第26話
「
公園の入り口にある三女神の石像の前に幼馴染は立っていた。時間潰しに携帯を操作することに夢中だ。
先週の事故の悲惨さを物語る折れた木は、いつの間にか跡形もなく整備されていて、きれいな公園に戻っていた。そのついでなのか、少し古くなっていた石像も改修されていて、心なしかきれいになっている。
「お待たせ」
「遅いよ」
足音で俺に気づいたのか、携帯をいじる手を止めずにぴしゃりと言い放つ。電話越しにも感じたが、いつもの夢亜と雰囲気が違う。否応なく流れ込んでくる彼女の感情は憤り。冗談でも告白なんて言える空気じゃない。今日は虫の居所が悪いのだろうか。もしかして俺、何かしでかした?
「遅いって、こんな時間に呼び出しといて……」
少しして携帯をしまうと夢亜は顔を上げた。やはりどこかムッとした表情を浮かべている。
「あのさ、
「えっ……」
まっすぐに力強く向けられた瞳。決して冗談やハッタリなんかじゃなく、確信を持った詰問。下手なごまかしは通用しないことを一瞬で悟った。
しかし、だからと言って簡単に説明できる話でもない。
俺が人の感情を読むことができて時間旅行者を認識できることが誰も知らない。俺以外の人間ができないのだから、説明して信じてもらえるはずがないのだ。夢亜に説明したってどうせ俺の正気を疑われてそれで終わる。それが分かっているからすぐに言葉が出てこない。
「いや、別にそんな大したことは」
いつもはこうやってごまかせばそれで終わっていた。夢亜も内心では俺に何かあることが分かっていながらも、深くは聞いてこなかった。
だが、今回は違った。
「なんでそんな嘘くかな? 私が気づいてないと思った?」
「いや、だから別に……」
「だから、私知ってるんだよ? 翔人が最近知らない女の子と一緒にいること」
──えっ。
耳を疑った。聞き間違いであってほしいと思った。
だって夢亜には愛奈が認識できるはずがない。できてはいけないのだ。
俺が愛奈を認識できるのは普通じゃない力があるから。事故で時間の狭間を彷徨っているときに神様に出会い、力を受け取ったから。だから俺以外の一般人が時間旅行者を認識することはないはずなのだ。
それなのに夢亜が愛奈のことを分かるということは──
「私
言葉が出てこなかった。
十年前の事故以来、夢亜とは一緒にいる時間が多かった。両親を失った俺にとって、夢亜は大切な家族同然だ。しかし、彼女が時間旅行者が見えているような素振りは一度たりとも見なかった。
一体いつから。どうして。
夢亜が俺と同じ力を得たきっかけがまるで分からない。俺が事故に遭った日、夢亜はすぐに旅立つ前の時間に戻っていた。もし俺と同じように神様と出会っていたとしても、あのタイミングではありえない。なら、時間の狭間に行くきっかけがあったかと考えるが、俺の知る限り時間旅行の事故は俺の時と愛奈がこの時間に来るときの二回だけ。そして、夢で話したばかりの神様は、俺以外に力を与えた人物がいるというようなことは言っていなかった。
なら、なんで──
『誰かが愛奈さんを狙ってくるかもしれません』
──いや、そんなまさか……
疑問や戸惑いといった感情が押し寄せてぐちゃぐちゃに混ざり合う。
そんな俺に、夢亜は追い打ちをかけるように強く、はっきりと続ける。
「だからさ、もう隠すのはやめない?」
怖くなった。
夢亜のことなら大体のことは分かってるつもりでいた。けれど今告げられた衝撃の事実。そして、初めて聞く夢亜の口調。夢亜のことがよくわからなくなった。
もうこの状況では隠し通すことはできないだろう。
だから俺は愛奈のことに関することの全てを幼馴染に話した。
「ふぅん、なるほどねぇ」
愛奈が自分の未来を変えるためにこの時間に来たこと。この時間に元から存在する愛奈が死んでしまったこと。今俺と一緒にいる愛奈もあと二日で死んでしまうこと。そして俺が時間旅行者を認識できること。俺が関わっていることを話すと、夢亜はようやくいつもの穏やかな表情になった。
いつもの夢亜に戻ったことで俺の中の緊張感がほぐれ、密かに安堵の息をつく。
「それで、どうするつもりなの?」
「それが分かれば苦労しないんだよな……」
「まぁ、そうだよねぇ」
「一応神様からは赤崎を守ってやれって言われたし、たぶん付きっきりになるんだろうけど、ほんとにそれだけでいいのかな」
「でも、神様がそう言ったんでしょ?」
「まぁな」
「ならそれでいいんじゃない?」
本当にそれでいいのだろうか。愛奈を狙ってくる人物がいるというのが本当なら、二日後に起こる事故もその犯人が一枚噛んでいてもおかしくない。そうなると未来は何も変わらない。
「ねぇ、じゃあさ、私も愛奈ちゃんに会わせてよ」
「は……?」
「だってさ、私も愛奈ちゃんのこと見えるでしょ? だから私にも何か協力できないかなぁって。私じゃ力になれるか分からないけど、今行き詰ってるなら人手は多い方がいいよね?」
「それはそうだけど……」
