第23話 帰京

 レンの乗った輿は都へ戻り、宮廷の一画で下ろされた。レンは輿を降りて驚いた。そこは皇帝の居所の前だったからだ。

「レン!」

 ケイが居所から駆け出してきて、レンに思い切り抱きついた。周りには、御者を始め、皇帝付きの官吏や女官もいるというのに、ケイには全くそれが目に入っていない様子だった。

 シュ・コウが、御者に去るように命じ、女官や官吏たちを遠ざけた。

 ケイはレンを抱きしめたまま、

「良かった。戻ってきてくれて、本当に良かった」と言った。

「ごめん……」

 レンはケイに申し訳なくて、胸が苦しかった。

 ケイが、

「シュ・コウ」と、コウに呼びかけた。

「はい」

「部屋を用意しろ。今日からレンにはそこで寝泊まりしてもらう」

 レンは驚いてケイを見た。

「どうして……」

 ケイがレンを睨んだ。

「もう宿舎には戻らせない。それに、都省でも働かせない。私の側にずっと置いておく。二度と外に出さない」

 レンは青ざめて、ケイに訴えかけた。

「ごめん。ケイ。もう黙ってどこかへ行ったりしないから。だから、そんな事言わないでくれ」

 ケイがレンを抱きしめる力がさらに強くなった。

「そうやって、また何かするつもりか? ジョ・リョクのために」

 レンはケイを引き離して、

「黙って勝手な事をしたのは、本当に申し訳なく思ってる。でも、リョクの事はどうしても助けたいんだ。だから、リョクのためならするかもしれない」と言った。

 ケイがショックを受けた様子で、

「レン……」とつぶやいた。

「多分俺は、リョクを助けるためだったら何だってする」

 ケイが悲しみと怒りが混ざったような表情を浮かべ、

「レンは、私とジョ・リョクのどちらが大事なんだ? 私の事が好きだと言ったくせに!」と言った。

「もちろんケイは大事だけど、友だちの命には代えられない」

 ケイは堪えるような表情を浮かべ、そしてレンを見た。

「それなら……。それなら、私が絶対にジョ・リョクの命を助けるから、だからレンはもう何もしないでくれ」

「本当に?」

「ああ。前にもそう約束しただろう? だけど、ジョ・リョクが助かったら、約束どおり、レンの事は私の好きにさせてもらう」

 リョクを助ける事ができるなら、多少自由を奪われる事になっても、受け入れざるを得ないだろう。それに、それがケイの望む事ならレンにとっても本望だ。

「分かった……」

 レンが頷くと、ケイがため息をついた。

「どうして勝手な事をしたんだ?」

「だって、ジョ・ハク様が謀反を起こそうとしていると思ったから……。リョクがそれに加担したら、ケイの立場上、リョクの刑を軽くする事なんてできないと思ったんだ。どうしても、リョクを助けたかった。だから、勝手な事をしてしまった。ごめん……」

「……私の事を信じてもらえなかったって事か」

「本当にごめん」

「もう、いいよ」

 ケイが、今度は優しくレンを抱きしめ、レンの頭を撫でた。そして、

「無事に戻って来てくれたから、それでいい。だからもう、勝手にいなくならないでくれ」と言った。

 その二日後、ジョ一家が都へ送還されてきた。レンはそれを知っていたから、市中に行き、リョクに会いに行こうと思っていた。

 レンは部屋の扉を開けようとしたが、扉がびくともしない。

 ケイは言葉どおり、自らの居所の近くに部屋を用意してレンに与えた。あの時ケイは、レンを閉じ込めるような事を言っていたが、実際はそんな事はなく出入りは自由だった。一時的に感情的になって出た言葉で、本気ではなかったのだろう。

 しかし、今は部屋の扉が閉ざされている。

《リョクに会わせないつもりなのか?》

 レンは扉を両手の拳で強く叩いた。

「誰か! 開けてくれ!」

 しかし、外からの反応はなかった。

 レンはしばらく扉を叩き続けたが、扉は開かず、外に出る事は叶わなかった。

 外が暗くなった頃、扉の鍵を開ける音が聞こえた。レンは立ち上がって、扉の方を見た。

 入って来たのはケイだった。レンはケイに駆け寄った。

「どうして鍵を掛けたんだ? 俺をリョクと会わせないためか?」

「今は会わせる事ができない。だけど、後で絶対に会わせるから、信じて欲しい」

「本当に?」

「ああ。約束する」

「リョクは、どんな様子だ?」

「取り調べもあったし、疲れた様子だけど落ち着いてるよ」

「そうか……」

「だから、心配しないでくれ」

「…………」

「どうした?」

 レンはケイを睨んだ。

「黙って鍵を掛けるのはひどい……」

 ケイは慌てた様子で、

「だって、前の事があるから。レンが無理にジョ・リョクに会おうとして、騒ぎを起こすんじゃないかと心配で……」と弁解した。

 レンは内心、図星だと思ったが、顔には出さないようにした。

「でも、閉じ込められたりしたら、俺はケイの所有物なのかなって思ってしまうよ」

 ケイは首を振った。

「私は、レンを所有物だなんて思っていない。だけど……」

「だけど?」

「レンの事を独り占めしたくて仕方がない」

「――――!」

 レンは顔を赤らめた。

「だって私は、レンの事が好きなんだ。だから、ジョ・リョクの事ばかり優先されるのはいやだ。レンも私を好きなら、もっと私を優先して欲しい。それに、ジョ・リョクは……。彼は、本気でレンの事が好きだろう?」

 その言葉に、ケイは気付いていたのだと、レンは思った。

「どうして、そう思うんだ?」

「彼がレンを見る目は、友だちを見る目じゃなかった。それに、私に対して嫉妬心むき出しだった。あれは演技ではない。今回の事だって、いくら友だちのためだからと言って、ここまでできるわけがない。レンは気付いてなかった?」

 レンがリョクに告白されていて、その上でリョクに会いに行ったのだと知ったら、ケイは発狂するかもしれない。しかも、レンはリョクと共に逃げて、ケイの元へ戻らない覚悟だった。

「……リョクは、友だちだよ」

 レンは答えたが、ケイは首を振った。

「いや、絶対に違う。ジョ・リョクは絶対にレンに本気だった」

「そんな事は……」

 レンは否定するしかなかったが、ケイは絶対に譲らなかった。

「いや、これは絶対に間違いない。だから、いやなんだ。レンがジョ・リョクと会うのは」

 レンは、はっとした。

「やっぱり、俺を閉じ込めたのは、それが一番の理由か?」

「それは違う。本当にレンが心配だったからだ。ちゃんと時を見て、必ずジョ・リョクと会わせるよ」

「そう、か……」

 ケイがレンに近づき、レンを抱きしめた。

「だから、私が心配になるような事はしないで欲しい」

「分かった」

 レンはケイの腕の中で頷いた。

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