裏の離で鬼が鳴く

 桃姫さんの美しさにはつい見惚れてしまう。

 お爺様のしごきはキツい。

 桃姫さんに微笑まれるとつい口元が笑ってしまう。

 お爺様曰く「金属バット」、俺の金棒が唸りを上げて俺の尻に容赦なく命中する。

 「イテ〜〜〜!

 イテーです!お爺様!!」

 「何言うか!馬鹿者が! 

 お前は打たれ弱すぎる!腕を負傷した位で動けんなりおって!男ならそれ以上の深手を相手に与える位の意気込みが無くてどうするんじゃ!」

 先日のキクマとの一戦の事を言っているのだろう。

 「すみません…。」

 そう呟くしか無かった。

 朝飯が終わってからずっと空気椅子をさせられその上こうやって叩かれる。

 桃姫さんのあの胸の柔らかさを思い出しては照れくさいやら嬉しいやら。

 隣を歩いてくれると握ってくれたあの手の柔らかさも忘れられない。


 「甘いな…。」

 昼飯の黒豆の煮物を摘みながらキクマが首を横に振る。

 「婆ちゃんの黒豆はもっと甘いぞ?」

 そう答える俺にキクマが舌打ちする。

 「桃太郎殿、我が妹に膝枕をさせるとわ、かなりの大業を致したなぁ、フム。」

 丈の短い浴衣を着たキクマの横でお兄様が含み笑いを見せた。

 背筋にゾクリと冷たいモノが走った。

 (どうしてソレを知っている!?)

 此処にお爺様が居ないのが幸いだった。

 お爺様は、離でお婆様と二人で食事を摂られるのだ。  

 キクマがニヤリと嘲笑ったのでキクマが全て見ていたのだと判った。

 「キクマのせいじゃん。キクマが俺の腕持ってっちまったから動けない俺に桃姫さんが…………。」

 漸く動けるようになった腕で鮎の塩焼きを掴む。

 骨が取り辛い。  

 「桃太郎の事だ。

 膝枕された事を思い出して寝る前に一人でニヤニヤするレベルだろ?」

 (幼馴染みとは言えソレは流石に読み過ぎだろ!?)

 大当たりのキクマの一言に口を尖らせた。

 「桃姫ちゃんは可愛いからきっと学校でもモテてる筈。」

 ガッコウ、モテる?

 二つの気になるワードに頭を上げた。

 「あ、そうか!桃太郎はアタシ達とは別に住んでるもんな?桃姫ちゃんが学校っていう男がワンサと居る所に毎日毎日、ピラピラミニスカート履いてイソイソ通ってるの知〜らないんだ〜?あっはっは〜、桃太郎、はみ出しモン!」  

 キクマの「自分は何でも知ってます」空気にイラッとしたが桃姫さんの「ピラピラミニスカート」に心が動揺したと同時に、「見たい!」と心が疼いた。

 「最近のJKは進んでおる故。」

 「桃姫ちゃんも既にエッチ体験済みかもねぇ〜。」

 二人が嘲笑い合うところを見詰めながら嫌な予感を感じて

 「桃姫さんはジェーケーでもないし、エッチでも無い!清らかで可憐な一輪の白百合だ!」 

 話に割り込んだ。

 「『普段の』桃姫ちゃんを知りもしないで桃太郎はメデタイよなぁ〜。」

 (え………?)

 「小生のモデルでわ、あんな服着てあんな姿まで披露し、読者を平伏した事もあり申したなぁ。」

 (え?え?え?) 

 「ほぉんと!あのポーズは流石にエロかったよね!

 てか桃オニィってば桃姫ちゃんにあんなポーズさせてるんだもん!キクマ、ヤキモチ〜!!今度キクマともしよ?」

 (エロいってなんだ?あんなポーズとはどんなポーズだ?)

 机に突っ伏して俺はひたすら考えた。

 隣の馬鹿予備夫婦の甘い会話も耳に入れずひたすら考えた。

 「お兄様…学校とはそんなに男が存在する場所なのですか?」

 声に何やら力が籠もった。

 「共学故、当然でござるよ。生徒の半分は男子でござる。」

 (キョウガクってなんだ???驚愕か??)

