第21話 友を探して

 こんな時、都省務めだったのは幸いだった。都省は宮中のどの部署ともまんべんなく関わりがあって、各部署の情報が入って来る。レンはいつもよりも多めに様々な部署を行き来し、議事録を読み漁り、情報を仕入れた。各部署の情報を、点と点を結ぶように繋げていくと、見えて来る事が色々ある。

 レンは情報を仕入れながら、同時に書庫へ行き、国の法律、特に刑法を隅々まで読んで頭に入れた。法律を読む限り、現行の法体系において、ジョ一家が捕まった場合、リョクの無罪放免は難しい。皇后は廃妃となり賜薬。リョクを含めた家族も、家禄をすべて取り上げられ官位をはく奪された上で、良くて追放、悪ければ極刑だ。

 しかし、レンはふと、当然これを知っていたはずのジョ・ハクが、いくら娘を助けるためとはいえ、皇后の逃亡に手を貸すだろうかと考えた。ジョ家の存続を思えば、皇后を犠牲にする道を選ぶ方が自然だ。

 それでレンは気付いた。ジョ・ハクは挙兵し、クーデターを起こす気なのではないだろうか。一度クーデターに成功している人物だ。もう一度起こそうと思ったとしても不思議ではない。

 ジョ・ハクは当初、若いケイを皇帝に据えて、裏で政治を操ろうとしていた。しかし、ケイは、自ら政を行ったから、ジョ・ハクにとっては誤算だったはずだ。ではと、娘を皇后に仕立て上げた。次期皇帝の外戚となれば、将来的にジョ家が政権を掌握する事ができる。しかし、それも叶わない事となってしまった。こうなれば、ジョ家がこの国を掌握するには、皇帝を変える以外に方法はない。

《だとしたら、リョクを絶対に参加させるわけにはいかない》

 おそらくケイは、ジョ・ハクがクーデターを企てている事に既に気付いているだろう。ケイは絶対にリョクを救う事はできない。いや、初めから分かっていて、救う気はないのかもしれない。

 しかし、今回のクーデターと前回のクーデターの大きな違いは、現在の皇帝ケイが賢帝である事だ。国民からの支持の厚い皇帝を引きずり降ろそうとするのだから、それなりの大義名分が必要である。何かあるとしたら、血筋しか考えられない。ケイは側室の子だった。もし、母の身分が高い皇子がいれば、担ぎ上げる対象に選ばれる可能性が高い。

 レンは、可能性のある皇子をピックアップし、それぞれの居所を調べた。その内の一人が、最近都の外へ居所を移している事を突き止めた。

 そして、軍部から仕入れた兵の配置や、食料の輸送状況などの情報と照らし合わせ、国の西方にある県に狙いを定めた。その中でも、ジョ家が拠点にしそうな場所を絞り込もうとしたが、軍の動きを見ると、もう時間がないとレンは察した。数日後には攻め込まれてしまう可能性がある。逆算すると、今すぐにでも都を出なければ間に合わなかった。

 レンは、都省長がいない隙に馬の使用許可申請書を偽造し、印を捺した。そして、馬舎へ行って馬を借りると、人目につかないように宮廷を出た。

 レンは、時折馬を休ませながら西へと進んだ。丸二日馬を走らせると、ようやく目的の県に着いた。ここからは、いくつか目星を付けている場所はあるものの、ジョ一家がいる場所を自分で探して突き止めなければならない。

 レンは、間に合うだろうかと気が気でなかったが、きっとケイは攻撃を止めるよう命令してくれるはずだと考えていた。おそらく、既にケイはレンがここに来ている事に気付いているはずだ。レンがいるかもしれない場所を、ケイが攻撃させるはずがなかった。ケイの命令が間に合えば、攻撃は一旦保留になるはずだ。その間に、リョクを見つけて、クーデターを止めさせるか、リョクを逃がさなければならない。

