第12話 恋人のように
ある日、レンはリョクと共にジョ家を訪れた。ジョ家は都随一の豪邸で、立派な門構えと高い塀を見るだけで引け目を感じてしまう。
広々とした部屋に豪華な膳が用意され、レンは増々恐縮し、緊張した。
「本日はお招き頂きましてありがとうございます」
レンが挨拶をすると、ハクが、
「そこに座れ」とレンに指示した。
レンは言われたとおり、ハクの斜め前の席に座った。リョクもレンの隣に腰を下ろした。
「まずは飲め」
ハクがレンの方に酒器を傾けた。レンは内心、
《酒かあ……》
と思いつつ、断る事はできないので、杯を持って差し出した。
ハクがレンの杯に酒を注ぎ、レンがハクの杯に酒を注ぎ返した。
ハク、レン、リョクはそれぞれの杯を重ねて乾杯し、酒に口を付けた。酒を飲むリョクを横目で見ながら、
《リョクって普通に飲めるんだな》
と、レンは思った。リョクはレンと食事をする時、一度も酒を飲もうと言ってきた事がなかった。だからレンは、リョクは酒が飲めないものだと思い込んでいた。
「二人とも、もう業務には慣れたか?」
ハクの問いに、レンとリョクは頷いた。
リョクが、
「はい。もうだいぶ慣れました。まだまだお役に立てる水準ではないかもしれませんが」と答えた。
ハクがレンに、
「ソウ君は、どうだ?」と尋ねてきた。
「はい。私もだいぶ慣れました。分からない事はまだまだ多いのですが、一日でも早くお役に立てるよう、学んでいく所存です」
「ソウ君は、入宮前は一体どこで学んできたんだ?」
「学者の先生に師事して学んでおりました」
「学校ではないのか?」
「はい」
「大したものだな。トンサン市の神童だっただろう?」
レンは恐縮した。
「いえ、そのような、大したものではございません」
「いや、あの規模の街から君のような天才が出たのはすごい事だ。そういえば、先日リョクと帰省していたな」
「はい」
「今から思えば、あの時リョクは妙に浮かれていて、あんなに楽しそうにしているのを初めて見ると思っていたんだ。今となっては納得だが」
リョクが恥ずかしそうに、
「父上、そのようなお話はご容赦下さい」と言った。
「別にいいではないか。ソウ君は、リョクのどこが好きなんだ?」
「父上!」
リョクが顔を赤らめた。
レンはどうしようか、と思ったが、素直にリョクの尊敬できる部分を全部言ってみようと思った。
「リョクはとても優秀で家柄も良いのに、それを鼻にかけるところが全然なくて、常に謙虚です。どんなことがあってもいつも落ち着いていますし、感情の起伏が穏やかで、私にいつも優しくしてくれます。それに、芯は強いけど、自我を突き通す事はなくて、さりげなく人に合わせる事ができる所もとても尊敬しています。仕事も、与えられた業務だけでなく、自分から率先して仕事を見つけますし、求められた成果以上の結果を出せます。それに……」
レンが続けようとすると、ハクが笑い出した。
「ソウ君もリョクにベタ惚れのようだな」
レンは、はっとして、恥ずかしくなって、リョクの方を見た。リョクは照れ臭そうな表情を浮かべていた。
ハクが、「まあ、飲め」と言って、レンの杯に酒器を傾けたので、レンは慌てて、
「恐縮でございますが、実は私は酒に弱いのです」と言った。
ハクが手を止めてレンを見た。
「そうなのか?」
「はい。あまり飲んでご迷惑をお掛けしては申し訳ありませんので」
レンが言うと、ハクが、
「では、今日はうちに泊まっていくといい」と言った。
レンは増々恐縮した。
「いえ、そのような、ご迷惑は……」
「迷惑ではない。なあ、リョク」
リョクは、「はい」と頷き、それからレンに、
「遠慮しないで、泊まって行くといいよ。その方が安心だから」と言った。
「そう、ですか。……それでは、遠慮なく泊まらせて頂きます」
こうして、レンはその日、ジョ家の屋敷に泊まる事となった。