 「幼馴染みの閃吾せんご殿がこれ又激甘美形な好青年でなかなかにモテるで候。」

 「え〜〜?そのゲキアマ君は桃姫ちゃんの彼氏だったりするの?」

 「その様な話を耳にした事は皆無でござるが仲睦まじいのは確か…。」

 「ご馳走さまでした。」

 二人の会話のせいで飯が不味くなった。

 「俺、今から行ってきます。」

 「どこに?」

 「ガッコウだよっ!!」

 「なにゆえ?」

 二人の会話を聞いて平常心でいられる訳がないじゃないか!

 「ゲキアマビケーコーセーネンから桃姫さんを護りにだよっっ!!

 食器を洗いに台所へ向かう。

 「桃太郎殿、まさかその『野に咲く花のように』スタイルで学校へ行くおつもりではあるまいな?」

 「え?」

 お兄様の言葉に隣のキクマが大爆笑を始めた。薄汚れてはいるがランニングシャツに薄茶のハーフパンツ。

 もう一度、頭を上げてお兄様を伺うと、お兄様は

 「小生のパンツは桃太郎殿には少々細過ぎるであろうからして良ければ上だけならお貸し致すが?」

 人差し指をクルクルと回しながら提案してくれた。

 「有り難いです!」

 頭を下げると、キクマが楽しそうに

 「アタシも行く!」

 と言い出した。


 角隠しの為のニットキャップとお兄様からお借りした青いチェック(お兄様は余程チェックが好きなのだと見た。)のシャツに愛用のハーフパンツといつもの草履、俺の隣には耳の上にドクロのイヤーカフに桃姫さんのシャツをヘソの上で縛ってヘソのピアスを丸出しに、桃姫さんのスカートの下に膝上迄の白いソックスとお兄様から借りたサンダルその上にはいつもの枷の着いたキクマ。

 正直、鬼ノ国では俺はちょっとは知れるオシャレ上級者だった。

 こんなに長く人間界に滞在すると思っていなかったばかりにキクマとこんなにも大きな差が生じてしまった事が屈辱だった。

 不貞腐れた俺の横でご満悦のキクマ。  

 俺達が歩く度に、キクマの枷がチャカチャカと鳴った。

 「桃姫ちゃんの臭いだね!」

 大きなコンクリートの門が境界線のようだった。

 俺達はコンクリートの上に跳び乗ると、平べったい大きな青い屋根に飛び移った。

 同じ様な建物が沢山ある場所だ。

 灰色の横長の建物が幾つも続いて、其処から色んな臭いや音がする。

 嫌悪しそうなドロドロとした怨念や、胸がザワつくような熱い情念が幾つも入り込んでくる。

 嫌な場所だ。

 真ん中の建物の三階から桃姫さんの甘い桃の香りが漂ってきた。

 焦点を当てるように眼を凝らすと座って前と下を交互に見る桃姫さんが見えた。

 「桃姫ちゃん、ミッケ!」

 嬉しそうにキクマが言うので座るように袖を引っ張った。

 俺達が座っている桜の木は樹齢何年だろうか。

 とても立派だ。

 「桃姫ちゃんに欲情してる雄がいる。」

 「え?何処!?」

 キクマは俺より眼も鼻も耳も勘も良い。

 キクマは俺に向かって指を指してきたのでその手を引っ叩いた。

 「桃姫ちゃんの後ろの席の男だよ。

 色の白い、桃太郎と違って甘いマスクの…ああ!あいつじゃね?桃オニィの言ってた『激甘美形』って!桃太郎と違って身長も高そうだ。脚、長いなぁ。あ、今、助平な事考えた臭いがする。」

 (いちいち「桃太郎と違って」、ウルサイ!!)

 桃姫さんの後ろって聞けば情報はそれだけで充分だ。

 桃姫さんの綺麗な横顔に見惚れながら、桃姫さんの黒髪を眺めるソイツを睨みつける。

 「ブッ殺す?」

 愉しそうにキクマが聞いてくる。

 「そうしたいのは山々だけど桃姫さんに嫌われたくねぇからしねぇ。

 少しだけ…。」

 桜の木の表皮の欠片を少しだけ貰う。

 口の中で小さく削っていく。

 花の季節がとうに終った桜の表皮は青臭かった。

 プッと吐き出すとソレはそのままソイツの目の中へ命中した。

 ソイツが左目を押さえて俯いたのが判った。

 「ハハ〜?可愛い仕返し。」

 隣で胡座をかいているキクマが冷やかすように嘲笑った。

 「良いんだよ!

