第14話

 朝、セットしているアラームで目を覚ました俺は、美味しそうな匂いを感じた。

 普段と違う朝の様子に疑問を抱き、ベッドから降りる。

 朝が弱いというわけではないのだが、この週末の疲労が抜けず、まだ若干の寝不足を感じながらもリビングへと移動する。

「あ、おはよ」

 キッチンにはエプロン姿の愛奈が立っていた。

「何してんだ?」

「見たら分かるでしょ? 朝ごはん作ってるの」

「それは分かるけど、なんで作ってるのかってことだよ」

 愛奈は俺に背を向けてまま手を動かしてたが、火を止めてエプロンを外した。

「ほら、できたから座って」

「あ、はい」

 言われるがまま座って待機していると、愛奈が完成した食事を持ってくる。朝食のメニューはスクランブルエッグ、コンソメスープに生野菜サラダと鮭の塩焼きだ。

 どれも朝食としては王道のメニューを取り入れた和洋折衷のものだが、見栄えはホテルの朝食バイキング引けを取らない。作り立てということもあって非常に美味しそうだ。

「これ、全部君が作ったのか?」

「そうしかないでしょ? 食べてみて?」

 促されて俺は、いただきます、と手を合わせてからまずはスープを口にする。

「ん、おいしい……!」

 他の料理にも手を付けていくが、そのどれもが完成度が高い。本当に自分一人で作ったというのが信じられないレベルだ。

「口に合ったみたいでよかったわ。私のこと、手伝ってくれてることと、部屋を貸してくれてるお礼を兼ねてね」

 愛奈は一昨日から俺の家に泊っている。少しでも情報共有する機会は多い方がいいということと、何かあったときに俺がすぐに助けられるようにだ。家族でも、それどころか友人でもない男女が一つ屋根の下というのはどうかと思い、この一週間は自分の家に泊ればどうだ、と提案してみたものの、一人になるのは不安だと却下された。別に本人が気にしないのなら、と俺の家に泊ることを承諾したのが事の経緯だ。ちなみに部屋は両親の部屋を貸している。

「赤崎って料理できたんだな」

「まーね。こう見えても料理は好きだし得意よ」

 愛奈は得意げに胸を張って見せる。

 食卓に並ぶ料理は朝食とはいえ、どれもがお世辞なしでおいしい。近い将来、店を出せるんじゃないかと本気で思ってしまうほどだ。

「けど、いつ間に用意してたんだ?」

「昨日、私だけ先に戻ってきて時間があったから、買い物してたのよ。私にできるのはこれぐらいだから」

 その気持ちはすごくありがたいし嬉しかったが、少々意外だった。

 これまでの愛奈の印象は、自分の信念を貫いて突っ走り、良くも悪くも自分中心のちょっと頭のおかしなやつだ。自分の未来を変えるためにノープランでこの時間に来たり、そのくせに俺を殺そうとして時間警察に捕まりそうになったり、普通ならあり得ない。それでもどうにかしようとする行動力が彼女にはある。ただちょっと行き当たりばったりが過ぎる部分はあるがさすがに本人に言うと怒られそうなのでやめておく。

 俺は搔き込むように料理を平らげると、手を合わせてごちそうさまでした、と挨拶する。

「お粗末様でした」

 満足そうにする愛奈の表情には余裕が見えていた。後五日で今度こそ本当に自分が死ぬという状況に立たされてはいるが、未来に僅かな希望の光が見えたことで心境の変化があったのだろうか。どちらにせよいい傾向だ。

「それで、ノートにはどんなことが書いてあったの?」

「あー、まだちょっと読めてない。悪い」

「そっか、そういや昨日はすぐ寝てたわね」

「……悪い」

 本当なら昨日、家に帰ってきてからノートを読んで今後の行動を決めようと思っていた。しかし、時間旅行が久しぶり、というか実際に未来に到着したのは初めてだったため、自覚している以上に疲弊していたらしい。帰宅後、少しだけ休憩しようと思ってベッドに横たわったらいつの間にか眠ってしまっていた。

「学校で読んで放課後には動けるようにしておく」

「わかった。お願いするわね」

 週明けの月曜日。今日からまた一週間、学校に行かなければならないと思うと気が重い。だが今は愛奈のことで手いっぱいで学校なんてどうでもいい。どうせ授業は聞く必要ないし、その間にどうするか考えよう。

「じゃあ私は片付けするから」

 慣れた手つきで食器を流し台へ運び、自分の家かのように手際よく洗い物を進める愛奈の姿に、ここ俺の家なんだけどなぁ、と思わずにはいられなかった。

「じゃあ俺も支度するか」

 席を立ち、学校へ行く準備をするために自室へ戻ろうとしたのだが、非常に重要なことを思い出す。

「制服、クリーニングから回収してない……」

 昨日受け取り予定で一昨日に制服をクリーニングに出したはいいが、すっかり受け取りに行くことを忘れていた。これでは登校できない。

 確定してしまった説教のことを考えると、ものすごく泣きたい気分になった。



 学校に着いて説教をうけると覚悟していたのだが、今日の解放は速かった。

 生徒指導室に呼び出され、担任教師と対面したが、教師は深いため息をついて「分かってるな?」と忠告しただけで退室を許可された。あれは怒りを通り越して呆れ果てている人の反応だ。だから今後はもっとサボろう。

