溢れるラブストーリー
第23話 俺たちは変わった
「1位はエントリーナンバー10、月城純」
俺は審査員のその言葉に胸を撫で下ろす。
「また純くんに勝てなかった!」
「里美だって2位じゃん」
「私のドビュッシーは世界一なのっ!」
「そういったら俺のラヴェルだって世界一だよ」
「……なんてね?」
「懐かしいなこの会話」
「あれからもう7年だよ? 私たちも大人になったもんだよね」
「といってもまだ18歳だけどな」
あれから2年が過ぎた。
ピアノ部3人は3年生となり、卒業まであと半年。
その間に俺ら3人は変わった。
まず俺は今まで以上にコンクールへ出るようになった。理由はあの音楽雑誌だ。
(月城くん、海外に行きたければ高校卒業までにコンクールで優勝しなさい)
編集長から電話でそう言われ、俺はコンクール出場を決心した。
なぜか。それは里美とした約束を果たすためだ。
そうして今日、悲願の優勝を果たしたわけだけど、
「は⁉︎ 嘘?」
「ごめんごめん。だって一緒にコンクール出たかったんだもん」
「じゃああの電話は?」
「あれパパ」
「はい?」
俺はわけがわからなくなった。
電話の相手が里美の父親だとすると、あの音楽雑誌の件はないわけで、そうなると俺の海外行きはなかったことに……?
「でも海外は行けるよ」
「どうせ旅行とか言うんだろ」
「そんなわけないじゃん。ちゃんと純くんを推薦してくれた先生がいるの」
「本当か⁉︎ 誰だよそれは!」
「それはね」
里美は嬉しそうに言う。
「私のママ!」
「嘘だろ……?」
「本当」
……騙された挙句、よりにもよって里美の母親か……。
フランスでピアノ講師をしている里美の母親。若き頃は天才美少女として世界中を駆け巡った、音楽界のマドンナだ。
性格は穏やかで、里美の家に行くといつも料理を振る舞ってくれる。
そんな凄くて良い人だったけどピアノに関しては極端に厳しかった。
1音でも気に入らないと最初からやり直しさせられるレベル。
俺も弾くたび醜い演奏だの、気分の悪くなる演奏だの罵倒されたもんだ。
最終的には「こんなピアノを弾く人に里美は渡せない」とも言われたな。
だからそんな人が俺を推薦するなんて心境にどんな変化があったんだろう、って思う。
「大丈夫、私がついてるから」
「あのおばさんのことだ、俺が里美と付き合ってるなんて知られたら俺は殺され……」
「だから大丈夫だって。もし反対されたら駆け落ちすればいいんだから」
「いや、そういう問題じゃないだろ」
「そういう問題だよ。私には純くんと一生を添い遂げる覚悟がある。今の私の気持ちに1つも嘘はないよ」
「……頼むからそんな恥ずかしいセリフをボンボン出さないでくれ……」
里美は前よりストレートに気持ちを伝えるようになった。何でも、言いたいことは何でも言わないと後悔するんだと。
『さよならは待ってくれない』
を未だに気にしてるなんて、可愛いんだか可愛くないんだか。
こんな感じで俺も里美もそれなりに変わった。でもピアノ部で1番変わったのは健一だ。
「このたび生徒会長を務めることになりました、3年、川井健一です」
歓喜に近い歓声。まるでスターが現れたかのように校内は盛り上がりを見せる。
「まさかお前が生徒会長をやるなんてな」
「僕はこの学校が好きなんだ。学校に尽くすのは当然だろう?」
「と言いつつ、本当は推薦狙いなんだろ。この学校の歴代生徒会長はみんな推薦で進学してるしな」
「はは、バレてたか。でもみんなのために頑張りたいという気持ちもあるんだよ」
「相変わらずお人好しだな、お前は」
「唯一の取り柄さ」
健一とはあの勝負をしてからも良い友達でいる。今も登下校は共にしているし、同じクラスだからよく会話をする。
でも彼は2年生の文化祭を終えて、ピアノ部を退部した。
理由はわからない。
彼曰く、「けじめ」だと。
