第35話
「私は止まらないから」
再度力強く宣言する。
「だって私はこのときのために何年もかけてきた。私の決意は誰にも動かせないの!」
夢亜が世界樹に手をかざすと、その手が黒く光った。すると目に見えて世界樹が腐敗し始めた。
「いけないっ、このままだと本当に世界が滅んでしまいます!」
「やめろ夢亜! お前は何にも関係のない人たちまで巻き込むつもりか!?」
「そうだよ? みんなはまだ知らないだけ。自分の人生を自分で決められないってことを知ったらこの世界のことを嫌う人はいるはずだよ」
「そんなの分からないだろ! たとえ決められた人生だとしても、その人生に満足してる人だっている! 現に俺は今の生活に満足してる!」
手を止めることはないが、夢亜は悲しそうにうつむいた。
「翔人みたいに考えることができたら、私もこんな思いしなくて済んだのかな……ううん、私は私。誰もが翔人みたいな考えができるわけじゃない」
「そうかもしれないけど、自分一人の我儘でやっていいことでもない」
「自分の我儘以外に理由はいる?」
開き直った返答を予想してなくて俺は言葉に詰まる。
「人って結局、自分が行動するのもそうしたいからって理由だけなんだよ。翔人が愛奈ちゃんを助けようとしたのも、それは翔人が愛奈ちゃんを助けようと思ったから。結局はそれだけの理由なんだよ」
愛奈に協力したいと思ったのは、出会った直後に彼女が見せた悲しみに暮れる姿を昔の俺に重ねたから。両親を失ってからしばらくの俺は、自分で思い返してもひどい有様だった。だからこそ愛奈が過去の自分の境遇に似たようなものを感じ、助けたくなった。
当の本人はというと、とにかく前を向いて諦めようとしなかった。羨ましいほどポジティブで、過去の俺とはまるで違っていた。いつしか同情とは真逆の尊敬や憧憬を抱いていた。だから俺とは違うものを持った愛奈のことを手伝いたくなった。
と大げさな理由はあるが、根本の部分は夢亜の言う自分の都合というものなのかもしれない。でもそれはあまりに極論すぎる。
「私はもう辛くて苦しい思いはしたくない。だから世界を終わらせたい。それだけなの」
「力を制御できるようになったんだったらもう苦しむことはないだろ! 世界を滅ぼす必要はないはずだ!」
「翔人に私の苦労の何が分かるの?」
冷たく言い放った言葉で俺は自身の失言に気づいた。
自分の苦労を知らないで、その結果が当たり前のように言うのは誰もができるが、本人からすれば一番頭にくる言動だ。
「私は事故のあの日、ここで翔人とそこの神様のやり取りの見てから人生が狂ったの。きっと神様からすれば狂ったわけでもなんでもなくて、私はそういう運命だったんだと思うけど」
「あの日……あの場所……でも、そんなはず……」
隣でヴェルザンディが神妙な面持ちで何やら呟いている。神様ですら夢亜のことを把握していなかったというわけか。
「私は今さら止めないよ。だって私はこの日のために何年もかけてきたんだから。だから私は世界を終わらせる! そして一緒に私も終わるの!」
「ふざけるな! 俺たちはもう家族同然だろ!? 終わるとかそんな勝手なこと言うなよ!」
「家族でも、私がしたいことを否定される理由はないよねぇ? 私はもう今の世界にいたくないの」
「だとしても……」
世界樹を破壊して全てを終わらせるというのが夢亜の我儘だというのなら、俺の我儘だってある。
「だとしても俺は終わらせたくない。俺は今の生活が気に入ってるんだ」
「世界が消えれば、翔人の両親が死んだことも全部、なかったことと一緒になるんだよ」
「俺にとって家族の思い出は大切なんだ。もちろんそこには夢亜のことも入ってる」
「…………」
俺の言葉に何かを感じたのか、夢亜は黙りこんだ。夢亜の能力の黒い光はまだ弱まったままで、何か行動を起こすなら今だろう。
「夢亜を止める方法はないのか?」
三人の女神に向かって問いかけると、これまで黙っていたスクルドが口を開いた。
「なぁ、アイツはなんで力が使えてるんだ?」
「誰の力も借りずにこの空間にいるということは、私たち三人の誰かの力を得ているのは間違いないですね」
「アタシは違うぞ?」
「わたしも契約してないです」
「夢亜さんの能力は未来でも過去でもなく、現在に影響を及ぼしています。つまり、私の能力ですね。そして、私と翔人さんの契約を見ていたということは、その時に何かしらの影響を受けているんだと思います」
「だったら契約を解除すればいいんじゃねーの?」
スクルドの提案に、ヴェルザンディは静かに首を横に振る。
「私が契約しているのは翔人さんだけです。結んでいない契約を解除することはできません」
「じゃあどうすんだよ?」
「翔人さん、能力を使用するには代償が必要だってウルズが言いましよね?」
「あぁ、愛奈の場合はそれが記憶だったって」
「その通りです。なら、翔人さんの代償は何だと思いますか?」
「俺の代償は──」
答えようとしたが、何も答えることができなかった。代償というものに心当たりがまるでなく、なんなら代償のことを知ったのも今しがたなのだ。よく関わりのないクラスメイトの感情を読んだり、見ず知らずの通行人の心理を読んで遊んだ記憶はあるが、それによって体に異変があったかと言われれば、一切ない。
ウルズの説明が正しいのならおかしな話だ。なぜ俺は代償を支払わずに能力が使えていたのか。
「そうです。翔人さんには能力の代償がありません。もちろん、私が意図してしたことでもありません」
「じゃあなんで……」
