第22話 決断
馬に乗っているのは間違いなくリョクだった。
リョクはレンの前で馬を止め、馬から飛び降りてレンに駆け寄ってきた。
「レン! どうして!」
「リョク、会えて良かった」
レンはうれしかったが、リョクの表情は険しかった。
「すぐに都に戻ってくれ」
「リョク、ジョ・ハク様は何をされようとしているんだ?」
「…………」
リョクは、答えずに目を伏せた。
「やめさせる事はできないのか?」
「私にはできない」
「じゃあ、リョクだけ逃げる事はできないのか?」
「それもできない」
「俺と一緒でも、ダメか?」
リョクが驚いた様子で、レンを見つめた。
「どういう意味だ?」
「リョクが逃げてくれるなら、俺はリョクについて行く。リョクとずっと一緒にいる。だから、俺と一緒に逃げてくれないか?」
リョクを孤独にする訳にはいかなかった。リョクを逃すにはこれしかないとレンは思った。リョクの命を救えるなら、レンは一生をリョクと共にしようと覚悟を決めたのだ。
リョクは唖然とした様子だった。
レンはもう一度訴えかけた。
「リョク、俺と一緒に逃げよう」
「レンは、それでいいのか?」
レンは頷いた。
「ああ」
リョクは黙って考え込んでいたが、しばらくの沈黙の後、
「考えさせてくれ」と答えた。
「分かった。それじゃ、明日の夜、俺はここで待っている。もし、俺と一緒に逃げる覚悟ができたら、ここに来てくれ」
「分かった……」
「約束だ」
「ああ」
こうして、二人は別れた。
レンは約束の夜を迎えるまで、一体リョクはどちらを選ぶのか、気が気ではなかった。もしも来なければ、リョクは反乱に参加し、逆賊となってしまう。今の状況では、ジョ家にはとても勝ち目がない。
どうか逃げる道を選んで欲しいとレンは祈るような気持ちだった。リョクが留まる事を選んだなら、レンにはもうリョクを助ける事ができない。今夜が最後のチャンスだとレンは思った。
陽が落ちてから、レンは馬を引き、昨日の橋に戻った。馬を橋の欄干につなぎ、橋の上でリョクが来るのを待った。周りはとても静かで、時間がとても長く感じる。
だいぶ長い時間が過ぎて、体が冷えてきた。それでもレンは、夜が明けるのが怖いと思った。
しばらくして、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。それがどんどん近づいて来る。
レンは、昨日リョクが現れた方角を凝視した。やがて、暗闇の中を一頭の馬がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
馬は、昨日と同じようにレンの前で止まり、そして、昨日と同じようにリョクが飛び降りて来て、レンに駆け寄った。そして、レンを抱きしめた。
「リョク……!」
「レン。すごく冷えている。ごめん、待たせて」
リョクはレンの両肩に手を掛け、
「レン、一緒に行こう」と言った。
レンは安堵とうれしさで、胸がいっぱいになった。
「ああ」
二人はそれぞれ馬に乗り、夜の道を走り出した。まるで駆け落ちのようだとレンは思った。いや、これはまさに駆け落ちなのだ。ケイに対しては申し訳なく思っているし、愛おしい気持ちに変わりはない。でも今は、大事な友の命を救えたうれしさの方が大きかった。
レンはリョクの行く方へついて行った。
やがて、遠くに大きな建物が見えてきた。あれは、県境にある役所だ。なぜリョクは人気のない山の方ではなく、こんな場所へ来たのだろうとレンは不思議に思った。
リョクは、役所の方へまっすぐに進んで行く。それで、レンはようやく、リョクがあそこを目指しているのだと悟った。
「リョク! 待って!」
レンはリョクを止めようとしたが、リョクの馬は止まらなかった。二人はそのまま、役所の門の前に辿り着いた。
二人が現れると、門兵たちが警戒した様子で槍を構えた。
リョクは馬を降り、門兵たちに一礼した。
