第27話 健一の答え

 有紗を探し始めてからどのくらい経ったんだろう。


 時間を確認する暇もないほど探していたから今が何時かわからない。けど、頬に当たっていた陽射しを感じなくなるほどには、時間が経っていた。


「純くん隠れて!」


 里美は突然、ひれ伏せさせるように俺の肩を地面へと押しやった。


「いきなり何すんだよ……」


 しっ、と一言。何かあったのかと思って俺は黙る。


「やっと見つけた」


「先輩……」


 どうやら健一は有紗の居場所を突き止めたようだった。


「やれやれ、有紗はどれだけ僕に迷惑をかければ気が済むんだ」


「違うんです! 私、先輩に喜んでもらおうと思っただけで……でもこんなことになって……」


「わかってるよ」


「え……」


「だからここまで探しに来たんじゃないか」


 さっきまでご機嫌斜めな健一だったけど、今は清々しい声で喋っている。


「先輩の靴ボロボロ……おでこにかすり傷あるし、全身汗びっしょりだし」


「ずっと走ってたからね。この傷は途中で転んだときに」


「何でそうまでして……」


「放っておけないんだよ、有紗は。すぐ怪我するし、すぐ泣くし」


「じゃあさっき怒ったのは……?」


「有紗がテンパっていたのは僕がいたからなんだろう? だから1回離れて落ち着かせようと思ったんだ」


「何でそういうこと……ちゃんと言ってくれないとわかんないじゃないですか!」


「悪かったよ」


「だいたい先輩は私の気持ちを軽く扱いすぎなんですよ! 私が毎日どれだけ先輩のことを考えて、どれだけ頑張ってるか……」


「調子に乗るなよ」


「いてっ」


「僕が弱腰になるとすぐこれだ」


「私の恋は攻めあるのみです!」


「はいはい。バカなこと言ってないで行くよ」


「そうですね、早くあの2人と合流しないと」


 ……何とか場が収まって良かった。まったく、健一はどれだけ人に優しくすれば済むんだか。


「戻ったら謝るんだよ? 彼らはまだてんやわんや探し回っているんだろうから」


「わかってますよ」


 そう会話している間に、里美はスマートフォンだろうか、画面を親指でタッタッタと何か打ち込んでいた。


「あ、梨恵ちゃんからメールだ」


「何て言ってます?」


「こっち向かってるって。どうやら僕たちとは真反対の方角にいるみたいだ。走ってもここまで30分はかかるよ」


「そうですか、やっぱり悪いことしちゃいました」


「その気持ちがあれば大丈夫さ。それより時間あるし観覧車に乗らないか? 待ってるのも暇だろう?」


「いいんですか⁉︎ ありがとうございます!」


「その代わり、乗ってる間に変な真似したら帰るからね?」


「大丈夫です。ハグしかしませんから」


「やっぱり帰る」


「ちょっと待ってくださいよ!」


 

 里美はまた嘘をついたけど、これは良い嘘だったかもしれない。少しずつ心を開いていく健一を見て、何だかホッとした。


「私たちも乗る?」


「別にいいけど」


「素直じゃないの」


 そうして俺ら4人は2人に分かれて観覧車に乗った。それから彼らがどんな会話をしてどんな想いに駆られたかは知らない。

 でも俺たちのしていることは間違っていないってそう思えたんだ。




◇◇◇◇◇




「今日はこれでお開きにしよう。また学校で」


「うん、気をつけてね」


 時刻は21時。

 健一と有紗は方向が同じため、一緒に帰っていく。


「さあ、私たちも行こうか。2人のところへ」


「また盗み聞きするのか? バレて怒られても知らないぞ」


「大丈夫大丈夫。あの2人、もうくっつきそうだし」


「何でわかるんだよ」


「女の勘!」


「またそれか……」


 俺は里美がいないと帰れないし、結局2人のところへ行くことになってしまった。



「ところでさっきの話は本当なのかい?」


「さっき?」


「ほら、親戚に邪魔者扱いされてるって話」


「ああ、本当ですよ。だから今日もこのあとどこで時間潰そうかなーって思ってたんです」


「そうか。……ならこのまま僕とファミレスでも行こうか」


「いいんですか⁉︎」


「あんな悲しい顔をされたら、放っておけないよ」


「先輩……好きです!」


「ハグはもうやめてくれ、観覧車の中で十分しただろ」


「いくらしてもし足りないですよ」


 

 夜の街で淡い恋心を抱く乙女とその彼。

 何故だか2人は俺らと同じかそれ以上に幸せそうだった。



「今日みたいな日がずっと続けば良いのに」



 ポツリと有紗は呟く。



「続けよう」



「え?」



「有紗がいいなら、毎日一緒に過ごそう。有紗がいいなら、家の事情も一緒に解決しよう」


「そんな夢みたいな話……」


「あるよ。有紗はいつも僕のために頑張ってくれるし、恩返ししないとね」


 健一は機嫌良く言った。


「先輩のお人好し……。どうせ付き合ってくれないくせにそんな優しくして、今よりもっと好きになったらどう責任取ってくれるんですか?」


「責任なら取るよ」


「え……?」


「前からずっと考えてた、有紗のこと。本当は有紗を傷つけるのが怖かったんだ。だからずっと答えを言えなかった。……でも有紗には負けたよ」


「先輩……」


「有紗、僕の答えを訊いてほしい」


 健一は一呼吸おいて言う。


「僕にはまだ未練が残ってる。正直、これは消えるかわからない。でももし、もし有紗がそれでもいいって言うなら……僕と付き合ってほしいんだ」


 その瞬間、ときが止まったかのように辺りには静寂が訪れた。


「……何ですかそれっ……そんなもんすぐ切らせてやりますよ、私しか見えなくしてやりますよっ……!」


 張り詰めていた糸が切れたのか、途中から声は裏返り、言い終わる頃には激しく泣いていた。


「純に負けて、有紗に負けて……。負けてばっかの人生だな僕は」


 健一は嬉しそうに言う。

 2人の姿は幸せそのものだった。


 ……良かったな、健一。

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