第13話 恋愛相談
レンは、仕事の空き時間を見繕って、宮中で評判の女流作家に会いに行くことにした。その作家は、シン・ネイという女官なのだが、彼女の書いた恋愛小説が、今宮廷内で爆発的に流行っているのだ。そんな彼女の小説を読めば、恋人を演じるための参考になるのではないかとレンは考えた。そこで、その小説の複製があれば貸してもらおうとやってきたのだ。リョクにも貸してあげれば、きっと役に立つはずだ。
取り次いでもらっている間、廊下で待っていると、供を引きつれて皇后がやってきた。
レンは慌てて脇に寄り、皇后に頭を下げた。
「あら、ソウ・レンじゃない? どうしたの? あなたもシン女官に会いに来たの?」
「はい……」
すると、皇后がピンときたような表情を浮かべた。
「なるほど。お兄様の事、相談しにきたんでしょう?」
「え、いえ、その……」
「何? 私で良かったら相談に乗るわよ。私は妹なんだから、お兄様の事ならなんても知ってる。シン女官に相談するより、私に相談した方が絶対にいいでしょ?」
レンは困ったと思った。しかし、皇后は嬉々として楽しそうで、興味津々だ。おそらく、兄の恋愛事情を知りたいのだろう。
「畏れながら、ここでは人目がありますので……」
レンが言うと、
「じゃあ、庭園にでも行きましょう」と皇后が言った。それから、供の女官に向かって、
「ソウ・レンの取次は取り消すように言ってきなさい」と命令した。
レンは、
《強引だな》と思いつつ、皇后には逆らえないので、言うとおりにする事にした。
レンは、皇后について庭園に出た。皇后は、池のほとりに設置された長椅子に座ると、
「あなたも座って」とレンを促した。
皇后と共に座って良いものだろうか? と戸惑ったが、皇后が、
「早く」と急かしてきたので、レンは言われたとおり、皇后からなるべく離れて横並びで座った。皇后の供の女官は、二人の会話が聞こえないぐらいの場所で控えていた。
皇后が、
「それで、何を相談しにきたの?」と尋ねてきた。
レンは、別に相談をしに来たわけではなかったのだが、話を合わせておいた方が良いだろうと思い、それらしい話をする事にした。
「リョクはいつも私に優しくしてくれるのですが、リョクが男である私を本当に好きでいてくれているのか、時々自信がなくなるんです。皇后陛下から見ていかがでしょうか?」
すると、皇后が思い切り笑い出した。レンはどうしたのだろうと思った。
「信じられない。お兄様の事だから、まじめすぎて、ちゃんと愛情表現できてないのね?」
「は、はい……」
「許してあげて。お兄様はこれまで全然恋愛をして来なかったから、そういうのができないだけなの」
随分知ったような言い方をする、とレンは思ったが、妹だけあって、リョクの性格を良く分かっていると思った。
皇后がレンに自信満々な笑みを向けて言った。
「だけど、お兄様はあなたの事が本当に大好きだから安心して。それは絶対に間違いないから」
「本当ですか?」
レンは、なぜ皇后はこんな風に断言できるのだろうと思った。
「実は、お兄様があなたと交際してるって、お父様に話した時、お父様はお兄様を怒鳴りつけて、激怒なさったそうなの」
「え?」
レンは衝撃の事実に驚いた。リョクがハクの逆鱗に触れていたとは思ってもみなかった。
「でも、お兄様はお父様がどんなに反対されても、全く譲らなかった。これまで、お兄様は本当に絵に描いたような優等生で、お父様の言う事に逆らった事はなかったし、お父様の期待に常に応えていらした。そのお兄様が、あなたの事は全く譲らなかった。それで、お父様もお兄様が本気なのだと悟られて、最後には許して下さったそうよ。私、それを聞いて本当に驚いたわ。まさか、お兄様がそこまでなさるような大恋愛をするなんて、思ってもみなかったから。しかも、その相手が男だなんてね」
レンは、リョクがレンを守るために、そこまでしてくれていたという事実に、胸が熱くなった。
皇后がさらに、
「それに、お兄様が私に報告しにいらした時は、あなたがいかにすばらしい人かを熱心に説明して下さったわ」と言った。
「そうなのですか……」
「なんて言ってたか、知りたいでしょう?」
「はい……」
「確か……。とにかく頭が良くて、一つ言えば十理解してくれる。こんな人には今まで出会った事がなかった。話が合うから、話していてとても楽しい。そのうえ性格も素直でかわいいし、顔もかわいらしくてとても好きだ。ええと、あとは……」
「あ、あの、もういいです」
レンは恥ずかしくなって、皇后を止めた。いくら皇后に分かってもらうためとはいえ、随分と褒めてくれたのだと、レンは照れ臭くなった。
皇后がレンに笑顔を向けた。
「どう? 安心したでしょ? お兄様はあなたの事好きで好きで仕方がないのよ。あのお兄様の顔。あんな顔、今まで見た事ないわ。どうしたって、疑いようもないわよ。お兄様はあなたが大好きよ」
「そうですか……」
「不安になるなんて、時間の無駄よ。そんな暇があるなら、お兄様と仲良くしてればいいわ。私からそれとなく、ちゃんと気持ちを伝えないとだめだって、言ってあげましょうか?」
レンは慌てて首を振った。
「いえ、それは結構です!」
レンの様子を見て、皇后が笑った。
「羨ましい。幸せそうで」
その言葉には、「私は幸せではない」という気持ちが込められていた。それは、間接的にレンのせいだから、レンは皇后に申し訳なく思った。そして、皇后は三人も人を殺したような人だから、もっと怖い人なのかと思っていたが、実際に話してみるとそんな事はないのだなと思った。そして、この人に敵視され憎まれるような事にはなりたくないと、レンは思った。
レンは、改めてリョクに感謝の気持ちを伝えたくなった。そこでその日、リョクを夕食に誘った。
業務を終え、舎殿を出て歩き出すと、リョクがレンの手を握ってきた。レンは、すごく自然だなと思い、リョクの手を握り返した。
「リョク、ありがとう。俺、リョクには助けられてばかりだ」
すると、リョクがレンに穏やかな笑みを見せた。
「私はレンが大事だから、その気持ちに従って自然にしているだけだ」
その言葉に、レンは胸が熱くなった。
「聞いたんだ。リョクが俺の事を認めてもらうために、ジョ・ハク様をすごく苦労して説得したって。俺、全然知らなくて、本当にすまなかった」
「そんなの、レンが気にする事はない。さっきも言ったけど、私は私がそうしたくてしただけだから」
「……本当に、ありがとう、リョク」
二人はいつもの料理屋に着き、席に着いた。
リョクが、
「お酒飲む?」と冗談交じりに訊いてきた。
「飲まないよ」と、レンは笑って答えた。
「酔ったレンはかわいいから、見たいけどな」
「そういう事、言うなよ」
レンがわざと不貞腐れて見せると、リョクが楽しそうに笑った。
食事を終えて店の外に出ると、リョクが再びレンの手を握ってきた。
歩きながら、リョクがレンに、
「これから少し、家に寄っていかない?」と言った。
「今日はもう遅いから、帰るよ」
レンが断ると、リョクは少しがっかりした様子を見せた。
「そうか。そうだよな」
「明日また話せばいいだろ?」
「うん。そうだな」
二人は分かれ道に差し掛かり、手を振って別れた。
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