 レンは目星を付けていた一つ目の街へ行き、あちこち聞き込みをしたが、そこは不発だった。

 二つ目の街へ移動し、歩き回って聞き込みをした。そして、酒場へ立ち寄った時、店に明らかに地元の人間ではない、屈強な男たちの集団がいるのを見つけた。

 レンは男たちに近付いて、

「こんばんは」と挨拶をした。

 男たちは一斉に視線をレンに向け、不信感を露わにした。そして、レンを頭の先から爪の先まで眺めまわした。しかし、レンは臆せずに、

「人を探していまして、お伺いしてもよろしいですか?」と尋ねた。

「なんだ?」

 男たちの一人がレンに答えた。

「ジョ・リョク様とおっしゃる方を探しています」

 リョクの名前を出すと、明らかに男たちの空気が変わった。レンは、この男たちはジョ家に関わっている者で間違いないと確信した。

「なぜ探しているのだ?」

 男の一人がレンに尋ねた。

「これを預かっておりまして……」

 レンは、懐から薄い木でできた短冊を取り出し、男たちの方に差し出した。短冊には押し花が貼り付けてあり、詩の一節が書かれていた。

 男たちは一斉にそれを覗き込んで、

「なんだこりゃ」と言った。

「詩です。ジョ・リョク様は学問に秀で、風流を愛していらっしゃる方ですから」

「こんな物、いらんと思うがな」

「お渡ししたいのですが、どこにいらっしゃるかご存じありませんか?」

「それは無理だな。お会いする事はできない」

「居場所をご存じなのですね? どうか会わせて頂けませんか?」

「だから、それは無理だ」

「そこをなんとかなりませんか?」

 食い下がるレンに、男たちは面倒そうな表情を浮かべた。

「では、それを預かってやる」

「本当に、ジョ・リョク様にお渡し頂けますか?」

「ああ」

 レンはとても信用できないと思った。そこで、少し話を盛ろうと考えた。

「これは、大変高名な方から託された物ですから、万が一、ジョ・リョク様ご本人に届かず、それをジョ・リョク様が知るところになれば、必ず罰せられる事になるでしょう。失礼ですが、あなた様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 堂々としたレンの様子に、男がたじろいだ。

「そんなに大事な物なら、預かりたくない」

「では、私をジョ・リョク様に会わせて下さい」

 男たちが困った様子で顔を見合わせた。レンの言っている事の真偽が分からず戸惑っているのだろう。すると、先ほどの男が一番気の弱そうな男に向かって、

「おまえが預かれ」と言った。

「ええ?」

 指名された男は嫌そうな表情を浮かべたが、渋々進み出て、

「私が預かります」と言った。

「名前は?」

「リ・キョです」

「では、リ・キョ様。必ず、ジョ・リョク様にお渡し下さい」

「はい」

 レンは、短冊を男に託した。

 彼らの後をつければ拠点の場所が分かると思ったが、それでなくても怪しまれているのに、危険が大きすぎると判断し、男たちが去って行く方角だけを確認して、レンは追う事をしなかった。

 レンはその街に一泊し、翌日の朝早くから川の方へと向かった。川には橋が架かっている場所がある。レンはその橋の上で川を見つめた。

 あの短冊に書かれた詩は、百年前に編集された詩編に掲載されている一編だ。遠くへ去ってしまう友を偲び、友が乗った舟を川辺で見送る。その詩の舞台となった場所はこの橋の周辺だと言われている。短冊には、詩の最後の一行だけを書いた。詩編に載っている詩とその解説をすべて暗記しているリョクになら、あの短冊の意味が分かるはずだ。あの短冊がリョクの元に届き、リョクが気付いてくれる事を祈るしかなかった。

 レンは橋の上でただただ待ち続けた。もし、今日中にリョクが来なければ、次はあの酒場に張り込み、昨晩の男たちの内の誰か一人でも見つけて、今度こそ尾行するしかないと考えていた。

 午後になり、日が西へ傾き始めた。

 レンがそろそろ夜の張り込みの事を考え始めた頃、遠くに馬の姿が見えた。そして、その馬は真っすぐにこちらに向かって駆けて来た。

 それを見て、レンは安堵した。

《リョク……》

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