 見るなって事で今回は。」

 表皮の剥がれた一部から隠れていた虫が慌てて逃げ惑っていた。

 人差し指を当てて少しだけ力を開放した。

 幹が顔を出し、青い葉が産まれた。

 俺はキクマに喧嘩で勝てない分を補う「力」を編み出した。

 自分の力を他者に与え、それを操るのだ。今のところ、生物しか操った事はないが…。

 そうやって、桜の樹に新たな葉を茂らせた。

 ふぅと、又、桃姫さんに視線を戻す。

 桃姫さんの横顔は相変わらず優しくて俺の心を安らかにしてくれた。

 

 どれ位眺めていただろう。

 建物から大きな音がしてそれを合図のように人々の声が彼方此方から飛んできた。

 楽しそうに駆け出す人間もいるし、一人で歩いている人間もいる。

 「ねぇ、どいつが美味しそうだと思う?」

 キクマが耳元で囁いてきたから俺はキクマを睨み付けた。

 「『たら』話に決まってんじゃん。」

 肉の引き締まった大きな男、丸々と肥った柔らかそうな女、色んな人間が集まっている。

 「やっぱり桃姫さんが一番良い。」

 胸を張ってそう漏らすとキクマが

 「じゃあ喰ってみろよ?」

 と又茶化す様に笑った。

 「桃太郎、桃姫ちゃんと交合こうごうしないの?」

 急なキクマの破廉恥な言葉に顔が赤くなった。

 「オマエ!!なんって破廉恥な事を口走るんだ!女のくせに恥を知れよ!」

 「なんでよ?

 『愛し合ってたらフツー』なんだって桃オニィが言ってたぞ?

 アタシはもう桃オニィとは既にそんな関係だ!」

 (ヤバい!こいつ…人間界に来てすっかりモラルを無くしちまったんじゃねえか?

 こんな話題を異性とするなんてそんなだいそれた事…まぁ…キクマを異性視した事ァ無かったけどよ…でも…俺には出来ねぇぞ!?)

 俺は一歩も二歩も俺より先を行くキクマに付いていけなくなっていた。

 「桃太郎は桃姫ちゃんと交合したくないのか?」

 「したくないワケないけどそんな事考えて良いワケもっとあるか!!

 そんな事言う女はふしだらだぞ!!」

 交合…つまり交尾だ。

 鬼の交際、一晩掛けての本気の力合わせで雄が勝つ…その力合わせの流れで交合になり子供が出来ると言う話も良く耳にする。特に発情期には…。

 つまり、俺達鬼にとって交合は生きるか死ぬかの命掛け行為と同等。

 それをいとも容易く「桃オニィと既にしている」とは一体全体どう言うつもりなのか俺には理解に苦しんだ。

 「激甘美形君、桃姫ちゃんに『何処でお昼食べる?』って聞いてるぞ?」

 キクマは「どうする?」と言いたげに眉を動かした。

 「追う。」

 立ち上がった時には尻がしっとり湿っていた。

 

 桃姫さんの香りを追うと建物の外に出た。

 俺達は又平べったい青い屋根の上に降り立ち桃姫さん達を見詰めていた。

 男は桃姫さんより頭二つ分程高い。それでもお兄様よりは低いようだが…。

 男は親しそうに桃姫さんに笑い掛ける。

 手をしっかりと握り締めた。金棒を持って来られなかった事が悔やまれた。お兄様から目立つから絶対持っていくなと禁じられたのだ。

 その内、桃姫さんと同じ服を着た女子が二人手を振って集まって来たが男は桃姫さんの隣から動かなかった。

 「『今日、日差しが強いからちょっと影の方行こうよ。』『ううん、私はここが良い。センゴだけあっち行って食べたら良いでしょ?』『何で桃姫はそんなイジワル言うかな〜。』だって。」

