第21話 この勝負で決着をつけよう

「どうしたんだい、そんなつれない顔して」


「訊かなくてもわかるだろ」


「まさか……フられたのか?」


「そんなところ」


 健一は虚を突かれたのか、一瞬言葉を失った。


 ……俺だって彼女があそこまで悩んでたなんて知らなかったよ。


「嘘だろ? だってあんなに……」


「何だ、ライバルが消えて喜ばないのかよ」


「そんなことあるもんか! 僕がフられたのを知ったとき、純は喜んだのか⁉︎」


「いや……」


「だろう? それで、何て言われたんだ?」


 俺たちはライバルなのに健一は相談に乗ろうとする。


 ……お人好しな奴……。


 そんな彼だからこそ、俺もあの夜に起きたことをすべて話すことにしたんだ。




「そうか。そんなことが……」


「少しだけ甘い夢を見させてくれたのかなって思うよ」


「純はそれを夢で終わらせていいのかい?」


「終わらせたくなんか……でも向こうにその気がないんだから仕方ないだろ」


「あーあ、手のかかる人だな」


「お前だって人のこと言えないだろ」


「そうだね」


 健一は爽やかに笑う。

 それからややあって、彼は言った。


「じゃあさ、僕と勝負しようよ」


「勝負?」


「梨恵ちゃんの心を射止めた方が勝ちだ」


「何だよ、何のひねりもないな」


「まあまあ、話は最後まで聞いてくれよ」


 そう言われて俺は口を閉じる。


「この勝負のポイントは、負けても今まで通りの関係を継続するところにある」


 それは平和的に聞こえるけど、もし負けたら彼女とライバルの戯れが毎日耳に入る──地獄。


「それだけじゃないよ」


 健一は俺の耳元でその勝負の全容を話し始めた。


「……それ、まじでやるのか……?」


 非情。そうとしか言いようがなかった。でもあまりに合理的で、その勝負をすればすべてが決まってしまう。


「僕は本気だ」


 健一は覚悟を決めているのか、それは真剣な物言いだった。


「なーに話してるの?」


 急に現実へ戻すかのように後ろから彼女が話しかけてくる。


「ああ、えっと、り……」


「梨恵。美波梨恵として接してってこの前、言ったじゃん」


「……そうだったな」


「それで? 何の相談?」


「梨恵ちゃんには内緒だよ。男だけの秘密」


「何それ、ずるい!」


 里美、いや梨恵はいつものように、むしろ一段階明るくなった声で話していた。


 ……何でだ。何であんなことがあって、普通に喋れるんだよ。



「さっきから梨恵ちゃんが手に持ってるものは何? 名刺みたいだけど」


「あーこれ? 聞いて驚かないでね?」


 梨恵は自分でジャカジャカとドラムロールを口ずさむ。


「ジャジャーン! なんと私、音楽雑誌の取材を受けることになりました!」


「梨恵ちゃんに取材⁉︎ 何で?」


「なんかね、この前の文化祭で私たちの演奏を聴いてくれたみたい! 私の優美なドビュッシーに惚れたって!」


「どうせ文化祭を取り上げる雑誌なんてくだらないところだろ」


「それがね、あの『ピアノライフ』なの!」


「『ピアノライフ』⁉︎」


「証拠なら」


 そう言うと梨恵は俺と健一それぞれに持っている名刺を渡してきた。


「『編集長 波江和俊 株式会社……』すごいよ純、これ本物だ!」


「嘘、だろ……?」


 その雑誌は俺らだけではなく、音楽業界なら誰でも知っている。特集に載せてもらった新人はまず間違いなく海外デビューできるという。なぜ梨恵にそんな取材が……。


「君と健一くんにも取材したいことがいくつかあるって」


「俺たちにもか⁉︎」


「うん! 後日電話しますって」


 嬉しい。あの憧れていた『ピアノライフ』に載るかもしれない。そしたら里美と交わした約束にまた一歩近づく。


 ……でも本当にそんな偶然あるのか? まあいい。俺には勝たなきゃいけない勝負がある。


 今は目の前のことにだけ集中しよう。




◇◇◇◇◇




「先に行ってて」


「うん、わかった」


 部活終わり、健一はチャリを取りに行ったため、俺は梨恵と2人きりになった。


「どんな裏技を使ったんだよ」


「何のこと?」


「とぼけるな。普通に考えてあんな大物出版社がうちの文化祭に来るわけないだろ」


「……魔法を使ったんだよ。君のピアノを聴くためにね」


 そこから先は何を訊いても答えてはくれなかった。次は何弾く? ラヴェル? それともドビュッシー? そんなことしか言いやしない。


「梨恵の魔法は便利だけど、大切な人との別れを食い止めることはできない」


「そうだね」


「だから魔法を使いすぎて後悔しないように。こんな平凡な日でもさよならは待ってはくれないから」


「何だか遠くへ行っちゃうみたいな言い方だね」


「どうだろうな」


 言うべきことは言った。あとは天に任せよう。


「じゃあ、また明日ね」


 別れ際、彼女は特別何かを言うこともなく、帰っていく。


「後悔しないね?」


「ああ」


 俺は書き終えた遺書を健一に渡す。


 このやり方が正しいなんて思っていない。

 でも俺はこの恋を不完全な形で終わらせたくないんだ。

 

 ……梨恵、許してほしい。

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