第11話

 まぶしい光に当てられて目を開くとそこは外だった。

 過去の恐怖に耐えるために強く目を瞑っている間に無重力空間を抜けていたようだ。俺の思っていた形とは違ったが、これも俺にとって一つの成長。と、前向きに考えておこう。

 周囲を見回して自分がどこに立っているのかを確認すると、背後にさっきまでいた施設の入り口があった。携帯を取り出して時間を確認してみると、この施設の中にいた時間からほとんど変わっていない。代わりにその下に表示される日付が六日進んでいた。

 無事に未来に到着することに本気で安堵するのも束の間のことで、一緒に来た愛奈の姿が見当たらないことに気付く。

 過去の事故と愛奈の事故が脳裏をよぎり、嫌な胸騒ぎがし始める。

「ん?」

 よく見ると少し離れた道の先に何かが落ちている。

「おーい、大丈夫かー?」

 近づいて声をかけてみるとそれはもぞもぞと動きだす。

 試しに肩をつついてみる。

「あと五分……」

「五分どころか六日経ったぞ?」

「六日……じゃああと一週間……」

「どんだけ寝る気だ」

 軽く耳を引っ張って起こしてやる。するとゆっくりと体を起こし、眠そうな目をこすってきょろきょろする。

「おはよう、未来だ」

「はっ、未来!」

 謎のやり取りで愛奈は我に返った。

 よくも時間旅行の最中に眠れるな、と感心、ではなく蔑みの眼差しを向けておく。しかしそれに気付かず愛奈は立ち上がる。

「私たち、未来に来れたのね」

「君からすれば俺の時間も未来だけどな」

 無事二人とも未来へ来ることができた。ここで死ぬのは目の前にいる赤崎愛奈だ。俺たちに残された一週間で事故を回避する方法を見つけなければこれから見る出来事がまた繰り返されることになる。

 現在時刻は午前十一時。事故までは残り約一時間だ。その間に事故を回避する手がかりを見つけられるかが勝負だ。

「これから、事故が起こる前の赤崎が何をしていたかを見に行こうと思う。その間、君には君の家に向かって欲しいんだ」

「私の家? なんで?」

「もし未来の赤崎が事故を回避するヒントを残しているとしたら君の家だと思う」

「あなたはどうするの?」

「俺は事故の直前に君が何をしてたか探ろうと思う」

「なんか私がストーカーされるみたいであまりいい気はしないけど……わかったわ」

「それじゃあ待ち合わせはここで。大体二時くらいに落ち合おう」

 愛奈の後ろ姿を見届けて俺も行動を始める。

 昨日の俺は愛奈の死亡現場で待機すれば彼女を救えると考えていた。しかし、結果としてそれは正しくなかった。原因は愛奈の死因を勘違いしていたことだ。俺は昨日、あの場に行くべきではなかったのだ。俺が愛奈を刺殺したというのが正しかったのなら、俺がその場に行かなければ愛奈は死ななかったのだ。勘違いだったとはいえ、俺があの場にいなければ結果は変わっていたかもしれない。

 そう考えてから俺はかぶりを振る。

 もし俺があの場に行かなければ、真実を知ることはできなかった。そして一週間という猶予を無駄にするところだった。

 だが、これさえも無駄な思考かもしれない

 愛奈が見た未来は事故の現場を目撃する姿だ。彼女の見た未来が確実に起こりうるものだとしたら、俺が事故現場に行くことは運命によって決められていた出来事だ。その結果を知っているのは神様のみ。

 事故が起こるまでは今からまだ一時間後。愛奈の家がどこだか知らないが、公園が町の中心にあることを考えれば十分もあれば着くだろう。それまで何しようかと考え始めたとき、家に向かったはずの愛奈が戻ってきた。

「赤崎、どうしたんだ?」

 呼びかけても返事はない。それどころか、まるで俺に気付いていないかのように目の前を通り過ぎていく。

 何がどうなっているのかさっぱり分からず、フリーズした数秒後、ようやくその理由に思い至る。

「そういうことか!」

 今通り過ぎていったのは、俺と一緒に未来へ来た赤崎ではなく、一週間後の赤崎愛奈だ。まさに俺が探していた存在そのもの。

 急いで俺は愛奈の後を追った。

 この時間の愛奈には俺の姿が認識できない。どれだけ近づいても別に問題ないのだが、それは少し気が進まないため少し離れた場所から後をつける。

 俺の姿が見えていたら通報されそうだな。

 そんなことを考えて、つい小さく笑ってしまう。

 電柱や建物の陰に身を隠しつつ一定の距離を保ちながら愛奈の様子を見ていると、やはりどこか様子がおかしい。危険な薬物でも使用してるのかと疑いたくなるほどまっすぐ歩けていない。ふらふらと蛇行しながら、それでいて道に迷う素振りもなくどこかへ向かっている。

「大丈夫か、あれ」

 ついついそう言葉が出てしまう。

 まだ時間までは早い。それなのに愛奈どこに向かっているのだろう。

 後を追い続けていると、人目を避けるように住宅街の小道を抜けていった。そのまま商店街の方へ向かったかと思うと、まるで時間調整をしているかのようにまた住宅街の方へ引き返していく。この状況が人に見られると明らかに不審がられるが、それが分かって人目のない道を選んでいるのだろうか。

 そうこうしているうちに事故が起こる十分前になった。すると今度は商店街から住宅街には引き返さず、そのまま公園へと向かった。

 いよいよかと思うと緊張感が走る。

 さすがに商店街から公園までの大通りになるとさすがに人目が多い。しかし、奇妙なことに愛奈を見ている人は誰一人いない。そういえばこの愛奈は一緒に未来に来た赤崎愛奈と同一人物だということを思い出す。つまりは時間旅行者。他の時間旅行者以外に認知されことはない。

 そうなるとなぜあえて人目のない場所を選んで移動したのかが分からない。謎は深まるばかりだ。

 催しのある公園へ出入りする人たちの行き交う通りを、堂々と真ん中を突っ切って愛奈は公園へと入った。

「さすがにこの辺にしとくか?」

 この後は愛奈が乗用車に撥ねられるだけ。一度見てしまったショッキングな映像をまた見たいと思わない。それに、俺の目的は事故の直前の愛奈の行動を知ること。疑問はいくつか残ったが、最低限の目的は達せられた。

 もうじき起こる事故の前にここから退散しようとしたが、昨日経験した事故直前の愛奈の様子を思い出して思いとどまる。

 背を向けた公園に再度向き直ると、予想通り愛奈が石像を見上げていた。

「なに喋ってるんだ?」

 口の動きからして独り言を呟いているのだが、距離がある以上さすがに何を呟いているのかは聞き取れない。

「ま、関係ないな」

 この日の愛奈は様子が変だ。その原因は不明だが、あの呟きもその一つだろう。特に意味もない石像に向けて喋るやつなんて頭のおかしいやつだ。俺なら絶対に関わりたくない。

「さすがに戻るか」

 いつまでもここにいると俺まで事故に巻き込まれかねない。そうなる前に今度こそ退散する。

 商店街の前を通ってきた道を引き返す道中で、爆音のクラクションが聞こえてきたが、あまり気にしないようにしておいた。

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