 男が何処かを指差し、桃姫さんが首を振る。

 キクマの言葉が当てはまった。

 「桃姫」と言う呼び方に怒りが隠し切れなくなった。

 思わず立ち上がると脚に力を込めて飛び上がった。

 「おい!オマエェ!」

 地面に足を付けると男より桃姫さんの方が驚いた顔をした。

 「うわっ何?この子。」

 困惑した顔を向ける甘い顔のこの男の胸倉を掴もうとしたら桃姫さんに腕を掴まれた。

 「桃太郎くん、どうしたの?」

 桃姫さんの真っ白いシャツが眩しくて、思ったより眩しくて、思わず顔を背けた。

 「桃太郎がその激甘美形君を成敗に来たんだよ。」

 キクマは愉しそうに笑いながら桃姫さんが座る筈だったベンチに腰掛けた。

 「うちの制服着てるけど、うちの学校の娘じゃないよね?

 桃太郎って桃姫の祖先の名前でしょ?

 何?何?どう言う事??桃姫。」

 何故か不思議と獣の匂いのする、男みたいに短い髪の女子がキクマと俺を交互に指差す。

 「僕、今、美形君って呼ばれた。この可愛い娘に!」

 ゲキアマビケーコーセーネンは涼し気な眼を大きくしてキクマを指差した。

 「こいつ…!

 キクマを『可愛い』とか言うなよ!馴れ馴れしい!!」

 もう一度腕を掴もうとしては桃姫さんに静止される。

 「大体、桃姫さん!なんですか!こんな薄い布っキレ!ピラピラさせて!風が吹いたら即、即死ですよ!?」

 そう言ってスカートの裾を掴むと桃姫さんが悲鳴を上げた。

 「桃太郎くんが捲ってる!

 捲ってるからっ!」

 「男なんか皆雄です!

 コイツだってこんな涼しい顔してても頭の中は獣と変わらない!

 ホント危なっかしくて穢らわしくて見てられない!!」 

 そう言った途端、俺の角が桃姫さんの胸を突き上げた。

 「あっっっ!」

 桃姫さんの口から聞いた事のない甘い甘い、桃の香より甘い声を聞いた、次の瞬間背後からさっきの獣の匂いが掠め、俺の身体は地面に沈んだ。

 「獣は人間より清らかなんだぞ!」

 そう言って桃姫さんの前に仁王立つ短髪の女子。

 俺は自分の身に何が起きたのか全く理解出来なかった。

 ポカンとする俺を余所に、大股を広げたキクマが腹を抱えて笑っている。

 「スゲー!超スゲェ!!

 桃太郎投げ飛ばす人間が居るなんて!スッゲー力持ち!!キングじゃん!」

 桃姫さんはキクマの両脚を押さえて閉じさせると、俺の元へ寄ってきて屈んだ。

 「どうしたの?桃太郎くん。

 いつもはおとなしく家で待ってるのに…。」

 桃姫さんを見上げながら情けない気持ちになった。

 「すみません…。

 お兄様やキクマから、ガッコウとはエッチとジェーケーと沢山の男が居ると聞きまして…桃姫さんが心配で…見に来ました。」

 桃姫さんが盛大にため息を付く。

 「違うよ。桃太郎は桃姫さんのエッチな制服姿を見に来たんだよ。」

 又、ケラケラと愉しそうにキクマが笑った。

 「オマエ!明日の朝日は拝めんと思え!!」

 「おう!上等だぜ!ヤルか?チビ桃太郎。」

 キクマが跳んで来たので俺もキクマの鼻先に鼻を近付けた。

 「すとっぷ!すとーーっぷ!

 もしかして、君等、桃姫がちっこい頃からずっと言ってた『鬼の刺客』ってやつ?」

 裸を見られたような気分だった。

 隠しきっていると思った正体を簡単に見破られた。

 髪の毛を一つに束ねて頭の上で括っている女子が俺を指差したまま桃姫さんを見詰めていた。

 桃姫さんは俺のニットキャップに手を掛け持ち上げた。

 一本角を見て、目の前の三人が「あっ」と言う顔をした。

 「桃太郎くん、ご挨拶は?」

 桃姫さんに促され、

 「初めまして。

 桃太郎と言います。桃太郎ですが鬼です。」

 頭を下げた。

 「偉い!偉い!ちゃんとご挨拶出来るじゃないの!」

 そう言いながら、桃姫さんは俺の頭にニットキャップを被せてくれた。

 桃姫さんの真白のシャツはやっぱり眩しい。

 「菊美ちゃんも!」

 「アタシはキクマ。

 菊に美しいで菊美だよ。

 桃オニィの『我がヨメ』なの。

 ヨロシクね〜!」

 キクマがそう言いながらブイサインを見せる。

 (何が『我がヨメ』じゃい!)

