第15話
「ただいまー、って、いないのか……?」
愛奈がいるかなと思って帰ってきた家はもぬけの殻だった。
特に散らかされた形跡もなく、むしろきれいになっている気がした。学校へ行っている間に愛奈が掃除をしてくれたのだろうか。そこまでしてもらっているのだとしたら申し訳なくなってくる。誰かが家事全般やってくれないかなーと思ったこともあるが、実際に全部してもらうと逆に落ち着かない。
自室に入って荷物を置き、制服からシャツとジーンズというラフな格好に着替える。
愛奈がいなかったのは想定外だが、愛奈だってしたいことはあるだろうし、自分の死を前にしてじっとはしていられないはずだ。朝は割り切ったような様子だったが、取り繕っていたものに違いない。
こんなときこそ相手の本心を読む力の使いどころなのだが、なぜか愛奈からは何も感じ取れない。これまで邪魔だと思い続けてきた能力だが、初めて俺は欲しいと感じた。
だがこればかりはいくら考えても仕方ない。無理なものは無理なのだ。
「俺も出るか」
タイムリミットまでは残り五日。まだ五日残っているとはさすがに言えない状況だ。何しろまだ情報がそろっていない。事故を防ぐ手段が見つかるまでは探し回るしかない。
それに、昨日未来へ行ったことと、昼休みに日記を読んだことから、一つ確認しておきたいことができた。愛奈がいないのであればちょうどいい。
昨日持ち帰った未来の愛奈の遺品を手にして家を出た。
家を出て住宅街を進むと、あまり見たことのない制服の高校生たちをちらほら見かけた。近くの学校のものであれば全て分かるはずだが、見たことない制服となると、近辺に住む学生ではないことになる。
しかし、この地域に観光スポットと呼べる場所などない。一人ならまだ親元を離れている学生が帰省してきたのかと思わなくもないが、同じ制服を着た学生は一人ではない。
その全員が首に翡翠のペンダントを着けているのを見て、ああ、と思う。
ちょうど今は学校の修学旅行シーズンだ。彼らは修学旅行で過去からこの時間に来ているのだ。
「ちょっと試してみるか」
愛奈から感情が読み取れないのは時間旅行者であるせいか、あるいは愛奈自身に何かがあるのか。時間旅行中の高校生から何かを感じ取ることができれば愛奈自身が関係していることになるし、もし何も読み取れないなら時間旅行者であるという条件が影響していることになる。ちょうど俺の反対側から同じ制服の女子高校生が二人、こちらに歩いてくる。
「未来ってこんな感じなんだ!」
「私たちの時間とはやっぱりちがうね」
「普段過ごしる場所と変わらないはずなのになんか新鮮!」
そんなやり取りをしている高校生に意識を向ける。
「なるほど、思ってたのと違う、ちょっとがっかり、ね……」
二人ともから話している内容とは真逆の本心が俺に流れ込んでくる。傍から見れば曇りない笑顔に見えるが、内心では不満を爆発させていると思うと本当に女子って怖い。改めて人付き合いが少なくてよかったと思う。
とにもかくにも、時間旅行者である彼女たちの感情を読み取ることはできた。それなら愛奈が特別ということになる。彼女の特別なとこと言えば未来を視ることができるというものだが、それと何か関連しているのだろうか。
少し後ろを振り返れば、高校生たちは友達と合流してどこかへ移動していった。
この件についても追々調べてみることにして、俺も再び歩き出した。
到着したのは事故の発生した公園。この時間においては事故から二日になり、すでに立ち入り禁止は解除されていた。車が突っ込んで折れた木はなくなっており、青いビニールシートが被せられていた。人通りは普段と変わらない多さだが、通りかかる全ての人がビニールシートを横目に窺っている。
俺は真っ先に愛奈の身体が飛んできたベンチの前へと歩く。
時間の経った今では、当然愛奈の遺体はない。しかし、昨日未来で確認したことだが、愛奈はこの時間の人間には認識されないのだ。これは事故現場を見張っていた警官の反応からも分かる。だからこそ、救急車で運ばれることもなく、ずっとここに放置されることになるのだ。どうして遺体が消えてしまったのかは謎だ。
ただ、今回の目的はそれじゃない。
事故の瞬間に俺が座っていたベンチの隣をのぞき込むと、目当てのものは見つかった。
「やっぱりあった」
拾いあげた愛奈のポーチを開く。その中にあるのはスマホとイルカのキーホルダーに紙切れ──ではなかった。スマホは中にあるが、イルカのキーホルダーと紙きれが中に入っていないのだ。
「中身が変わってる……?」
五日後に見つけたポーチの中身は昨日未来から持ち帰っている。今朝も学校へ行く前に実物があるのを見ているため、見間違いだったということはない。それなのにこの時間の愛奈のポーチの中身が違うということはつまり──
「やっぱり俺の予想は正しかった、ってことか」
この時間と、同じことが起こるはずの五日後の時間が異なっている。未来が僅かに変化しているのだ。そしてここにもある翡翠のペンダント。すなわち、この時間で死んでしまった愛奈も、自分の運命に抗うために時間旅行をしたが、その努力もむなしく失敗に終わったということになる。
俺の時間にいる愛奈も、このままでは運命は変えられない。しかし、わずかにだが未来に変化があるということは、事故を回避することは可能だということ。そして、事故の回避に向けて未来が変化しつつあるという証拠だ。
けれど、まだ足りない。
五日後の愛奈は死んでしまった。その事実がある以上、事故を回避するためにはまだ何かが不十分なのだ。それを見つけない限り事故は防げない。
「あ、そういえば」
ふと思い出して俺はポーチの中のスマホを取り出した。
五日後の愛奈が残してくれたヒントは、夜の公園に行けというもの。その指示通りに俺は愛奈のポーチを回収したものの、どのアイテムがヒントなのかは確認できていない。
一番有力なのはスマホだ。ここにヒントの中身が記録されている可能性がある。
そう考えたのはよかったが、取り出した愛奈のスマホは、俺が回収したもの以上にひびや亀裂が入っており、電源ボタンを押してみるが反応しない。事故の衝撃で完全に壊れてしまっている。
「これじゃあダメか……」
なら愛奈が帰ってきてからスマホについては調べてみよう。この時間で使えなくて、未来では使えるものなら、未来を変える手がかりになる可能性は高い。もしかしたらそこには、ヒントではなく答えが残されているかもしれない。いずれにせよ、今できることはそれくらいしかないのだ。
ちょうどそこで、夕方五時を告げるチャイムが公園から流れた。陽は大きく西に傾き、空が茜色に染まる。春先のこの時間はまだ明るいが、暗くなり始めるとすぐに夜闇に包まれる。公園内で遊んでいた小学生たちも、チャイムを聞いて徐々に公園を出ていく。
ここに来たのは、事故の後に放置されたままの愛奈の遺品だ。死んだ愛奈が時間旅行者であるなら、この時間にいる愛奈と同じ経験を、死んだ愛奈も経験していた可能性がある。その結果がどうだったのか、何が起こったのかということが分かれば、未来の結末を変えられると考えたのだ。
結果としては、想像以上の成果が得られた。
すでに未来は変わり始めている。このまま足掻き続ければ、きっと未来を変えることができる。その希望が見えただけで充分すぎる収穫だ。
「さて、帰ろう」
時間に真面目な小学生を見習って、俺も公園を後にした。
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