「これはおそらく、翔人さんの代償を、夢亜さんが支払っている可能性があります」
「俺の代わりに、夢亜が……」
そんなことがあり得るのだろうか。
俺は契約とか神様の事情についてはからっきしだ。けれど、俺と夢亜の身に起こっていることが異状なことは察せる。
「ただ──」
「相談は終わった?」
ヴェルザンディが何かを言いかけたが、夢亜がそれを遮った。まだまだ聞きたいことはあったが、これ以上は待ってはくれないらしい。
「私が翔人の肩代わりをしてるとか、もうそんなことはどうだっていいの」
「夢亜、もう一回考え直せ! そんなことしなくても他に方法があるはずだ!」
「今さらそんなのできないよ。だって私は世界を壊すって決めてるんだから!」
夢亜の手が一層強く黒く光ると、光は世界樹を包み込んだ。
新緑の葉は黒く枯れ落ち、太い幹やそこから無数に伸びる枝たちもしわになって垂れていく。世界樹は一直線に死滅へと突き進む。
「もしかしてこれは……!」
何やら考え込んでいたヴェルザンディがいきなり声を上げた。
「何か方法があるのか!?」
「いえ、方法というわけではないのですが……本当にもう猶予がないかもしれません」
「猶予がないって……世界が滅ぶまで、あとどれくらいなんだ?」
「世界樹の方もですが、まずいのは夢亜さんの方です」
「夢亜が……? どういうことだ?」
「代償の話は覚えてますよね?」
当然だ。ついさっき聞いたばかりの衝撃の事実は誰だって忘れられない。
俺が首を縦に振ると、ヴェルザンディも頷き返して続ける。
「代償は、得たものと対になるものを失います。未来の反対は過去ですよね。だから愛奈さんは未来を得る代わりに、記憶という過去を失った。同様に、現在を得るには、どんな代償を受けることになると思いますか?」
哲学的な問いを一度真剣に考えてみる。
「過去、っていうのはちょっと違う気がするし、かといって未来もなんか違う気がする。ってことは、両方?」
予想通り、というような笑みをみせてヴェルザンディは頭を振る。
「半分正解で、半分間違いです」
「つまり?」
「翔人さんが言ったように、現在の反対は未来でもあり、過去でもあります。同時にそれは、未来でもなくて、過去でもない、という意味でもあります」
「未来でも、過去でもない……ってことは」
「はい。それはすなわち、『死』です。生のないものであれば『破壊』や『腐敗』ですね。まさしく夢亜さんの能力です」
「そんな……」
「多分、翔人さんと契約をするときに、本来翔人さんにいくべき代償が、たまたま近くにいた夢亜さんに流れてしまったんだと思います」
そうだとしたら、夢亜を苦しめているのは俺の責任でもある。従来通り俺に代償が来ていれば、夢亜は何年も苦しむことはなかった。俺があの時、神様を拒絶していればこんな能力は誰のものにもならなかった。けどそれよりも──
「……で」
「えっ?」
神様が首を傾げた。
「なんで代償のことを何も言ってくれなかったんだよ! 言ってくれてたら契約なんてしなかった! 夢亜も苦しまなくて済んだ!」
いつでも俺に話しかけられる神様なら、言おうと思えばいつでも代償のことを言う機会はあった。でも、神様は何も言わずに俺の動向を楽しんでいた。そう、ずっと俺を騙して愉悦に浸っていた。それが許せなかった。
「それに赤崎だって、自分の未来に追われて悲しむ必要もなかった! やっぱり神なんて、自分勝手な存在なんだ」
こんなことを言っている場合じゃないことは分かっている。今は一刻も早く夢亜を止めて、世界樹の崩壊を阻止しないといけない。
けど、それ以上に俺や夢亜、愛奈を騙していたことが許せなかった。
「……すみません」
申し訳なさそうに神様は目を伏せた。
「本当にすみません」
俺の怒りがただの八つ当たりであることを自覚している以上、深く頭を下げられると、これ以上の怒りを神様に向けることはできなかった。やり場を無くした感情を噛み殺す。
今考えなければならないのは夢亜のこと。世界のことだ。その二つが手遅れになる前に、しないといけないことがある。
「そのことは全部終わってからでいい。それより、なんで夢亜がまずいのか話してほしい」
頭を上げた神様は力強くうなずいた。
「はい。代償は力を得た変わりに失うものです」
「それはさっきも聞いた。体に負荷がかかるとか言ってたな」
「はい。本来なら翔人さんの代償として得た能力だとしても、夢亜さんはそれを自分の能力として制御しています。なら、何か別の代償を払わなくてはいけないはずです」
「それって!!」
ヴェルザンディの言葉を思い返してみる。
『代償は、得たものと対になるものを失います』
『それはすなわち、『死』です。生のないものであれば『破壊』や『腐敗』ですね。まさしく夢亜さんの能力です』
夢亜の能力が『死』であるなら、代償はなんだ。
『死』と対になるものは『生』や『活』。夢亜が別の代償を支払わなければならないのなら、それは夢亜自身の命だ。自分の野望のために自分の命を消費する、まさに諸刃の剣。
だとしたら、世界の崩壊に巻き込まれて死ぬよりも先に、能力の代償として命を奪われる方が早い。だったらなおさら夢亜を早急に止めなければいけない。
そう思った矢先、夢亜の悲鳴が響き渡った。
「うっ、うああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「夢亜!?」
苦しそうに喉元を押さえて、夢亜は膝をついていた。
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