レンも慌てて馬を降りた。
リョクが、
「私はジョ・ハクの子、ジョ・リョクだ。ここの長に、ジョ・リョクと名乗る者が来ていると取り次いでもらいたい」と言った。
門兵たちは警戒を解かなかったが、一人が門の中へと入って行った。
レンはリョクの腕をつかんだ。
「リョク、まさか、投降するつもりか?」
リョクはレンを振り返り、「ああ」と言って、そして、ほほ笑んだ。
「レンがずっと側にいてくれるというのも、すごく魅力的な選択肢だと思ったけど、ごめん」
「なんで……」
「レンがここまでして私を逃がそうとするのは、こちらの状況がかなり悪いという事なのだろう? 勝ち目がない戦いなら、止めさせなければならない」
「家族を裏切って、大丈夫なのか?」
「レンと逃げるのも、こうして投降するのも、裏切りに違いはないよ」
やがて、門の中から長と思われる中年の男が兵士を数名引き連れて現れた。
長が、
「本当に、ジョ・リョクか?」とリョクに尋ねた。
「はい。ジョ・ハクの子、ジョ・リョクです。投降するために参りました。どうかこの身をお預かり下さい」
「そうか。分かった。中で話を聞く」
長が、レンの方に視線を向けた。
リョクがそれに気づいて、
「こちらは、都省の官吏、ソウ・レンです。私を説得するために都から来たのです。私が投降したのは、この者のおかげです。どうか丁重に扱って下さい」と言った。
「分かった。とにかく、話を聞く。それからだ」
二人は、兵士たちに取り囲まれ、役所の中へと連行された。レンとリョクは、役所の中の別々の部屋に閉じ込められて一夜を明かした。
翌日、大きく事態が動いた。朝になると、役所に宮廷直属の兵士たちが大勢現れた。兵士たちが、レンとリョクを部屋から外に連行した。兵士たちがリョクに縄を掛けたから、レンは声を上げた。
「どうして縛るのですか? リョクは自ら投降したのです。絶対に逃げたりしません!」
兵士たちがレンに厳しい視線を向け、
「罪人だからだ」と答えた。
リョクがレンに、
「いいんだ。大丈夫だから」と言った。
「ソウ・レンはこちらに」
兵士たちが、役所の敷地内に用意された輿の方へレンを促した。
「待って下さい。どうして輿があるのです?」
「都へ送り届ける」
「私だけ、都へ帰すつもりですか?」
すると、役所の長がレンに言った。
「都からあなたを捜索するよう命令が来ていた。見つけたら直ちに都へ送り返すようにとの命令だ」
レンは首を振った。
「私は帰りません。リョクと一緒にいます」
リョクから離れてしまったら、リョクがひどい目に遭うのではないかと、レンは心配だった。もう二度と会えないという事も有り得る。
すると、リョクが、
「レン。レンは都へ帰ってくれ」と言った。
「いやだ。俺もここに残る」
「レン。頼む。きっと都でまた会える。だから、先に帰ってくれ」
「いやだ」
「レン。どうか、私の想いを無駄にしないでくれ」
「え?」
レンは茫然とリョクを見つめた。
「レンが帰ってくれなければ、私がここに来た意味がなくなってしまう。私は、レンが私とずっと一緒にいてくれると言ってくれて本当にうれしかった。レンが私を助けるためにそこまで言ってくれた事、本当に感謝している。でも、私はレンが好きだ。だから、ここへ来る道を選んだ。私がどうしてこうしたのか、レンには分かるだろう? だから、私が選んだ道を無駄にしないで欲しい」
「あ……」
レンは言葉が出て来なかった。すべてレンのためなのだ。リョクがレンと逃げずに投降したのは、レンをケイの元に帰すためだった。
「さあ、乗って下さい」
レンは兵士たちに無理やり引っ張られる形で輿に乗せられた。
レンは輿の中から、
「リョク! 絶対に無事でいてくれ」と言った。
リョクは頷いて、
「ああ。必ずまた会おう」と答えた。
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