 説教が予想以上に早く終わってくれたため、まだ大半の生徒が友人たちと談笑しながら食事をしている。週明けの月曜で授業中はみんなかったるそうにしていたが、昼休みだけは活き活きとしている。そんな教室の日常を横目に俺は自席に着く。

 鞄の奥から取り出したのは昼食、ではなく未来の愛奈が書き残したノートだ。この中にどんなことが書かれているのか。少し緊張してくる。

「ねぇ翔人、ちょっといい?」

 そのタイミングで夢亜ゆめあが話しかけてきて、俺は慌ててノートを机の中に隠した。

「そんなに慌ててどうしたの?」

「い、いや、別に何でもない」

 無理矢理隠してから自分の過ちに気付く。

 この時間の人物には愛奈の存在が分からない。だから愛奈に関連するものを見られると、その内容は見えなくなるだけで、わざわざ隠す必要もなかったのだ。慌てて隠してしまったらこんな変な疑いをかけられるわけで……

 まさに夢亜は訝し気な目で見つつ、にやりと口端を持ち上げた。

「ほんとにぃ? あ、もしかして私に見せられないやつ? えっちぃやつだったりする?」

「そんなわけないから!」

「別に翔人も男の子だからダメとは言わないけどさ、せめて家の中だけにしなよ? 学校にまで持ってくるのはどうかと思うなぁ?」

「だから違うって」

「あーはいはい。じゃあそういうことにしといてあげる」

 そういう解釈でこの話題が終わるならそれでいいかと思う。夢亜だって本気で思ってるわけではないし、そもそも俺は人からどう思われようと気にしない。

「で、なにか用?」

「あ、そうだった。翔人、今日の放課後空いてる? どうせ翔人のことだから空いてるとは思うんだけど……」

 一体夢亜の中で俺をどんなふうに思っているのかぜひとも問いただしてやりたい。

 とはいえ、普段の俺は基本予定が入ってないから言い返すに言い返せない。けど、今は愛奈のことがある。

「残念ながら今日はすることがある」

「え……?」

 嘘でしょ!? と言いたげにぽかんとする夢亜。本気で驚いているのが伝わって読めてしまうから本当に失礼極まりない。用馴染のよしみでこれまで許していたが、一度みっちり俺について教えてやる必要があるかもしれない。

「あ、もしかして彼女でもできた……いや、ごめん、ありえないよね。さすがにないか」

「そうかもしれないだろ?」

「寝言は寝て言うものだって知ってた?」

 真顔で半眼になり、本気のトーンで辛辣なことを言われれば、さすがに俺でも傷つく。しかも、内心で翔人に彼女なんてできてたら怖い、と思ってるのが伝わってくる。だから失礼だって。

「俺でも傷つくことくらいあるからな? 何言っても許されるわけじゃないからな?」

「だって翔人だし大丈夫かなぁって。どうせ本気で怒ったりしないでしょ?」

「俺だって怒るときは怒るからな?」

「またまたそんなこと言っちゃって」

「俺が本気で怒ったらどうする気だよ」

「そのときはそのとき」

 肩をすくめると、夢亜は俺の前である彼女の席に体重を預けた。

「そっかぁ、でも予定があるなら仕方ないよね。分かった」

「たまには女子同士で遊んで来いよ」

「じゃあ今日はそうしよっかなぁ」

 小学校からの習慣で、俺と夢亜は一緒に行動することが多い。お互い朝が弱いだの早く学校に行きたくないだのそれぞれ理由があって登校はバラバラだが、下校中は一緒に帰ることがほとんどだ。そのせいか、夢亜が他の友達と遊んでいるのをあまり見かけない。あまり交友関係を広く持たないようにしている俺とは違い、夢亜には友達は多い方だと思う。今だって女子6人のグループで机を向かい合わせて弁当を食べていたくらいだ。ならば放課後に遊ぼうと誘われる機会もそれなりにあるだろうが、夢亜はほとんど断っている。さすがに休日どうしているかまでは俺が関与していないことだが。

 俺にとってもその生活が当たり前になっていて、愛奈関係のことで一人で行動したり、夢亜以外と深く関わっていることに違和感も覚える。

「そういえば──「夢亜ーちょっと来てー」ごめん、呼ばれちゃったから戻るね」

 片手を立てて申し訳なさそうに謝ると、夢亜は一緒に食事をとっていた友達の輪の中に戻ってしまった。

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