第24話 大好きだから
それはあれから何日かが経ったある日、俺と里美が部室でピアノを弾いていたときだった。
「お願いだ、2人とも! 僕を匿ってくれ!」
ドアが壊れるんじゃないかと思うくらい、凄まじい音を立てて入ってくる健一。
どうした? と訊けば、
「わけはあとだ! このままだと僕は殺される」
健一は深刻そうにそう答えた。
「健一くん、隠れるならここがいいかも」
「……ありがとう。助かるよ」
里美の案内で冷静さを取り戻す健一。どこに隠れたかは知らないけど、それから部屋には物音一つしなくなった。
「すみません、この部屋に川井先輩来てないですか?」
……何事かと思えば、そういうことだったか。
その鼻にかかる喋り方は、この前の嫌な記憶を思い出させる。
健一のストーカー女、相楽有紗だ。
「もしかして有紗ってこの子?」
里美は小声で俺に確認を取ってきた。
「そうだ」
「へー、この子が健一くんの……」
里美がそう発したとき、ほんのわずかに、え、という戸惑いの声が聞こえてきた。
……勝手に話してごめんな健一。
本当は話すつもりなんてなかったんだけど、里美に「服から女の匂いがする!」って言われたもんだから話さざるを得なかったんだ。
「健一くん? 来てないかな」
「本当ですかー? 確かにここに入るのを見たんですけど」
有紗はうーん、なんて悩ましげに唸りながらも、部屋の中の隠れられそうな場所を探し始める。
そこへすかさず、
「その手に持ってる袋は何?」
里美は声をかけた。
「ああ、これですか? 川井先輩への誕生日プレゼントですよ」
「は? 誕生日?」
「はい。あれ? 知らないんですか?」
今日は10月26日。
……そうか、今日だったのか。去年も一昨年もはぐらかされたからわからなかった。
「食べます?」
「いいの?」
「はい、作りすぎましたから」
何個作ったのかは知らないけど、俺と里美に一つずつ渡す分はあるようだった。
早速袋から中身を取り出してみる。
すると丸い……クッキーのような乾いた菓子が出てきた。
さて、お味は……。
「まっず!」
……え、まずすぎる。砂糖と塩を間違えた程度じゃ済まされない。まだ人間には早すぎる味!
「純くん失礼だよ……! 私は好き、だなっ……この味」
……嘘つくな! 声が震えてるんだよ!
「どう作ったらこんなゴミが出来上がるんだよ……」
「なんてこと言うんですか! レシピは見てないですけど、気持ち込めて作ったんですよ⁉︎」
……だからだよ。
「とにかくこれは人の食えたもんじゃない。料理で胃袋を掴もうなんて甘々な考えは捨てろ」
「でも川井先輩は泣きながら美味しいって言ってくれました」
「じゃあ何で逃げられたんだろうな」
健一も下手に美味いなんて言わなければいいものを。
このままだと、「私の手料理を食べたら死んじゃいました」なんて事態になりかねないぞ。
「この部屋にはいなそうですし、別の場所を探します」
「そうしろ」
「先輩見つけたら教えてくださいね。私、これ食べてもらうまで帰れないので」
「いや、もう食ってくれないと思うが」
「まあ最悪、食べてくれなくてもいいんです」有紗は少し寂しげな口調で、「私は先輩の誕生日を祝ってあげたかっただけですから」
本当に純粋で一途なんだな、そう思っていると、彼女は「では」と言い残し走って行った。
だけどその直後──
「有紗ちゃん⁉︎」
バタン、と大きな音。
その音は廊下から聞こえてきた。
もしかしたら、さっき出ていった有紗が足を滑らせて転んだのかもしれない。
俺と里美は急いで部室を出る。
でもそれより先に、
「大丈夫⁉︎ 怪我は⁉︎」
隠れていたはずの健一が彼女を介抱していた。
「足、すりむいてるね。歩けるかい?」
「大丈夫……です、これくらいなんとも……」
そう言いながらも、痛い痛いと、廊下に彼女の悲鳴が響く。
「無理するな。保健室まで連れて行ってあげるから。ほら後ろに乗って」
「先輩……」
有紗は健一の優しさに声を潤わせていた。
「やっぱり隠れてたんですね。ひどいじゃないですか……」
「いくらでも言ってくれ。その代わり手当てはしっかり受けるんだ」
「先輩も逃げた罰として、クッキー食べてくださいよ?」
「わかった。約束する」
そうして2人は去って行く。
さっきまで死闘のかけっこをしていたようには見えないくらい仲良さげに。
「お似合いだね。あの2人」
「ああ」
健一は度の過ぎたお人好しだ。でもそれは本当にお人好しなだけなのか?
健一は里美に未練があると言っていたけど、実際はどうなんだろう。
「今日、家行くから」
「またかよ。昨日来たばっかりだろ」
「クッキー作りたくなっちゃった。純くんも口直ししたいでしょ」
「まあそれは」
「よし、じゃあ早速材料を買いに行こう?」
「はぁ……仕方ないな」
健一も忙しいけど、俺の方もなかなか忙しい。
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