第22話 仕返しだよ
「純くんが自殺したってどういうことっ⁉︎ 」
「連絡しても出ないから、家に行ったら首を吊っていたんだ……」
「嘘、でしょ……?」
「すぐ下ろして救急車も呼んだけど、多分もう……」
「純くんドッキリだよね……」
「いや、ここに遺書が」
「見せて!」
「う、うん」
「…………何で……? 何で『好き』だけなの⁉︎ 嫌だよこんなの……」
「僕だって信じたくないよ」
「私のせいかな。私が嘘ばっかりつくから……。…………ごめん健一くん、彼と2人きりにさせて」
「わかった」
◇◇◇◇◇
「……純くんが言った『さよならは待ってくれない』ってこういうことだったんだね。何で気付かなかったんだろう。本当、バカだ私。でも純くんも純くんだよ。何の相談もなしに行っちゃうなんて。もう今さらかもしれないけど私、純くんにずっと恋してた。それも小学生の頃から。純くんはあのときと比べてかなり変わったけど、私にとってはどの純くんも素敵だった。純くんのそばにいれてずっと幸せだった。…………でも諦めなきゃいけなかったの。だって純くんが好きになったのは美波梨恵だから。ピアノ部で過ごしたのも、お祭りに行ったのも、コンクールや文化祭で純くんと弾いたのもみんな梨恵。波江里美なんていう、嘘をついて5年もほったらかしにした女じゃない。だから美波梨恵が架空の女の子だってバレたあの日、私は逃げた。純くんの気持ちを聴くのが怖かったから。…………でもね、本当は純くんの言う通り、私が波江里美だって知ってほしかった。嘘をついたまま純くんといるのが辛かったんだ……。って、こんなこと言ってももう遅いんだよね。……はぁ……悔しいっ……。もっと純くんのピアノ聴いておけばよかったな、もっと純くんとお喋りしておけばよかったな。こんなことになるなら………………純くんと一緒にいれなくなるなら…………言えばよかった……純くんのことが好きだって言えば良かったっ……!」
彼女の声は震えていた。
胸に押さえつけていた感情が噴き上がるように、絶望的な泣き声が部屋に響き渡っていた。
「そっか、ありがとう」
俺は身体を起こす。
「えっ……純くん⁉︎ 生きてる……生きてる!」
「ごめん。君の本当の気持ちを聞きたくて君と同じ嘘をついたんだ。……でも嬉しかったよ」
「ううん……。嘘で……良かっ……た」
俺は顔も心もぐしゃぐしゃになっているであろう彼女を正面から優しく抱きしめた。
その体は華奢で柔らかい。
俺は腰に当てた手に力を入れると、それに反応するかのように、彼女は両腕を首に回してかき抱いた。
「好きだよ。里美も梨恵も」
事故があってからこんな日が来るとは思わなかった。
今まで信じたことはなかったけど、人はこれを運命や奇跡と呼ぶんだろう。
「2人好きになるなんて欲張りだよ……」
「いいだろ。どっちも君なんだから」
こんなやり方、卑怯だと思われるかもしれない。でもそれはお互い様だ。
君だって嘘をついただろう?
「僕の負けだよ純。おめでとう」
部屋に入ってきた健一。その声からは不思議と清々しさを感じる。
「どういうこと?」
「えっと、だな……」
このあと俺は長時間、彼女に尋問に近い質問攻めをされることとなった。
◇◇◇◇◇
「じゃあ2人はグルになって私を騙してたの⁉︎ ひどい!」
「だから悪かったって言ってるだろ」
「健一くんはいいとして、純くんは本当に許せない!」
「何でこいつはいいんだよ!」
「だっていちごクレープくれたもん」
「お前いつの間に……」
「どうせ梨恵ちゃんに怒られるだろうと思って、あらかじめ買っておいたんだ。純も食べる?」
「はぁ……食べるよ」
健一の提案した勝負。
それは俺が死んだフリをして、彼女が気持ちを白状すれば俺の勝ち、しなければ健一の勝ちという至ってシンプルなもの。
「でも良かったよ。2人の笑顔があってこそのピアノ部だからね」
健一は爽やかな声で言った。
もしかしたらその勝負は出来レースだったのかもしれない。
冷静に考えてみれば、健一が勝ったところで彼女と付き合えるわけではないし、あまりにも俺に分のある勝負だった。
……まさか俺に勝たせようとしていたのか……?
「何だよ、勝者が浮かない顔して。……大丈夫、川井健一に二言はない。負けても今まで通り友達だよ」
「そうか……」
「でも気をつけろよ? 少しでも目を離したら取るからね?」
「わかってるよ」
健一がどうしてライバルだの勝負だの言ってきたのか。
実際のところはよくわからない。
でも今の彼は敗者に相応しくない声色で楽しそうに喋っている。
俺はここで変な探りを入れない方がいいのかもしれない。
「あのー。純くんがお詫びする話、終わってないんですけど」
「まだ言ってんのか。そんなの何でも注文すればいいだろ」
「いいの? じゃあ海外に行こうよ」
「海外?」
「そう。あのときの約束を果たそう?」
『私たちのピアノで世界を変えよう!』
5年前の約束。君は覚えてたんだ。
「どう?」
「いいかもな」
俺を邪魔するものはもう何もない。
今はこの喜びを抱きしめて、進めるだけ前に進もうと思う。
「じゃあ早速、練習するよ!」
「ああ」
彼女は大きな嘘をついた。
そのせいでここまで来るのに目が回るほどの遠回りをした。
正直、言いたいことはたくさんある。
でも今はいいんだ。
嘘つきな彼女に仕返しができたのだから。
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