第2話
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部屋に入ると、少女は目覚めていた。
不思議そうにきょろきょろとしていた少女は音に反応して俺と目があった。
しばらくは焦点がうまく定まらないのか呆然としていたが、徐々に我を取り戻していくのが分かった。
「ここは……って、誰⁉」
飛び起きて警戒心をむき出しにする少女を無視して歩み寄る。少女はベッドの隅に退避して距離を取ってくるが、構わず俺はお茶を入れたコップを枕元の台に置く。
「落ち着け。ここは俺の部屋だ。時空の狭間で気絶していたから助けてやったんだ」
「時空の狭間? 気絶?」
「あぁ、そうだよ。君、時間旅行者だろ?」
俺は枕元の台に置いている
「それは時間旅行者が付けさせられる目印だ」
「そう、私は未来に来る途中で……」
少しずつ自分のことを思い出してきた少女は慌ててペンダントを手に取った。胸の前で両手で固く握りしめて長い安堵の息を漏らす。
「時間を超える途中に事故が起こったんだよ。詳しいことは俺も知らないけどな」
「時間旅行……」
記憶にない、といった様子で軽く首を傾げていた少女だったが、長い時間かけてようやく思い出したのか、大きく手を鳴らした。
「そうだ! 私、雷に打たれて……っということは、私は未来に来れたのね⁉」
「君がいつから来たのかは知らんけど、たぶん、それであってる」
「そっか、よかった……」
「思い出したならよかったよ。とりあえずお茶でも飲んで落ち着け」
「あ、いただきます」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、コップに手を伸ばして小さく口をつけて啜る。
自分や世界の未来を知り、今の自分がどう行動すればいいか。それを知るために開発されたのが時間旅行だ。希望者は誰でも簡単な申請一つで好きな未来に行くことができ、滞在することができる、いわばタイムトリップだ。用途は幅広く本来の目的である、自分の未来を知るためとしてだけでなく、観光や旅行といった目的でも使われる。学校の修学旅行でも使用されており、むしろ観光目的の方が大半だろう。
「そういや、あんたは何しにこの時間へ来たんだ? 別に今時時間旅行は珍しくもないが、制服で一人だし、何か理由があるんだろ?」
「人を、探しに来たの」
「人探し? それだけの理由? 別にそれならわざわざ未来に来る必要なんて」
「ダメなんです!」
突然声を上げた少女に驚きはしたが、見るからに思いつめたような表情を浮かべる彼女には何か特別な理由がありそうだ。
少女は俯き加減にコップを置いた。
「この時間の人じゃなきゃ、ダメなの」
「なんで? なんでそこまで未来に拘るんだ?」
「それは……言えないわ」
気まずそうに口をつぐみ、視線を背けるからにはやはり相当な想いがありそうだ。まぁ人それぞれ事情はあるだろうし、わざわざ追求しようとは思わない。他人の俺が首を突っ込むのも失礼というものだ。
「あ、そうだ。
なぜそこで俺の名前が出てくるのか分からず少しびっくりしたが、俺は冷静さを保ったまま返す。
「俺になんか用?」
「いや、私が探してるのはあなたじゃなくて白瀬翔人っていう人で」
「だから、俺が白瀬翔人なんだけど?」
「えっ……?」
そうやって固まられるとこっちまでリアクションが取れなくなるからやめてほしい。
内心そんなことを思っていると、愛奈は唐突に懐から黒く光るものを取り出した。
「いいのか、そんなことして」
まっすぐに突き付けられた拳銃の銃口を見つめ返し、俺は平然と問いかける。
「まさかこの時間に来ていきなり会えるとは思わなかったわ。私はね、あなたを殺すために来たのよ」
「忘れたか? 君のペンダントによって今も行動履歴を監視されている。今ここでその引き金を引いてみろ。俺を殺せたとしても君はすぐに捕まるぞ」
「いいのよ」
俺の言葉に躊躇なく言ってのけた少女の目は完全に本気だった。俺はため息をついて半身になる。
直後、耳をつんざくような銃声が響いた。一瞬空気が振動し、銃弾が壁にめり込んだ。
銃口から硝煙がのぼり、火薬の匂いが立ち込める。もし半身になっていなければ確実に銃弾は俺の額を貫いていたことだろう。
「はぁ、もう知らねぇぞ?」
もう今頃この騒動を受けて時間旅行者の犯罪を取り締まる『時間警察』がこの場に向かっているだろう。時期に愛奈は逮捕、連行されるだろう。その後この少女がどうなるかなんて、それは実際に捕まった人しか分からない。
恩をあだで返すとはまさにこのこと。助けたことも何のそので、いきなりの発砲。相手をするのもばからしくなって俺は部屋を出る。
「ま、待って!」
追いかけてくる愛奈を無視して俺は家の外に出た。そこにはちょうど、制服を身にまとった警官二人、正確にはAI搭載人型ロボットが待機していた。
「お早い到着で」
まだ発砲されてから一分も経っていないのに到着したその手際の良さに素直に感心した。
「待ってって言ってるでしょ……あっ」
声を荒げながら俺を追ってきた愛奈も、時間警察の姿を見た瞬間に固まった。ようやく冷静さを取り戻したのか、みるみるうちに顔色が青ざめていく。
「悪いな。今のは瞬発力を鍛える特訓に付き合ってもらってただけなんた。だからさっきのは犯罪行為とかじゃなく、お互い合意の上だ。ほら、俺に傷跡一つないだろ? 見てのとおりピンピンしてる」
全身を見せびらかすようにすると、時間警察の二体はそれぞれ顔を見合わせた。そして軽くうなづいた後、俺に敬礼して見せると、魔法のように姿を消した。
「お勤めご苦労様です」
誰もいなくなった虚空に向けて言葉を投げかけた後、本当に時間警察がいないことを確認して胸をなでおろした。
さすがにあんな無理やりな言い訳で通用するかひやひやしたが、何とかうまくいった。自分で言っておきながらだが、こんな無理やりな言い訳で通用するとなると時間警察の精度が心配になりそうだ。
時間旅行者の行動はいつどこで何をしているかまで記録されている。ただプライバシーの観点から音声は記録されないという特徴がある。今回はそれが幸いした。
「なんで私を庇ったの?」
「別に。なんとなくだよ、なんとなく」
そう。なんとなくだ。別に助けたかったわけじゃないし、恩を売りたかったわけでもない。ましてこの少女は俺に銃口を突き付けた上に発砲までしてきた。本来助ける義理などない。正直、俺にも少女を助けた理由はない。だからなんとなく、なのだ。
「別に礼は言わない。絶対に次こそあなたを殺しに来るから」
堂々と殺害予告をした少女は、開け放たれた玄関から走り去っていった。
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