第26話 ダブルデート 

「何で有紗がいるんだ……」


「実は今日のこと、盗み聞きされてな。お前が来るとわかったら、行くと聞かなくて」


 ……まあ嘘だけど。

 これは前に有紗と契約をした俺が意図的に仕組んだ作戦だ。


「彼女がいると面倒なのは純も知ってただろ」


「でもお前はまんざらでもなさそうだったし」


「僕が誰を好きか知ってて言っているのかい?」


「はい、そこの男子2人、早く集合!」


 今日は遊園地に遊びにきた。

 メンバーは俺、健一、里美、有紗。

 俺からすれば里美とのデート、有紗からすれば健一とのデート。すなわちダブルデートだ。


 健一の気持ちを重んじるべきか、有紗の気持ちを重んじるべきか、俺にはわからない。

 だから2人にチャンスのあるダブルデートにした。

 もちろん里美を渡すつもりはないけど、何かと平等、公平言いたがる健一にとってはこれが最善だろう。


「私、今日のために4人分の特別優待券を持ってきました! ぜひ使ってください!」


 どこでそんなものを手に入れたのかは知らないけど、事前に聞いていた情報だ。

 この優待券があれば無料で遊園地に入れる。わざわざここを選んだのもこれが理由。


 そうして健一、俺、里美、という順番で渡されていくが……。


「あれ、1枚ない! 何で⁉︎」


 有紗は物音を立てるほど必死に探すが見つからない。


「朝見たときはしっかりあったのに!」


 彼女は戸惑いは次第にひどくなり、泣きへと転じようとしていた。

 そこへ、俺の後ろにいたはずの健一が早足で向かう。


「僕のを使いなよ。もともとチケットを買うつもりで来ていたし」


「でも!」


「あまり僕を困らせるな」


「……はい」


 結局、有紗はチケットを受け取り、健一はチケットを買いに行った。


 チケットで用意周到女をアピールする作戦がこれじゃ台無しだ。喜ばせるどころか怒らせている。


「さて、どこから回る?」


 健一も合流したところで俺は声をかける。が、沈黙。誰からも意見が出ない。


 一瞬迷子になったんじゃないか、って思ったけど、俺の手は里美の手を握っているし確かにいるはず。

 ……遠慮してるのか?


「あーもう、いっせいので言うぞ」


『いっせいの』


「観覧車」

「ジェットコースター」

「みんなに合わせるよ」

「川井先輩に合わせます」


 呆れるほど意見が噛み合わなかった。選択肢は大して多くないはずなのになぜここまで意見が分かれるんだ。

 ……というか、後半の2人はもっと主体性を持てよ。


「観覧車って言ったの誰?」


「俺だけど」


「何で観覧車なの? 普通、観覧車は最後にとっておくでしょ! もしかして純くん、花火やったら線香花火を最初にやる派⁉︎」


「それが何だっていうんだよ。そもそもジェットコースターなんて乗ったら酔うだろうが。俺たちはこのあと昼飯食うんだぞ?」


「はいはい、気遣ってくれてありがとう! 私は大丈夫なのでジェットコースターに乗ります」


「あーそうか。じゃあ俺も大丈夫だからジェットコースターに乗る!」


 俺と里美は手は繋がれているため、同じ方向に向かって歩くほかない。


「……川井先輩、これって倦怠期ですか?」


「今の会話、聞いてたかい? ただのバカップルだよ」


「こんなのを先輩はずっと見てきたんですか?」


「まあ」


「お気の毒ですね。私たちはああならないよう気をつけましょ?」


「何が私たちだって? 有紗だけ観覧車に乗せてあげてもいいんだよ?」


 今日は日曜日。今週は3連休となっているため、遊園地内は予想以上の混雑となっていた。


「え、1時間待ち⁉︎」


「仕方ないな。並ぶぞ」


 里美は待ち時間の長さに辟易していたけど、俺が手を軽く引っ張ると彼女は諦めて一緒に並んだ。

 その後ろに健一と有紗が並ぶ。


「そういえば有紗ちゃん、今日は何時まで遊べる? 門限とかあったりする?」


「何時まででも大丈夫ですよ、門限もありません」


「でも親御さんが心配するでしょ?」


「あれ、言ってませんでしたっけ? 私、両親いませんよ」


 両親がいない。

 その言葉に俺らは固まる。


「……じゃあ今は1人暮らしなの?」


「いえいえ。この前のクッキーからわかるように私は生活能力0ですから、親戚の家に住まわせてもらってますよ」


「そうなんだ……。なら、今日はキリの良い時間で解散しようか」


 キリの良い時間というのはあまりに不明瞭な言い方だ。18時、20時とかアトラクションを全部乗り終えたら、とか具体的に言った方がわかりやすいのに。


「まあ私的には遅い方が助かりますけど」


「何で?」


「私、同居人に邪魔者としか思われてないんですよ。だからみんなが寝てる時間帯に帰りたいんですよね」


「あーそうなんだ……」


 まあ誰にだって家庭の事情というものがあるさ。俺にだって、里美にだって、健一にだって。その事情に下手な介入はしない方が良い。

 