それはもしかしたら里美から離れようとしているのかもしれない。俺と里美の邪魔をしないように。
でも冷めたのか? と訊けば、「そんなわけないだろう。1日でも油断したら奪い取るから」なんて言われるし、よくわからない。
「川井せんぱーい! こんなところにいたんですか!」
「まずい! 逃げるよ純!」
「え?」
健一は俺の手を取って、廊下を凄まじい勢いで走り始めた。
「待ってくださいよ! 何で私じゃダメなんですかー?」
標的をロックオンしたミサイルのようにしつこく迫る女。
俺たちは階段は上がったり降りたり、廊下を端から端まで必死に逃げて頑張るけども……。
「うわっ……!」
女に追いつかれたのか、健一とつないでいない方の手を思い切り引っ張られた。
「純、大丈夫か⁉︎」
仰向けに倒れる俺。幸い、頭はガードしていために大怪我を免れた。
……危ない危ない。にしても何なんだこの女は。
「先輩の良い匂い……。私のファーストラブ受け取ってください」
「やめてくれよ、公衆の面前で……」
……おい、お前ら何してるんだよ。
「健一、お前まさか彼女ができ」
「違う!」
「そうです!」
……同時に喋るな!
「川井先輩、何言ってるんですか! この前デート行きましたよね?」
「あれはたまたま塾の帰り道で会ったから」
「お姫様抱っこしてくれましたよね?」
「あれはいきなり有紗が倒れたから」
「そのあと私の家に来てくれましたよね?」
「あれはあのまま放っておけなかったから」
「私の家でいっぱいお触りしましたよね?」
「犬にね」
「長い夜も過ごし……」
「てない」
熱い応酬が繰り広げられたけど、健一の最後の言葉で決着がついたようだ。
とりあえずすべて聞いてわかったのは、この災難はすべて健一のお人好しが呼んでいるということ。
……バカか。俺を巻き込むなよ。
「とにかく、先輩が私のこと好きなのは明白! さっさと認めたらどうですか?」
「勘弁してくれよ……」
「勘弁しません!」
◇◇◇◇◇
「それで? さっきの女は何なんだよ」
「
……陸上部。だからさっき追いつかれたのか。
「その有紗とやらはいつもあんなラブ100%で追いかけてくるのか?」
「まあそうだね」
「へえ、大変だな。お前もあいつも」
「何で有紗が?」
「だってあいつのやり方、昔の健一とそっくりだから」
「あの子と僕が? やめてくれよ。僕はあんなに露骨じゃなかった」
「いいや、好きな人に頑張ってアピールしようとするところとか似てるだろ」
「まあわからなくもないけど……。でも無理だ。僕は梨恵ちゃんへの未練が消えない」
「じゃあ付き合う気は?」
「ない」
「ちなみにそいつのこと、どう思ってる?」
「んー、まあ可愛い子だよ。さらさらのミディアムヘアに艶のある肌で……」
「アホか。誰も外見の話なんかしてないだろ」
「あーごめん」健一はそれから真剣に考え始めて、「素直で良い子だと思うよ。ちょっと強引だけど、いつも僕のために色々してくれる。正直、僕にはもったいないくらいの子だよ」
……何だよそれ。少しは気があるんじゃないか。
「先輩、見つけましたよ! もう逃しません!」
……うわっ、今1番聞きたくない声!
「悪い純、盾になってくれ!」
健一はとっさに俺の後ろへと移動する。
すると直後、俺の体には温かい女性の体が張り付いた。
さすが陸上部と言うべきか、贅肉はほとんどない。かといって痩せすぎているわけでもなく、膨らんでいるところはしっかり膨らんでいた。
……って、俺は何を冷静に解説しているんだ。
「だ、誰ですか! やめてください、セクハラですよ⁉︎ 訴えますよ⁉︎」
「いや、お前の方がセクハラだろ!」
「何なんですかこの人……川井先輩、助けてください」
「そうやってさりげなく、僕に抱きつくのもやめろ」
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