野性の天国

夕凪

第1話

 生ぬるい風が風が吹き込む部屋の隅で、少女は蹲っていた。誰もいない部屋の隅で、少女は居場所を失くしたかのように、ずっと、蹲っていた。あの日が来るまでは。


 チャイムが鳴っている。そんなことには目もくれず、ボロボロの赤いランドセルを背負った少女は、小学校とは反対の方向へと步を進める。行先は図書館だ。少女は、学校が大嫌いだった。一年の頃から不登校気味で、四年になった今でも、それは変わっていなかった。否、悪化していると言っていい。三日に一回だった登校ペースは更に落ち、「一週間に一回、遅刻して登校することもある」といった具合になっていた。当然、クラスメイトからはいじめられている。「学校」という監獄から一人抜け出している少女を、クラスメイトは許せないのだ。


 図書館に着くと、少女は児童書コーナーに向かった。少女は、お気に入りの「古の魔女シリーズ」を、何度も何度も読み返すのが好きだった。物語の世界に浸り、現実を忘れる瞬間だけが、少女にとっての幸せだった。しかし、そんな幸せは長くは続かなかった。毎日朝早くから図書館に来る少女を訝しんだ司書が、小学校へ連絡したのだ。仕事人間である少女の両親は、教育熱心というわけではなかったが、世間体を気にする節があった。学校から連絡を受けた両親は、少女に図書館に行かずにきちんと登校するよう命令した。ほとんど家にいない両親からの命令など、無視するのは容易いことだった。しかし、図書館にはもう行けない。目をつけられてしまったからだ。少女は、家に篭もるようになった。


 少女は、部屋の隅で蹲って過ごすようになった。毎日毎日、来る日も来る日もそうして過ごした。頭の中には、魔女達が活躍する魔法の世界が広がっていた。毎日毎日、来る日も来る日もその世界で過ごした。そうして少女は、魔女になった。


 魔法の力を手に入れた少女は、クラスメイト達を殺すことにした。超常的な力を手に入れた少女にとって、子供を殺すことなど容易い事だった。少女は、三日でクラスメイト全員を殺した。


 当然、大きなニュースになった。少女はただひとり生き残った引きこもり少女として、大きな注目を浴びた。このニュースがきっかけで、「引きこもり」が社会的な流行となった。しかし、少女にとってそんなことはどうでもよかった。正義の味方として、社会を正すことの方が余程重要だった。


 少女は、世の中のあらゆる悪を許さない。ポイ捨てを見つけたら殺し、信号無視を見つけては殺した。人を殺すのは心苦しかったが、仕方のないことだと自分に言い聞かせていた。


 そんなある日、別の魔法少女と出会った。彼女は正義の味方だった。二人は意気投合し、共に悪を殲滅することを誓った。しかし、少女と彼女の正義は、方向性が違った。仕方なく彼女を殺した少女は、久しぶりに休むことにした。


 その晩、少女は殺した犯罪者の家族に胸を撃ち抜かれた。走馬灯のように駆け巡る記憶の中で、少女は正義を想った。

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野性の天国 夕凪 @Yuniunagi

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