 は、頭の中でツッコんだ。

 「この子達は今私の家に住んでるの。

 スッゴク良い子達なんだから!」

 桃姫さんが俺とキクマの腕に手を回してきた。

 顔が熱くなる。

 「ちょ、ちょ、ちょ、桃姫!

 話が見えない!」

 頭の上で髪の束が揺れる女子が掌を見せてきた。

 「止まれ」の合図だと思った。

 「桃太郎達は、刺客なの?」

 ゲキアマビケーがそう言ってきたので思わず睨み付けてやった。

 「ううん。この子達は私のボディガード…ううん、お友達になりに鬼ノ国から来てくれたのよ。」

 (桃姫さん…腕に胸があたってます…。)

 絶対口にはしないけど…。

 「出たよ!おとぎ話大好き桃姫。

 先祖の桃太郎と話ししたとか?小さなオッサン視たとか?人魚姫は泡になったから自由になって幸せになれたとか?

 ハイハイ、桃姫ワールドね?」

 頭の上で髪を揺らすこの女子を、俺は余り好きになれねぇ、と感じた。

 それでも桃姫さんは変わらない様子で嬉しそうに微笑み、

 「折角来てくれたんだから皆とご飯食べよう?

 鬼ノ国のお話、聞かせて?」

 と地面に座った。

 俺が桃姫さんに鬼ノ国の話をするのは初めてだ。

 なんだか気恥ずかしくて緊張して、シャツの裾を握り締めた。

 桃姫さんが座る筈だったベンチにはキクマが陣取り、その横に頭の上で束ねた髪の女子が座った。

 ゲキアマビケーは桃姫さんと短髪力持ち女子の間に座り、俺はかいた胡座の上で手を組んだ。

 ここ程じゃないけど賑やかだった俺等の街を思い出す。

 鬼ノ国には売買契約は無い。 

 専ら行われるのは物々交換だ。

 野菜は野菜。

 肉は肉、もしくは魚や米。

 腕に自信のある…キクマの父ちゃんみたいな鬼は家を建てたり、棚を作ったりしてはそれに見合った礼を受取る。

 何処かの金山で採れたらしき砂金や金塊で土地や娯楽と交換する鬼も居る。

 母ちゃんはどうやってツアーのチケットを入手しているのか知らない。

 俺とキクマにはかなり歳上(と思われる)親友がいた。俺とキクマは団子になって可愛がって貰った。

 「定住を持たない装飾職人」大人の鬼からはそう言われていたが、不思議と彼を悪く言う鬼は居なかった。

 彼の名前は陽溜ひだま。日溜まりの様に暖かい、穏やかな鬼だ。全身に墨絵が描かれてあるが処々に朱や蒼が入っていてとても綺麗なのだ。

 陽溜は自分の耳にも沢山のピアスを付けていたが、俺やキクマの耳にピアスの孔を開けてくれ、沢山のオリジナルのピアスを造ってくれた。

 俺の猪の歯で造った首飾りも陽溜お手製だ。

 何処か、僻地に言っては其処の言い伝えの装飾品を造ってくれた。

 ワニや象の革でアンクレットを、銀や銅でブレスレットを造ってくれた事もある。

 大人になるにつれ、身に着けないといけない常識や、必要なマナーを陽溜が俺達に教えてくれたが陽溜は決して俺達から何かを受け取ろうとしなかった。

 「お前達の笑顔が一番のお礼だよ。」

 シャレた事を言って頭を撫でてくれた。

 俺は陽溜が大好きだったし、父ちゃんの居なかった俺には陽溜にくっついて寝るのが何より好きだった。

 それでも数年に一度しか帰って来ない、本当に風来坊の謎多き装飾職人だった。

 「桃太郎くんの耳のピアスも、ヒダマさんの作品?」

 目敏く見付けた短髪女子に感心しつつ、キャップをずらして炎のピアスを見せる。

 火の玉をイメージしてあるが「火」という文字にも見える。

 「陽溜は漢字が好きなんだ。

 キクマの誕生日には草冠の中に菊の華をあしらったブレスレットをプレゼントしてくれた。

