栄都の狂詩曲 -外伝・紅の輝き-

宵薙

紅の輝きは消える

 街全体が賑やかな雰囲気に包まれる傍ら――。裏路地の今にも壊れそうな家で、赤い目を持った母親と少女が静かに暮らしていた。


 この国、セーツェンでは赤目のことを嫌う風習があり、伝承に伝わる男が全ての元凶とされていたのだ。ベッドに横たわる母親とそれを見つめる娘。その様は見るに耐えないような状態までに陥っていた。


 母親は、娘のために奴隷街で必死に働いた。その疲れが積み重なり、体を壊してしまったのだ。


 父親は二人と引き離され、遠い異国の地にいるという。だが、離れてから手紙の一つもないので、今どうなっているかは分からないままだ。


「全部、全部あの男が悪いのよ」


「あの男って……いつもお母さんが喋ってる、男の人?」


「ええ、そうよ。貴方もよく知っている伝承の復讐者……スィエル・キースが街を燃やしたりなんてしなければ、私たちはこんな仕打ちを受けずに済んだの」


 少女の母親は、酷い病に侵されていた。赤目でなければ病院に行って薬草をもらたり、術者に見舞いに来てもらって治癒術を唱えてもらうことができただろう。でも、赤目はそんなことも許されない。


 ほとんど寝たきりになっている母親の口から出てくるのは、伝承の男への恨み節だけ。優しい子守唄がこぼれることはもうない。皴のある母親の手を強く握りながら、少女は質問を重ねる。


「お母さんはいつもその人のお話をするよね。その人は、他にも悪いことをしたの?」


「……スィエルは赤目を守るために復讐を行ったの。激しい戦いを続けて、結局戦いには負けた。そして、孤城に閉じ込められて深い眠りについた……でも、それだけでは赤目以外の人間は許さなかったのよ」


「だから私達は今でも虐められなきゃいけないの? その人と同じ……赤い目だから」


 今日は、千年祭という祭りが行われているらしかった。それを知ったのは、少女の家の扉の前に捨てられていた紙を、たまたま拾ったからだ。


 でも、赤目は祭りも楽しめない。なぜなら千年祭は「スィエル・キースが街を燃やし、それから街が復活した事を祝う祭り」。赤目がのこのこと遊びに行けば、魔女狩りに遭うに決まっている。


「ああ……あの男がいなければ……小さな子もいるのに、私は……私はもう……」


 その瞬間、少女の頭の中で何かが弾けた。こんなに母親が苦しんでいるのに、自分は重荷にしかならない。それに、少女には確かめたい"ある事"があった。


「お母さん、私は大丈夫だよ。外に行って何か買ってくるから、ちょっと待ってて」


「外は危険よ。それに、赤目だって知られたら、殺されてしまうかもしれない……」


「今日はお祭りだから、皆浮かれてて気づかないよ。フードを深くかぶっていれば、赤目だって分からないでしょ? それに、紐をぎゅっと結べば……風でめくられる心配もないから」


 少女は母親を安心させるために、首元の紐を強く引く。それを見た母親はベッドの横に置かれた革袋から金貨を取り出し、数枚握って少女の手の上に乗せた。


「じゃあ、行ってきます!」


 少女は元気な声を出して、扉を閉める。そして、無我夢中で街中へと駆け出していく。


 街全体がはしゃいでいる、と少女は思った。太鼓や笛の音が、人々の足を軽くしている。色とりどりの瞳達が輝き、宝石のような光を放っている。


 でも、赤のきらめきは一つもない。赤目の人達は、どこまでも除け者にされている。少女はできるだけ他の人達と同じように振る舞った。自分も祭りを楽しんでいる普通の人だ、と周りを騙していった。


「ねぇ、おじさん!」


「どうしたんだい?」


「スィエル・キースは悪い人だよね。街が幸せになって、本当に良かった……」


「ああ、そうだね。あの悪魔のような人間は二度とこの街に現れるべきではない。赤目の人間も同じだ。赤目の人間を守ろうとして、奴は俺たち赤目以外を見殺しにしたんだから……」


 その言葉を聞きながら、少女の心はずきりと疼いた。自分もこう思われているのだろう。千年もの長い月日が経っても、彼らは憎しみを忘れていないのだ。


「赤目は悪い、赤目は醜い」


「そうだ、赤目なんてこき使われるだけの人間だ。奴らにはそれがふさわしい」


「赤目は街から出ていけばいい、街を焼いた大罪人を許した赤目も重罪だ」


 いつしか、少女の周りでは暴言の大合唱が繰り広げられていた。少女が赤目であることを知らないから、この人たちは平気で赤目のことを悪く言える。


 今、ここに大罪人のスィエルが現れたなら……彼なら、この人々の首を容赦なく斬ってくれるだろうか。そんな夢のようなことを考える。


 彼は千年前の人間。もう生きているはずはない。現実は残酷で、無慈悲で、不平等だ。少女は、紐をそっと緩める。そして、フードを取り、顔をあらわにした。


 少女は傷つきたくなかった。母親のように散々に扱われて枯れ果てて消えてしまうぐらいならば。こんなに尽くしているのに、酷い言葉を投げかけられるようになるならば――。


 今、ここで覚悟を決めてしまったほうがいい。


「なっ……お前、赤目だったのか……⁉」


「こんな餓鬼が俺達を弄んで楽しんでたなんてなぁ……子供だろうと容赦はしねぇよ」


 一斉に少女に群がる人間たちに対して、少女は力の限り暴れた。爪を立てて、噛み付いて、何人も振り払った。しかし、追っ手はすぐに少女に追いつき、殴る蹴るを繰り返す。


 少女の服は千切れ、全身から血がこぼれる程に傷ついた。それでも、男たちは少女を許すことはなく、地面に倒れた少女の鼻先に銃口を突きつける。


「ねぇ……最後に教えて」


「そんな格好じゃもう手も足も出ないだろうから、聞いてやるよ。なんだ?」


「私達が傷つけられるのは、スィエル・キースが悪いからなの? 私達が虐げられるのは、どうしてなの?」


「赤目が俺たちの街を焼いたからだよ。赤目を悪者にしておけば……俺たちは楽ができる。伝承なんて構わない。俺たちはただ、誰かが犠牲になってくれればそれでいいのさ」


 ああ、やっぱり。と少女は思った。伝承なんて何も関係はないのだ。彼らはただ悪者に仕立て上げられる人間がいればいいのだ。


 銃声は街の活気のやかましさにかき消され、少女をおいて祭りは続く。まるで、赤目の迫害がいつまでも終わらないことを嘲笑うように。


 色とりどりの瞳が楽しそうに煌めく千年の記念の祭り――。そこに、紅き瞳の輝きは無いままだった。

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