もちろん人手は多いに越したことはない。実際、俺一人では何をすればいいのか分からなくなってしまっている。だから夢亜の申し出はすごくありがたい。
しかし対称的に、この問題を夢亜に頼っていいのかという葛藤もある。
この問題は俺が自分から勝手に首を突っ込んでいるだけなのに、そこに夢亜を巻き込んでしまっていいのか。そもそも、俺が時間旅行者を認識できることを知っていながらも、同様の力があることを黙っていた彼女を信用してもいいのかという疑念。
「けど、学校あるだろ?」
「休もうかな。私、翔人と違って真面目だし、先生や友達からも信頼されてるし、一回ぐらい仮病でサボっても大丈夫だよ。どうせ翔人もまたサボりでしょ?」
「そりゃあ、まぁ。赤崎を一人にはしておけないし」
「じゃあ決定! 早速行こ!」
「行くって?」
「翔人の家しかないと思うけど?」
「……はぁ」
俺の答えを待たず、夢亜は俺の家へと向かっていた。
「おじゃまします」
「どうぞ」
「そういえば、翔人の家に来たのって久しぶりな気がする」
「そうだっけ?」
「そうだよ。少なくとも高校に入ってからは初めてだと思う」
懐かしむように夢亜は家の中を見回す。
「へぇ、でもあんまり変わってないんだねぇ」
「一人暮らしなんてそんなもんだろ」
「そりゃ、そっか」
まるで自宅のような感覚で夢亜は家の中に入っていく。
思えば、ずっと昔からこんな感じだった。両親を亡くして塞ぎ込んでしまったとき、夢亜はいつも俺の前を歩いて引っ張ってくれた。そんな彼女に救われた。だから今の俺がある。当時の俺の心境は決して思い出したくないが、それでも今となってはいい思い出だ。
そんな昔のことを懐古しつつ、愛奈の眠る部屋へと夢亜を案内した。
「ここ?」
「あぁ。赤崎──はまだ寝てるか」
愛奈は夢亜に会いに行く直前と変わらない穏やかな眠りを続けていた。目を離していたのはほんの十数分というのに、彼女の寝顔を見ると安心した。
こうして気持ちよさそうに眠る少女が、あと二日しか生きられないなんて今でも信じられない。そんな辛い未来がすぐそこになるのなら、このまま気持ちよさそうに眠っていた方が彼女にとって幸せなのではないだろうか。そうすればもう何も考えずに済むし、何からも怯える必要はない。
──ダメだ。
心のどこかで彼女を救うことを諦めている自分がいることに気づき、それ以上の思考を中断した。
俺は彼女のことを救うと決めたからこそ、自分から行動したんだ。ここまで関わってしまった以上、何が何でも彼女を見捨てたくない。もし愛奈に死なれでもしたら、また俺が立ち直れなくなってしまう気がする。だから諦めてはいけない。
「夢亜……?」
先ほどからずっと黙ったままの幼馴染は、いつにもまして真剣な顔つきで愛奈を見つめていた。
「夢亜?」
もう一度声をかけると彼女ははっとして俺を見た。
「どうしたんだ?」
「あ、ううん。ちょっと見惚れてただけ。思ってたより可愛らしい子だなぁって」
笑ってごまかすと、夢亜は憐憫の目で愛奈を見た。
「この子が……ねぇ翔人、愛奈ちゃんを助ける方法はないの?」
「それが分かってたら苦労してない」
「そう、だよね……」
夢亜はそっと目を伏せた。
「ん、んん……」
重くなりかけた空気を破るように愛奈が声を漏らした。
僅かに体を捩じらせてからぎゅっと目を瞑り、ゆっくりと開いた。
「よく眠れたか?」
「ここは……あ」
視線を彷徨わせて俺と目を合わせたかと思うと、愛奈は気まずそうに目を逸らした。
その先に夢亜を捉えると、今度は怯えたように身を震わせた。
「初めまして、愛奈ちゃん。私は水希夢亜。よろしくね」
「ぇっと……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。協力してくれる仲間だ」
「協力……?」
「よろしく、愛奈ちゃん」
「触らないで!」
夢亜が差し出した手を叩いて愛奈は拒絶した。そして布団の中に潜り込んでしまった。
「ちょっと赤崎!?」
俺が声をかけても返事どころか顔を見せる素振りもない。何が癪に障ったのか全く分からなかったが、こうなると少しそっとしておくのがいいだろう。
「なんか悪いな」
「ううん、別に気にしないで」
口では言うものの夢亜は悲しそうな顔で赤くなった自分の右手を見つめていた。
初対面で友好的にしようとしている相手にあそこまで拒絶されれば俺だって傷つく。
愛奈がなぜか記憶を失った朝、俺も同じような拒絶のされ方をした。もちろんショックだったし困惑もした。けど記憶を失っていたから当然だし話をすれば分かってくれた。今回も夢亜とは初対面で戸惑った結果の行動なのだろうとは思う。ただ今は俺の言葉も聞いてくれそうにはないし、これではどうしようもない。
「ごめん翔人。私、もう帰るね」
「あ、あぁ」
部屋を出る瞬間まで、夢亜は愛奈を見ては目を伏せていた。
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