第27話
とりあえず夢亜を送ろうと俺らは家を出たが、その間、ずっと幼馴染はため息を連発していた。
「なんかごめん……」
「いいよ別に。気にしてないから」
「さすがにそれは無理あるだろ……」
落ち込む素振りを見せて悲しそうなため息をついたと思えば、今度は全身に力が入り怒り心頭なため息を漏らす。誰が見たって気にしてないというのが嘘だと、俺の力など関係なくともわかる。
「はぁ、確かに気にしてないというのは嘘だけど、理解はしてるつもりだから大丈夫だよ」
「あぁ」
「もうすぐ死ぬって状況で冷静にいられる人の方がいないよ」
「それは、まぁ」
「だから翔人は気にしないで。翔人が悪いじゃないんだから」
「……分かった。赤崎には俺からもう一回話しとく」
「うん、ありがと……あ」
何かを思い出したかのように夢亜は立ち止まった。
「ごめん、忘れ物したから取ってくるね。ちょっと待ってて」
「あ、ああ」
家に引き返していく夢亜を見届けながら愛奈の拒絶ぶりについて考える。
夢亜のことを拒絶したことに驚きはしたが、それ自体に不審なことはない。
ただあの一瞬、わずかに愛奈の感情が流れてきた。
本心からの強固な拒絶と困惑。それから微かな憎悪。
一瞬だが、初めて愛奈から感情を読みとることができた。
なぜこれまで何も感じ取れなかったのか。なぜ急に読み取れるようになったのか。疑問は増えるばかりだが、タイミング的には彼女が記憶を失ったことと関係があるかもしれない。
もし、愛奈から意図して感情を読み取れれば、彼女の行動も分かるようになるかもしれない。そして彼女を事故から救うことだってできるかもしれない。
「お待たせ」
「おかえり」
「何か考え事でもしてた?」
手を後ろに組んで夢亜が顔を覗き込んでくる。
「いや、特に大したことは。夢亜は今日学校には行かないのかなって。今からなら間に合うし」
「うーん、もういいかなぁ。学校には連絡しちゃったし」
「そうか」
「たまには誰かさんみたいに不真面目になってみようかな。あ、でも学校さぼって女の子と二人きりになるのはちょっとなぁ」
「おい、変な言い方するなよ」
「同じ屋根の下で二人きり……へー、ふぅん。怪しいなぁ?」
「何もないから。からかうのはやめろって」
「ふふ、ごめんごめん。冗談だよ。半分は」
「なんで半分本気なんだよ」
「だって翔人だし」
「こんな真面目で紳士な人間いないだろ」
「自分の胸に手を当ててみて?」
「……ごめんなさい俺が悪かったです」
「分かればよし。じゃあ帰るね」
なんで俺が悪いことになった……?
いたずらが成功した子供みたいな笑みで夢亜は帰っていった。
扉の前に立ち、ため息をついてからノックする。
「赤崎、入るぞ」
部屋の中に入ると、愛奈はまだベッドの上で布団を頭から被った状態のままだった。
まだ塞ぎこんだままなのだろうか。だとしたら本当に面倒くさい。もとから愛奈は面倒くさい部分があったが、今の状態では俺の言葉も聞いてくれるか分からない。
「えっと、大丈夫か?」
声をかけると、愛奈の形をした布団がもぞもぞと動いた。ひょっこりと小動物のように顔を出すと、また視線を逸らされた。
「その……ごめん」
想定してなかった謝罪に拍子抜けする。すぐにその謝罪の意図が理解できなかったが、夢亜を拒絶したことと、それによって空気を悪くしてしまったことに対してだと気づく。
面倒な性格の割に根は真面目なところが彼女らしい。この様子なら話くらいできそうだ。
「さっきはいきなりどうしたんだ?」
「……分からないわ」
「分からない?」
「ええ……なんかあの手を取ったらダメな気がしたのよ」
「ダメ……?」
「なんとなく、かな?」
「なんだそりゃ」
愛奈が記憶を失っていることは彼女自身も気づいている。自分の知らない自分があるということが彼女を不安に駆り立て、何を信じればいいのか分からなくなっているのだ。
彼女の行動が、そういった心境からのものだということは明白だ。問題は愛奈自身が自分の状況を客観的に見れるかどうかだが、まぁ無理だろう。
「確認なんだけど、赤崎は二日後に事故に遭うことは覚えてるんだよな?」
「そう、だけど?」
「もし、だけど、その事故が防げないものだとしたら、どうする?」
口にしてから、自分でももう少し柔らかな聞き方はなかったのかと自戒する。
愛奈を事故に遭わないようにすることはできない。運命が変えられないのは、それが必要なことだから。神様はそう言っていた。だからほぼ間違いなく先週の事故は再現される。
「嫌。絶対に未来を変える」
聞きたかった返事とは違ったが、力のこもった瞳を見せられればそれ以上は聞けなかった。
「そうだよな。変なこと聞いて悪かった」
言葉が途切れ、空気が重くなりかけたところで、不意に空腹を意識した。
そういえばまだ朝食を摂っていなかった。お腹がすくのはしょうがない。
「じゃあ俺は朝食の支度するから」
そう言い残し、部屋を出ようとした。
「ん?」
なんだろう。直感的に違和感を抱いて動きを止めた。その正体を突き止めようと部屋の中を見回すが特におかしな点はない。
「気のせい、か」
層結論をだし、俺は部屋を出た。後ろ手に扉を閉め、朝食の準備を始める。
「やっぱりちょっとだけ分かったな」
部屋を出る直前の愛奈は、枕をぎゅっと強く抱きしめて俯いていた。
そこから一瞬だけ、彼女の感情を読み取ることができた。
もしかしたら完全に愛奈の感情を読めるようになったのでは、と淡い期待を抱いていたのだが、そういうわけではなさそうだ。どうやら、何かしらの理由で一瞬だけなら読み取れるようになっているのかもしれない。それが分かっただけでも十分だ。
ただ、彼女から感じた感情を思い出して重いため息をついた。
──不安と恐怖。
あと二日、俺は彼女の未来を変えられるのだろうか。
自分から彼女を救うために協力すると言い出したはいいが、自信がなくなってきた。
打つ手が思いつかず、完全に行き詰っている状況を見ると自分の無力さを改めて実感する。
こんな状況だからこそ、俺の唯一の希望は神様の言葉だ。
残り二日、愛奈のことを守る。
存在する敵のことも何一つ分かっていないが、これだけは絶対に成し遂げないといけない。
そこへ、俺の腹の虫が活動を開始し、意識が呼び戻される。
とりあえず今日どうするかはご飯を食べてから考えよう。うん、それがいい。
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