 …最も、キクマは数日でダメにしたけど…。」

 キクマを睨むとキクマは涼しい顔をして顔を背けた。

 「鬼ノ国には学校が無いの?」

 膝を抱えた短髪女子が尋ねてきた。

 「無いよ。俺達に色んな事を教えてくれるのは大人の鬼なんだ。

 鬼として必要最低限の強さとか、後は…結婚の仕方とか…。」

 つい恥ずかしくなって指遊びを始めた。

 「いつ、鬼ノ国に帰るの?」

 頭の上で髪を揺らす女子を軽く睨んだ。

 「帰るつもりは無い」なんて口には出来難い流れで黙り込んだ。

 横から桃姫さんが

 「桃太郎くんにはずっと一緒に居て欲しいの。」  

 迷いもなくそう言ってくれた。

 感激だった。

 「私、桃太郎くんの事、大好きだもん!」

 余りに自然に出た言葉が余りに自然過ぎて重みを感じなかった。

 「桃太郎くんは…悪い鬼ではないかもしれないけど…それでも、それはどうかなぁ?」

 (うるせぇよ、ゲキアマビケー!)

 「閃吾、やっと私を理解してくれて、私を受け入れてくれるヒトが現れたの。

 理解してとは言わないけど、桃太郎くんを悪く言わないで?」

 桃姫さんの言葉に、センゴと言われたゲキアマビケーは寂しそうに眼を細めた。

 「好きな人に裏切られるのは哀しいけど、好きな人を信用出来ない方が、私は哀しい。」

 センゴと違って桃姫さんの眼差しの意志の強さ。

 俺は益々桃姫さんを誇らしく感じた。

 彼女達の質問には苦笑させられっぱなしだった。

 「人間を食べないの?」とか、「何で食べないの?」とか。

 「人間は臭いんだって。」

 キクマが悪びれず答える。

 俺は咳払いしてキクマの言葉を遮ろうとしたが髪を束ねた女子は其処に喰い付いた様に隣のキクマを覗き込みながら 

 「嘘!?人間って臭いの?

 どんな風に臭いの?羊とどっちが臭い?」

 どんどん質問してくる。

 「俺達が産まれた時代にはもう人間を喰らう風習はなかったから、あくまでコレは聞いた話だから。」

 とワンクッション置いた。

 「人間界に来て思ったのは殆ど食べる物が変わらない事。

 俺達も牛や豚は喰うよ?

 ワニとかヘビ、猪や熊も。」

 「うえぇ〜。」とセンゴが顔をしかめた。

 「人間、食べなくなったのはやっぱアレかな。桃太郎に敗けて『人間喰ったら許さないぞ!!』って言われたりしたからなのかなぁ?」眼を爛々と輝かせながら髪を束ねた女子が言う。

 (どうしても其処に話を持ってきたいんだな…。)

 多少呆れた。

 「人間喰うと魂が汚れる。」

 キクマの一言に「黙れ!」と静止した。

 ソレを言うと人間が悪か鬼が悪か論争になる、と婆ちゃんから俺は話題にする事を止められていた。

 「は?何?は?何?汚れるってどゆ事??失礼じゃない?」

 ホラ言わんこっちゃない。

 「人間を喰うのは人間に申し訳ないって言うなら、牛や豚だって同じ事です。

 申し訳ないと思うからこそ『頂きます』なんだと俺の婆ちゃんから聞きました。

 だから人間を食べなくなった理由はそういう事ではないと思いますが、人間を食べなくなった理由付けとして、『魂が汚れる』と言わないと鬼の立つ瀬が無いからじゃないかと思います。

 だけど本当に人間を食べなくなった理由として一番考えられるのは『飽食』です。

 鬼も食べる物を増やした為、人間を食べる必要がなくなったんです。人間は俺達同様、手を使い足で歩く形をしています。それは猿もそうですが、その同じなりをしている生物を食べるのは抵抗があるでしょう?

