第8話

「私はこれからどうしたらいいのか分からないわ。できることなら死を受け入れたくない。まだ諦めたくないの」

 力強い愛奈あいなの言葉を聞き、俺は一度自分の椅子に腰を下ろした。

 理不尽な運命に立ち向かってきた少女には救われてほしい。俺の前では誰も死んでほしくない。

 不憫な少女を救うにはどうするのがいいかをずっと考えていた。俺と同じ時間を生きる彼女が死んでしまった事実は変えられない。けれどまだ愛奈は目の前で生きている。俺とは一週間だけ過去を生きる彼女は足掻いている。

 だが俺は、まだ一つだけ残された可能性を見出していた。

「可能性は、まだある」

「えっ……?」

 目を丸くした愛奈が顔を上げる。

「君は一週間前から来ている。そうだな?」

「そうだけど……?」

「なら、俺と君の間には7日間の時間差がある」

「???」

 何が言いたいのか分からない、という雰囲気で愛奈が首をひねる。

「今死んでしまったのは、君からして一週間後の赤崎愛奈だろ?」

「そうね」

「なら、君自身が死んでしまうのは一週間後、今日が二十日だから二十七日になる。つまり、まだ一週間の猶予があるんだ。この一週間で君が助かる方法を探せば、君は死なない」

「今から君が死ぬまでには一週間の猶予がある」

「そっか!

 完全に道が閉ざされたことを知り、愛奈の表情がぱっと明るくなった。しかしすぐにまた難しい表情に戻ってしまう。

「でも私はどうすれば助かるかの手がかりはない。今のままじゃ結局何も変わらないでしょ?」

「一応それも考えてはいる」

「ほんとに!?」

 目を輝かせて愛奈は食い気味に反応する。忙しい奴だ。

「過去があるから現在があり、現在があるから未来がある」

「……いきなり何?」

「時間の流れは全部繋がってるんだ。俺からして過去の君は未来を変えるために現在にきた」

「うん、そうね」

「なら、死んでしまった現在の君も、俺が見ている君と同じように過去から未来へ時間旅行をしていることになる」

「??」

 愛奈はきょとんとして首を傾げた。

「君はこの時間に来てからそのポーチを買ったはずだ」

 さっきの騒動で床に落ちたポーチを指さす。

「そうだけど、なんでそれを知ってるの?」

「時間の狭間で君を助けたときは何も持ってなかったからな」

「あ、そっか」

「死んでしまった赤崎からしてみると、君は過去の赤崎愛奈あかさきあいなだ。だから、君がしたころは全部死んでしまった赤崎もしていることになる。事故現場にはそれと同じピンク色のポーチが落ちていた。つまり、死んでしまった赤崎もポーチを買っていたことになる」

「確かにそうだけど、それがどうしたのよ」

「死んでしまった赤崎も、君と同じように自分の未来を変えるために時間旅行をしていたということだ。だから君が死ぬ前に何が起こっているのかを知れば、運命を変える方法が見つかるかもしれない」

「そうか! ならすぐに戻ってから今よりも未来に行けば」

「それはできない」

「えっ、どうして……?」

 目を輝かせた愛奈がすぐに肩を落とす。その少女の姿に俺はため息をつく。

「一度戻ると一年は時間旅行ができないって制約があるだろ。未来に行く前に説明されるだろ……」

 再度深いため息をついた。

 時間を超えるためには肉待機的にも精神的にも負荷がかかってしまう。そのため誰でも簡単に未来へ行ける代わりに、時間旅行をすると一年間は未来へ行けないという制約があるのだ。

 これは周知の事実である上に旅行前にも説明されるのだが、よっぽど切羽詰まっていたのか、あるいは愛奈が抜けているのか……

「でも未来に行くことはできる」

「ほんと!? なら私も行くわ!」

「えっ」

「当然でしょ! 私の未来は自分で変えたいの!」

 できることなら愛奈にはこの時間に残っていてほしい。精神的にボロボロな状態で未来に行き、さらなる現実を知ってしまったときに立ち直れなくなってしまうこともあり得る。今の愛奈を見ているのだってつらいのに、これ以上沈んでいる愛奈は見たくない。

 けれど、もし逆の立場だったら俺はじっとしていられない。自分の命が懸かっている状況でその運命を他人に委ねたくはない。

「分かった。その代わり条件がある」

「条件?」

「そうだ。俺は一週間後の今日に行こうと思う。ただ、絶対に事故現場にはいかないこと」

「なんで!?」

 立ち上がって愛奈が抗議してくる。

「もしもう一度自分が死ぬ瞬間見たら、ショックで立ち直れないかもしれない。しかも一週間後に死ぬのは未来の赤崎じゃなくて君自身だからな。君だってそんなの見たくないだろ?」

「それは……うん」

「だから未来を変えるためにどうすればいいかを考えていてほしい」

「……わかったわ。でも、その間あなたはどうするの?」

 自分の中で整理がついたのか、愛奈はすっきりした表情で頷いた。

「たぶん、未来の君も俺たちが未来へ行くことは知っている、というか経験しているはずだ」

「そう、なの?」

「ああ、だから何かヒントを残してくれてるんじゃないかと思う。そのヒントを探してみる」

「分かった」

 自分の中で整理ができたのか、愛奈はすっきりした表情で頷いた。

 未来に行くことは小さな可能性であって、行ったからといって愛奈を救えるとは限らない。むしろ救えない可能性の方が高いだろう。実際、未来の俺と愛奈は未来に行っても愛奈を救うことはできなかった。正直言って、未来を変えるためにはどうすればいいのかは分からない。それでも、行動しなければ小さな可能性すら得られない。

 最悪、過去の愛奈のために情報を残すことも一つの手だ。しかしその場合に俺と言葉を交わす愛奈はどうなる。仮に愛奈が助からず、過去の俺たちが運命を覆したとき、愛奈は生き返るのだろうか。それが分からない以上、過去の自分に託す術は使いたくない。なんとしなくても、俺たちで未来を変えるしかないのだ。

「今日のところは一先ず休んで、明日の朝に出発しよう」

 表面上は整理がついたように見えても、愛奈の内心はまだボロボロのままだろう。本当は今すぐにでも出発したいところだが、未来へ行くためには手続きも必要だ。明日まで半日間の時間があるというのは愛奈にとってもいい休息になるだろう。

 ──結局、俺はお人好しだな。

 自分で冷静に考えても、ここまで他人に入れ込むなんて自分らしくないなと自嘲した。

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