オニィ!!

 オマエ!アタシの桃オニィの中から出ろ!

 桃オニィに触って良いのはアタシだけだ!」

 「キクマ止めろ!」

 お兄様がグイと頭を上げるとキクマの両肩を押さえ付けた。

 「ホンモノのオニ。オニのコムスメ。アイシテル?シンジテルのカ?バカヌカセ。ワラワセルナ。ホンキなワケナイだロ。モテアソンデヤッタのサ。カラカッテヤッタのサ。」

 キクマの眼から涙の粒が零れ出る。

 「聴くな!キクマ!

 コイツはヒトの憎しみを餌にしてるだけだ!」

 キクマの肩に置かれていた手を掴む。

 お兄様の細い眼がギョロリと回り俺を捉える。

 「モモタロウ、モモタロウ。

 オニのクセにモモタロウ。」

 ソイツがお兄様の身体を使って俺の腕を掴む。

 「そうだよ。俺は桃太郎。

 鬼から産まれた桃太郎!!

 それがどうした!真っ黒野郎!」

 「ヒヒヒ、モモヒメのヤワハダはドウダッタ?」

 ソイツがお兄様の顔で近付いてくる。

 正面から視る事が出来ない。

 心が乱れる。

 「モモヒメがシンデもオマエはシネナイ。オニだカラな。ヒトリでコドクにイキテイクんダ。カワイソウ、カワイソウ。」

 心が揺れた。

 一人で生きていく所を想像してしまった。

 呼吸が乱れ始めた。

 「ウゥ…。」

 キクマが俺の隣で泣き崩れた。

 いつも気丈で最強の、俺の幼馴染みが女子丸出しで泣いている。

 「オマエさぁ、俺の幼馴染み何泣かしてンだよっ!」

 ドンと言う音と共に目の前のお兄様が吹っ飛んでいた。

 周りを見ると、畳が波止場の波の飛沫の様な形でめくれ上がっていた。

 力がみなぎっていた。

 転がっている筈のお兄様に視線を移すも其処には既に居なかった。

 お兄様の姿は桃姫さんの上にあった。

 「カワイイカワイイカワイイコムスメ。

 イマのオレにハウラミツラミネタミニクシミイカリサゲスミ、スベテスベテスベテソロッテイル。ヤッパリコノナカがサイテキだ。

 ノロッテノロッテノロッテイノッテネガッテコロシテヤッタのサ。オレガコロシタ。オレガコロシタ。アイツはオレがコロシタ。モモヒメ、オマエモコロス。コロシテヤリタカッタ。ズットユメミテイタ。オマエのホソイカヨワイクビをシメテオッテコロシテヤルのヲ。」

 「オマエ、誰の断りを得て桃姫さんに馬乗りになってやがる?」

 コイツはお兄様なんかじゃない。

 必死に思おうとした。

 桃姫さんはヤツに組み敷かれながら俺を見詰めてゆっくり微笑み、ヤツに向き合った。

 「ねぇ、一つ教えてあげる。

 私もずっと夢みていたの。

 お兄ちゃんをぶっ飛ばすのを!」

 桃姫さんの拳がお兄様の頬に思い切り当たった。

 お兄様の首からゴギンと言う骨の音がした。

 「ハァ、スッキリした。

 私の夢を叶えてくれて有難うね。」

 桃姫さんは又、明るく微笑む。

 お兄様が大きく口を開けた。

 アイツが出てくる!と桃姫さんの腕を掴んでお兄様の下から引き摺り出した。

 お兄様の口から光る金色が此方を覗く。

 あっという間にソイツは頭を出し、片腕を抜いて、足の先まで姿を現した。

 一本角の酷く痩せたちっぽけな鬼だったが鋭い目付きに恐怖した。

 ニィと口を横に大きく開けて、ソイツは外へと飛び出した。

 「逃がすか!」

 「待て!」

 後を追おうとした俺の背にお爺様の声がした。

 お爺様の手には一本の刀があった。

 「桃姫、お前がこいつの後継者じゃ。」

 桃姫さんはお爺様の前に片膝を付くと頭を下げて両手で刀を受け取った。

 「無事帰って来いよ。婿養子。」

 お爺様の仏頂面が心無しか優しげに見えた。

 俺も深々と頭を下げて外に飛び出した。

 

 

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