 それだけ鬼も知能がついた、と言う事だと思ってこの問題は納めてください。」

 殆ど、婆ちゃんと陽溜の受け売だった。

 でもそう頭を下げると、短髪女子も、桃姫さんも「ちょっと鬼ノ国に興味出てきたね〜!」と言ってくれた。

 頭を括った女子は未だに納得行かぬ様子で、何度も首を傾げて「人間が臭いとか汚れるとかそう言うのヤダ、私…。」とボヤいていた。

 俺はセンゴに「可愛いね」や「スタイル良いね!」と言われて偽物の「可愛い顔」を造る目の前のキクマをどつきたい気分だった。

 「桃太郎くんってどうして鬼のくせに桃太郎って名付けられたの?」

 俺が最も嫌いな話題を降ってきたのは俺がこの中で最も嫌いなセンゴだった。

 「話したくないです。」  

 「コイツの母ちゃんが桃の木の下でコイツ産んだからだよ。」

 キクマが俺の言葉に被せてきた。

 俺は足元に有った小石を拾うと、指先で飛ばした。

 「菊美ちゃんは桃太郎くんの彼女?」

 キクマは俺の飛ばした小石を虫でも叩き落とすかのように簡単に手で払い除けながらセンゴの言葉にニコニコと耳を傾けていた。

 「ンな馬鹿な〜!

 アタシ、こんな軟弱で脆弱ぜいじゃく惰弱だじゃくなチビ、全くキョーミな〜い。」

 (人間の男と話す時のキクマの話し方、スッゲェ鼻につく!!)

 「僕みたいなタイプ、どう思う?」

 センゴはニコニコとそう続ける。

 (こいつ…桃姫さんのヒワイな姿を想像した、とからしいのによくもまぁそんな事口に出来るよな!?)

 「アッハ、

 アタシ、アンタみたいな顔だけ草食男、もっとキョーミな〜い。どっちかつうとキラ〜イ!」

 キクマはイラつく話し方のまま、いつもの様に毒づいた。

 桃姫さんも頭を括った女子も大笑いしている。

 短髪女子だけが「そんなハッキリ〜…。」と困惑した表情を向けた。

 「え〜!ショックだなぁ。僕、結構モテるんだけどなぁ…。鬼界では僕みたいなタイプ、ダメなのかなぁ。

 鬼界ではどういうのが人気あるの?」

 (こいつ…めげないな…。)

 俺の気持ちの中ではコイツに対して、苛立ちから呆れにスライドされていた。

 「鬼はデカけりゃデカい程モテるよ。

 強くてナンボだもん。

 だけどアタシは頭カラッポが嫌いなんだ。

 外見良くても中身無かったら意味無いじゃん。

 アタシのタイプは桃オニィ!」

 鬼ノ国の男共を思い出す。

 どいつもこいつもゴリゴリのマッチョだった。

 陽溜みたいな手足の長いスラッとした鬼はお呼びじゃない、とばかりに女達から除外されたが、それでも胸を張っている陽溜には魅力があると俺は思っていた。

 キクマではないが、確かに見た目ではないのだ。

 「桃オニィってもしかして桃姫のお兄ちゃん?」

 頭を括った女子があからさまに嫌そうな顔をした。

 「あ〜…でも桃姫のお兄ちゃんってすっごい頭良いよね!

 以前チラッと桃姫の部屋に来てなんか難しい事喋ってなかった?」

 短髪女子が桃姫さんに話を振る。

 桃姫さんは眼を逸しながら

 「ううん…お兄ちゃんは難しい事じゃなくてゲームに出てくる用語を使うことがあるだけだから…下手に褒めなくて良いよ…サカタン、有難うね。」

 短髪女子にそう言った。

 お兄様は本当に謎めいている御人だ。

 言葉も仰々しいし、礼節も身に着けているのに、何故か地に足が着いていない。

 掴み所がないのだ。

 それに嘔吐しそうになる位、不愉快な匂いを孕んでいる。それはとても強い。強いのだ。

 

