第13話

 時間の潰し方が結局浮かばず、純粋に時間旅行者として商店街をうろついてみた。俺が本来過ごす時間から、たった六日後ということもあって何も目新しさはなかったが、他の人から認識されないという感覚は新鮮だった。先日見た女子高生みたいにクレープを買って、ということはお金の節約のために我慢したが、道の中央に居座ってみたり、あえて人の流れに逆行してみたりした。不思議と通行人たちは俺を避けていくが、声をかけてみても反応は返ってこない。ほんとに不思議だ。

 そんな一人遊びをしているうちにいつの間に外が暗くなり始めていた。

 そろそろいい頃合いかと判断し、商店街から公園へと移動する。

 昼間は催しをやっていてにぎやかだった公園も、今は静かになっている。まだ遠くには撤収中と思われる屋台の光が見えている。本来ならこれからが本番だろうが、事故のせいで早く終了になったのだろう。

 現場検証は終わっているようだが、人が立ち入らないようにKEEP OUTのテープの前で二人の若い警官が入り口を見張っている。俺は時間旅行者であることをいいことに、警官の横を通り抜けてテープの中に入る。

 街灯によって光は確保されているが、それでも不十分で事故の痕跡を細かく調べるにはまだ暗い。スマホを取り出してライトをつけ、最低限の灯りを確保する。

 予想通り、事故車は既に撤去されていた。しかし、車が突っ込んでいた植木は折れており、地面にもタイヤ痕がくっきりと残っている。

 さて、ここで俺は何をすればいいのだろうか。愛奈のノートにはそこまで詳しく書かれていなかった。ここにヒントがあるのだろうが、何か分からない。

 事故車や木の折れた部分を注意深く観察してみるが、衝撃の大きさを物語っているだけでいるだけで、これだけでは事故の詳細は分からない。

 俺は車が来ていた方向の道を見てみる。道路には街灯も多くあり、視界が確保されているが、濡れていてスリップしやすいや、何か物が落ちているといったこともなさそうだ。

 なら、と愛奈が飛ばされてきたベンチに近寄る。

 ここに来ただけで愛奈が轢かれた瞬間のショッキングな映像が思い浮かぶ。目の前で見知った人が死ぬ光景なんてもう二度と見たくない。

 ベンチの前の愛奈の血痕はまだ残っていた。

 しかし、捜査官でもなんでもない俺には血痕を詳しく調べるなんて芸当はできるわけがないため、ここからは何も分からない。

 結局何も成果が得られないのだが、未来の愛奈は俺に何をしろというのだろう。もう一度ノートの中をパラパラと流してみるが、具体的な指示は書かれていない。本当に文字通りヒントをくれただけのようだ。

 親切心のなさを嘆きたくなるが、俺が自分で見つけることに意味があるのだろうとポジティブにとらえておく。

「ちょっと聞いてみるか」

 俺一人じゃ分かることに限りがあるため、入り口で見張りをしている警察に話しかけてみることにした。俺が時間旅行者じゃなければ追い返されて終わりだろうが、たぶん情報を得ることはできるだろう。

 あくびをする警察の前に立ち、手を警官の前で振ってみる。

 当たり前だが反応がない。それをいいことに俺はべーっと舌を出してやる。

 段々と面白くなってきて、俺はあくびをしていた警官の頬をつねってみる。

「痛ぇな!」

 大声をあげて俺の手がはたかれるが、隣の警官は何事もないように同じくあくびをしている。

 当然、その職務怠慢の警官の目も覚ましてあげる。

「痛ッ!?」

 似たような反応が返ってきて俺は満足する。

 仕事中の警官の目を覚ましてあげるなんて、俺ほどやさしい人間は他にいない。

 冗談はこの辺にしておいて本題へ入る。

「ここの事故、何か分かりました?」

「不運な事故だよ。運転手が突発的に心臓発作を発症したらしいよ。それで車が暴走して単独事故。運転手も病院に搬送後、すぐに亡くなったらしい」

「心臓発作……」

「運転手は健康的な体質で喫煙等もしてなかったらしい。だから本当に不運な事故だよ」

 心臓発作の原因として、生活習慣が大きく関わっている。糖尿病や高血圧といった生活習慣病を患っている人、運動不足や喫煙などに当てはまる人ほど心臓発作を起こしやすい。というのを授業で聞いた気がする。とはいえ、健康な人でも心臓発作を起こすこともあるのでその場合は本当に不運ということになる。

 ただ、その不運に巻き込まれて死ぬことになる愛奈のことを考えるといたたまれなくなる。

「事故に巻き込まれた人のことは?」

「巻き込まれた人? いや、事故は車の単独事故だけど……」

 自分の失態に俺は苦虫を噛み潰した。

 事故に巻き込まれた愛奈も時間旅行者だ。この時間の人には彼女の存在に気づけないため、いなかったのと同等に扱われているわけだ。そうなるとますます誰にも気づかれず事故に巻き込まれた愛奈が不憫だ。

「そっか、ありがとう」

 愛奈の情報は得られなかったが、事故の原因は知ることができた。だが、どう考えても俺の力じゃ事故を回避することができないということが分かった。これは俺の探している情報になりそうにない。

なら、愛奈の遺体はどうなったのだろう。愛奈の存在が認識されないであれば、病院へ搬送されることがない。もしかしたら、時間旅行中に事故などによって亡くなった場合、自動的に元いた時間に戻されるのだろうか。そのあたりは過去に事例がなく未知数な部分だ。しかし、愛奈の遺体がない以上、何らかの方法によって移動した、あるいはさせられたのは事実だ。

 俺はもう一度愛奈の血痕の方へ戻る。

 この時間の人間からすれば血痕も見えていないのだろう。

 そんなことを思いながら、愛奈の遺体がどこかに残っていないか探し始める。

「あるわけないんだけどな」

 ただなんとなくベンチの下や生垣の中を見るが当然あるわけがない。

「じゃあどうする──ん?」

 不意に、視界の端に何かが映った。

 目を凝らすと、ピンク色のポーチが落ちていた。

 愛奈が時間旅行中に買ったもので事故の時も身に着けていたものだ。

 俺はそれを拾い上げ、中に開ける。

 入っていたのはスマホだ。事故の衝撃で縁が欠け、画面にひびが入っている。

 俺は試しに電源ボタンを押してみる。

 すると液晶が光り、4桁のPINコードを入力してロックを解除しろと要求される。どうやらスマホはまだ生きているらしい。

 ポーチの中をまだ出してみると、イルカのキーホルダーが入っていた。

「なんだこれ?」

 キーホルダーを手に取ってみる。まだあまり使用されていないのか新品同様のきれいさを保っている。スマホとは違ってこちらは無傷だ。

 他にはないかとポーチの中を漁ってみると、指先がポーチの生地とは別の手触りを見つけた。

「ん?」

 それを掴み上げると、あったのは一枚の紙切れで、ミミズの張ったような字で、『白瀬翔人へ』とだけ書かれており、裏面には翡翠のペンダントが貼られていた。

「ってことはつまり」

 これこそが愛奈が残してくれたヒントというわけだ。しかし、俺では愛奈のスマホのPINコードは分からない。これは持ち帰って本人に聞くしかない。

「戻るか」

この場での目的は果たせたし、これ以上ここにいる理由はない。愛奈だって待たせているわけだし早く戻ろう。

「あ、でもその前に」

 最後に血痕に向き直って手を合わせ、亡くなってしまった未来の愛奈の冥福を祈っていおいた。

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