第34話 俺たち別れよう
あれから里美はコンクールを優勝した。
まあ当然だろう。あんな風にアルカンを弾ける奴が入賞しないわけがない。
「純くん、やったよ!」
里美は嬉しそうに、幸せそうに笑いながら、俺のもとへ報告しにくる。
「すごいな」
「うん、審査員の人にもいっぱい褒められちゃった」
本当にすごかった。パガニーニやリストの難曲を次々にクリアして堂々たる優勝。まるでプロピアニストの演奏を聴いているかのようだった。
メディアもそんな天才少女に魅了されたのか、取材するために里美を追いかけ回している。
彼女は一躍ときの人となったんだ。
「これだけ人気になれば、コンサートの依頼の一つでもくるだろうな」
「実はね、もうきたんだ」
……え?
「審査員の中にイタリア公演に誘ってくれた人がいたの」
……イタリア。よりにもよって何でそんな遠いところ……。
「でもね私……」
「それいつだよ⁉︎」
「え? 来週からだけど」
俺の誕生日も来週……。一緒に祝おうねってそう約束したのに。
……そうか、もう里美は俺なんて眼中にないんだ。
自分だけ先に進んで、ついて来れない人間は置き去りにして。
俺たちの関係って所詮そんなものだったのか……。
「何? 寂しいの? 大丈夫、私は……」
「俺たち別れよう」
俺は気付いたんだ。自分が必要とされていないことに。
「え、何言ってるの……」
「今の俺ははっきり言って里美の邪魔にしかならない。もう鬱陶しいだろ」
「そんなこと思ってない! 私は純くんずっと一緒だよ」
その優しさが辛い。もう俺には関心がないくせに。
「俺は里美が嫌いだ」
一緒に積み上げた日々は一瞬にして砕け散る。
俺の人生は一体何だったんだろう。
◇◇◇◇◇
「行ってきます……」
里美は今日、イタリアへ行く。
もう彼女はこの家に戻ってくることはない。
「バカだ俺……」
自然と涙がこぼれてきた。
何であんなこと言ったんだろう。あのとき必死に引き止めれば良かった。せめて最後に好きだって言えば良かった。
そんな後悔が俺を取り巻く。
「よーっす、来たよ」
すぐ近くでエマの声がした。
俺は急いで涙を拭う。
「どうやって入って来たんだよ」
「どうやっても何も、鍵開いてたけど」
……里美の奴、鍵閉めないで行ったのかよ。
「そういえばあんた、里美と別れたんだってね」
「知ってたのか」
「あの子から聞いたのよ。でも本気なの? そんなの絶対、あんたの望んでた答えじゃないでしょ」
「本気なわけない。俺はずっと、そして今も里美のことが……でももう遅い。里美はイタリアへ行ったんだ」
別れたくないって言ってほしかった。泣いてでも怒ってでも俺の言葉を拒否してほしかった。だけどそれすらなかった。あっさりイタリアへ行ってしまった。
もしかしたら彼女は本当に俺を邪魔者としか思っていなかったのかもしれない。
「とにかくやるわよ」
「何を」
「あんたの誕生日パーティーに決まってるでしょ?」
エマは俺のためにパーティーの準備をしてくれている。それなのに俺はネガティブな感情ばかり見せて、たくさん迷惑をかけて。
最低だ。
もし『嫌い』なんて嘘をつかなければ、こんなことにはならなかったのに。
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