 俺とキクマは桃姫さん達が「ジギョウ」が終る迄屋上でおとなしく待つ事にした。

 キクマは桃姫さんから分けて貰ったパンや三人から大量にお菓子を貰って腹一杯食べたせいか大の字でイビキをかきながら眠っていた。 

 が、俺はお爺様と居るつもりで体を動かし続けた。

 何度目かの大きな音の後、ゾロゾロと建物から同じ服を着た人間が大小粒揃いで出てきた。

 暫くして、

 「桃太郎くん!」

 桃姫さんが屋上の扉を開けて、眩しい笑顔を向けてくれた。

 俺も笑顔を向ける。

 キクマはまだ大の字のまま。

 「今日は来てくれてとても嬉しかった!

 桃太郎くんに会いたかったから。」

 桃姫さんの手を取った。

 「俺、今まで桃姫さんに『おはよう』も『いってらっしゃい』も言った事無かったから…どうしても言いたかったんです。 

 それと…スミマセン。やっぱり、制服姿を見てみたかった。」

 後ろ頭をポリポリと掻くと、

 「ううん。」

 桃姫さんが俺の前で一回転してくれた。

 「おかしくないかなぁ?

 ねぇ、私、遊んでるエッチなJKに見える?」

 首を傾げる桃姫さんの手を取ったまま、首を左右に振った。

 桃姫さんが俺の肩に頭を乗せてきた。

 「桃太郎くんの服、お兄ちゃんの服なのね。お兄ちゃんの匂い…。」

 フフフと桃姫さんのくぐもった笑い声。

 「脱ぎましょうか?」

 言われると段々お兄様の匂いが気になりだした。

 監視されているようで居た堪れない。

 「脱ぐなら…ここじゃない方が良い…。」

 桃姫さんの囁き声が桃色に染まる。

 どんな意味が含まれているか伝わって、俺の耳まで紅くなる。

 「そんな…大胆な事…口にしちゃダメですよ。

 俺…桃姫さんを食べたくなる。」

 「あら、イマドキ鬼さんは人間食べないんじゃなかったの?」

 桃姫さんが俺の肩の上に両手を乗せたまま首を傾げて見せる。

 「その白い肌に歯を立てて…」

 以前視た桃姫さんの白くて滑らかな肌を思い出して息が上がる。

 「立てて?」

 桃姫さんの唇に向かって口を開ける。

 「桃姫さんを俺のモノにしたい…。」

 喉が鳴る。気分が上がる。

 「して…欲しいな。」

 荒い呼吸を吐きながら桃姫さんの胸に手を当てようと、震える手を上げた。

 「結婚前にそんな事口にする女はフシダラなんだって〜!」

 唇が重なる手前だった。

 俺と桃姫さんの息は同時に止まった。

 声の方を向くとキクマが胡座を組んで俺達をニヤニヤと見詰めている。

 「ま、アタシはフシダラだからそんなの気にしないけどな!」

 付け加えてキクマはカラカラと笑った。

 桃姫さんは真顔で俺を見詰めて

 「フシダラな女でごめんなさいね。」

 と俺の胸を掌で打った。

 桃姫さんの掌とは思えない重い一撃だった。

 真っ直ぐ突かれただけだったのに俺の体は軽々と飛ばされ、転がってフェンスを凹ませた。

 「帰ろ!菊美ちゃん。」

 「うん!桃オニィも待ってるしね!」

 二人が手を取り建物の中に消えて行くのが見える。笑い声だけが微かに聞こえた。

 俺は唯、その背中を見送る事しか出来なかった。

 今日、俺が飛ばされたのは二度目だった。

 俺はお爺様の特訓を受けている筈なのに不思議と今日は強くなった気がしなかった。

 

 家に帰るとお爺様は酷くご立腹だった。

 俺達が人前に出た事と、お爺様に断りもなく修行をサボったからだ。

 俺はその夜、離の側の木に逆さまに吊るされ、そのまま腹筋をする様に命じられた。

 そして数日間、桃姫さんからも口をきいては貰えなかった。

 踏んだり蹴ったりとはこの事だとガッコウに行って俺は学んだ。そして、「ガッコウなんか大嫌い」、お兄様の気持ちに強く賛同した。

  

 

 

 

 

 

    


 

 

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