第14話 健一の告白

 ……あれからどうなったんだろう。

 確か梨恵に気持ちを伝えようとしたら倒れて……。


「ここは……」


「大丈夫⁉︎ 待ってて、すぐ先生呼んでくるから」


 知らないベッドの感触に病院特有の消毒液のにおい。どうやら俺は病院に運び込まれたようだった。


「普段運動しないくせにいきなり走るからだよ」


「いたのか健一」


「梨恵ちゃんから電話で『助けて』って言われたときはどうなることかと思った」


 健一はベッドの横の椅子に座って、ため息をつく。



「色々迷惑かけて悪かったな」



「いいや。謝るのは僕の方だ」



「何言ってんだよ、あれは俺の方が……」



 言葉を遮るように健一は言った。



「僕さ、フラれたんだよ」



「えっ……」


 ……健一が? ありえない。だって2人はあんなに仲睦まじくしていたのに。


「夏祭りの日。純が2人きりにしてくれたあのとき」


 健一が急に帰ったこと、その後連絡が途絶えたこと。冷静に考えれば合点がいった。



「本当は知ってたんだ。僕じゃダメだって」



「じゃあなんで」



「大切な人しか見えていない彼女にせめてアピールしておきたかったんだ」



「大切な人?」



「彼女はその人のことをいつも自慢げに話していて、その人といるときはいつも居心地の良さそうな顔をして、その人のためなら何でもできて……」



「誰だよそれ」



「バカなのか? ……純、君のことだよ」



 ……俺? 嘘だ、そんなはずがない。



「お前の思い違いってことはないのか?」



「じゃあ思い出してごらんよ。今まで彼女が純といることを苦痛に感じたことはあったかい?」



『今日からここは私と君の部屋になります!』


『私がそばにいて君の苦しさを和らげることはできる』


『バカで結構。こうして君と会えたんだし、結果オーライだよ』



 思い返せば、いつだって彼女は俺に優しく接してくれた。

 俺が怒ったり物に当たったりしたときも、俺を嫌うことなく接してくれた。



「ずっと羨ましかったよ。いつまでも彼女といれる純が。だから僕はヤケになってあんなことを言ってしまったんだ」


「そうだったのか……」


「本当に悪かったよ。結果的にここまで純を追い詰めたのは僕だ。今、純に絶交されても仕方ないと思ってる」


 

 ……俺だって健一の気持ちを知っていながら、梨恵と1ヶ月も過ごした。同罪だよ。


「お前は高校でできた唯一無二のダチだ。誰が絶交なんてするかよ」


「純……」


「俺はこれから先も3人で過ごしたい。あの夏祭りのときみたく、楽しい思い出をもっとつくりたい」


 俺も健一も彼女のことを想っていて、こんなことを願うのがどれだけ残酷かなんてことはわかってる。でも理想を押し付けないとやっていけない世界だってあるんだ。


「私も同意見!」


「梨恵ちゃんまで……」


「思い出をつくるためにピアノ部はあるんだから。さあ戻ろう? 私たちの居場所に」


 俺たちは互いにあやふやなまま過ごしていた。だけどこうしてちゃんと崩れた方がちゃんとやり直せる。


「仲直りってことでいいよな」


「……うん」


 俺は手を泳がせながらも健一の肩に触れる。すると、彼は声を押し殺して静かに泣いた。




◇◇◇◇◇




「はよー、また家出してきたよ」


「何しに来た」


「たまにはご飯作ってあげようと思って」


「お前は俺の親か!」


 病院から帰って一息ついていたその矢先、梨恵はまた家に上がり込んできた。


「どうせ私がいない間、ろくなもの食べてないんでしょ?」


 ……まあそれは。


「ご飯できるまで部屋で休んでなよ」


「わかった」


 でもその前にお礼を言うべき人がいた。


「昨日は……ありがとうな」


「昨日? 何かあったか?」


「じいちゃんのおかげで後悔せずに済んだよ」


「よく思い出せんが……良かったな少年」


 昔のじいちゃんはもういない。でもじいちゃんの孫を大切にする心は消えていなかった。

 だからその心があり続ける限り、俺もじいちゃんを大切にしようと思う。


 ……これが俺の答えだよ。梨恵。


 すると、キッチンの方から小さく笑う声がした。




◇◇◇◇◇




「できたよ。冷めるから早く食べて」


「これは……おじやか?」


「正解!」


「退院祝いがこれって少し寂しくないか?」


「病み上がりの人にはこれでいいの」


「でもこれじゃ栄養が取れないだろ」


「野菜たくさん入ってるから大丈夫。ビタミンAからビタ……」


「わかった、わかったよ」


 俺は投げ捨てるように言って飯に手をつけた。下手に首を突っ込むと話が倍になって返ってくるのは梨恵の面倒な癖だ。


「曲決めないとね。あと2週間しかないし」


「そうだな。梨恵と健一はもう決まってるのか?」


「うん。健一くんは《華麗なる大円舞曲》」


「それ大丈夫なのか?」


「何で?」


「あいつまだ初心者だろ。ショパンはまだ早いと思うんだが」


「健一くんさ、夏休みずっとピアノ頑張ってたみたい。今も私たちに追いつこうと、毎日練習してるんだよ」


「そう……なのか」


 ……知らなかったよ。健一が裏でそんなに努力をしていたなんて。


「なんだか夏休みの間、殻に閉じこもってた自分が情けなくなってきた」


「何言ってるの。君はちゃんとコンクールに出たでしょ?」


「まあそれはそうだが……」


 ……そうだ訊き忘れていた。


「梨恵は何を弾くんだ?」


「それは……内緒だよ」


「何だよそれ。ヒントは?」


「クラシック」


「お前もクラシック弾くのかよ。どうせなら流行りの曲にすりゃいいのに。その方が盛り上がるだろ」


「聴く人に1番気持ちを伝えられるのはクラシックだと思うから」


「そうかよ。まあ梨恵らしいな」


「でしょ? 君も早く決めてよね」


「次、学校行くときまでに考えとく」


「うん、待ってる」


 ……曲か。何にしよう。

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