「すみません、空気悪くしちゃいましたね! せっかくの遊園地です、楽しみましょう!」


 有紗は平静を装ってみせる。

 それから彼女は話題を変えて、生徒会やピアノ部での俺らの様子を訊き始めた。


 そうしているうちに順番は近づいてくるが。


「純、一生のお願いだ! 聞いてほしい!」


「何だよ、いきなり」


「このジェットコースター、2人1組で乗るんだけど、このままだと……」


「この並びならお前は有紗と乗ることになるな」


「そうなんだ! だから頼む、ここは男同士で乗ろう! じゃないと僕は……」


 ……何でそれを早く言わないんだ。


 仕方ない奴だな。そう言って代わってやろうと思った矢先、


「すみません、ここから次の車両になります」


 スタッフは無情にもそう告げて俺と里美、健一と有紗で分けた。


「川井せんぱーい?」


 高らかなご機嫌声の有紗。

 そのあとどうなったかは知らない。というか知りたくもない。

 一つ言えるのは、健一ご愁傷さまでした。




◇◇◇◇◇




「里美はどう思う? あいつらのこと」


「うーん、かなり順調だと思う」


「だよな。でも健一は里美のこと諦めてないみたい」


「知ってる」


 俺たちはジェットコースターを降り、彼らが戻ってくるのを待っていた。


「これは女の勘だけどね、健一くん悩んでると思うの」


「あいつが?」


「うん。ずっと私のことが好きだったから、諦めたくないっていう気持ちと、有紗ちゃんの思いに答えてあげたいっていう二つの気持ちがぶつかってるんだと思うよ」


 まあ確かにそれはそうかもしれないと思った。じゃなければ有紗の怪我を心配したり、そもそもあんな親切にしたりしない。


「でもこれはあの2人の問題。私たちはそっと見守ろう?」


「そうだな。俺たちが動いても仕方ないもんな」


「言っておくけど私、どんなことがあっても純くんのことが好きだからね」


「わかってるよ」


 世の中にはどんなに頑張ってもダメなことがある。でもそれは失敗を意味するわけじゃない。結果としてその経験が、人生に幸をもたらすことだってあるんだ。


 だから彼には望む形ではないにしろ、幸せになってほしい。


「健一くんおつかれ! ってあれ」


「どうした?」


「健一くんが口元を押さえてどっか行っちゃった」


「何やってんだよあいつ」



「せんぱーい! 待ってくださいよー!」


 後から息を切らした有紗が追いかけてきた。


「何があったんだお前ら」


「可愛い後輩アピールをしようと先輩に抱きついたり色々してたら先輩、酔っちゃったみたいで……」


「はぁ……終わったな」


「どうしましょう……」


「とりあえず謝れ」


「許してくれますかね?」


「知らん!」


 それからは散々だった。


 謝罪のつもりか、健一の昼食代を奢ろうとすれば財布の中身をばら撒いて、

 健一がこけそうになったのを助けようとすれば健一の足を踏んで、

 園内のおすすめスポットを案内しようとすれば30分も迷子になって……。


 いくら緊張しているにしてもこれは酷すぎる。


「もう限界だ! ここからは男女別で行動しよう!」


 滅多に怒らない健一ですらこの有様。

 ……せっかくのダブルデートをおじゃんにするなよ。


「お前も大変だな」


「そもそもと言えば、純が彼女を呼ぶのがいけないんだろう」


「何言ってんだ。あれはあいつが勝手に……」


「本当はわかってるんだ。みんなが僕を彼女とくっつけようとしていること」


「健一はあいつのこと、嫌いなのか?」


「別に嫌い、なんかじゃない。むしろ……」


「なら」


「でもやっぱり僕は梨恵ちゃんのことを諦めることができないんだ」


 健一は逃げてる。結論を先送りにして、自分だけ傷つかないようにしてる。


「俺はちゃんと向き合って答えを出すべきだと思う」


「無理だよ。そんなことをしたら彼女が傷つく」


「このまま気持ちを有耶無耶にされたまま、過ごされる方が傷つくと思うがな。白黒はっきりさせてやる方が、あいつのためだよ」


 有紗だってそう望んでいるに違いない。

 

 ここで俺の携帯が鳴った。




「もしもし、どうし……」


『どうしよう! 有紗ちゃんがいなくなったの!』


「は? 何で⁉︎」


「わかんない。飲み物買ってくるって行ったきり帰ってこなくて、どこ探してもいなくて……」


 まさか迷子になったのか、と思ったけどもっと嫌な予感がした。


 健一にアピールしようとするはずが、逆に嫌われるような不幸に見舞われて……。

 しまいには健一にキレられて……。


 もしかしたら彼女自身、罪悪感を覚えたのかもしれない。自分がここにいるせいで健一は辛い思いをするって感じたのかもしれない。


 だとしたら、もう戻ってくることは……。


「純、行くよ!」


 健一は俺を連れて走り出した。


「行くってどこに⁉︎」


「有紗のところ」


「あてはあるのか?」


「あるわけないだろ!」


 健一のことだから俺のように無鉄砲で飛び出したりはしない、何かしら思い当たる場所がある、そう思っていた。

 だけど彼は無策だった。思考を放棄してしまうほど、彼は必死に彼女を探していた。


「あ、健一くん!」


「梨恵ちゃん、ごめん純を頼む」


 俺は里美のところに預けられ、健一は再び走り出す。


「私たちも行こう?」


「ああ」


 俺たちも追いかける。

 有紗はどこへ行ってしまったんだろう。

 

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