泊まる前提で酒を注がれたから、結局、レンとしてはまあまあの量の酒を飲んでしまった。
食事を終えて部屋を出たレンは、ふらつきながら廊下を歩いた。
「大丈夫か?」
リョクがレンの体を支えながら付き添った。
「ああ。大丈夫」
そう答えるその言葉が、呂律が回っていなかった。
リョクが部屋の引き戸を開き、レンを支えながら中に入った。部屋には既に寝具が敷かれていたが、二つの寝具がくっつく形で敷かれていた。
リョクが慌てた様子で、
「恋人だからって、気を利かせたみたいだ」と言ったが、今のレンにはどうでもいい事だった。とにかく、何でもいいから早く横になりたい。
レンは寝具に倒れ込み、ふうっと大きく息を吐いた。横になると、少し楽になる。
その様子を見たリョクが、
「それほど飲んでないのに……。本当に弱いんだな」と言った。
「だから言ったろう? リョクは普通に飲めるんだな」
「ああ。普通には」
「いつも飲まないから、飲めないと思ってた」
「レンが飲もうって言わないから、レンは飲めないんだと思って」
リョクは自分に気を遣ってくれていたのか、と、レンはぼんやりしつつも思った。
「そういうところ、ほんと好き」
「…………」
なぜか、リョクが黙った。なんだろうと思いつつ、レンはうとうとして、そのまま眠ってしまった。
朝、目が覚めると、レンは頭の重さに顔をしかめた。
《ああ、酒嫌い……》
目の前にリョクがいて寝息を立てていた。
《すごい近い……》
レンとリョクの寝具はくっついているから、リョクは手を伸ばせば届く距離にいた。レンは、この部屋に来た記憶があいまいだった。
《だめだ。寝る前の事、思い出せない》
そんな風に思っていると、リョクが少し動いて、微かに目を開けた。
「おはよう」
レンが声を掛けると、リョクが、
「おはよう」と返してきた。
「あの、俺昨日大丈夫だった?」
「大分酔ってたよ」
「そうだよな……。昨日の事、あまり覚えてなくて……。ボロは出てなかったよな?」
レンがそう言うと、急にリョクがレンの方に体を寄せてきて、レンを抱きしめたから、レンは驚いて、「何?」と言った。
すると、リョクが「しっ」と言って声を潜めた。
「誰かいる」
「え?」
レンは驚いて顔を上げようとしたが、リョクはそれを止めるように、レンの頭に手を添えた。
「自然にしてよう」
「自然にって……」
「恋人みたいに自然に」
そう言いながらも、リョクはぎこちなくてガチガチだった。しばらくして、リョクが、
「行ったみたいだ」と言った。
レンは思わず吹き出した。
リョクが不思議そうに、
「どうしたんだ?」と言った。
「全然自然じゃなかったから」
すると、リョクの顔がみるみる赤くなった。
「ごめん。私はこういうの分からなくて。恋人なんていた事ないし」
「さっきみたいじゃ、バレるよ」
「そうだよな……」
本当にリョクはまじめなのだなと、レンは思った。しかし、恋人を演じる以上、触れ合う事にもう少し慣れておかないと、いくらそれ以外の演技がうまくても、いざという時にボロが出るかもしれない。
「リョク、少し慣らそう」
「え?」
「少なくとも、俺と抱き合うぐらい平気でできるようにならないと」
レンはそう言うと、リョクを優しく抱きしめた。
リョクはレンの腕の中で、完全に固まってしまっている。
レンは、
「力抜いて」と言った。
「うん」
リョクは言われたとおり力を抜こうとしているが、まだまだ固い。
レンは、もう少し強い刺激を与えれば、抱きしめられるぐらいは何とも思わなくなるのではないかと思った。何も知らないうぶなリョクに、こんなことをして申し訳ないと思いつつ、リョクを抱きしめたまま、リョクの頬に唇を当てた。
「レン⁈」
リョクの声が裏返った。
レンはリョクを離して、
「どう? 少しは慣れた?」と訊いた。
リョクの顔は耳まで真っ赤で、それどころではないという様子だった。
レンはリョクにほほ笑みかけ、
「大丈夫。そのうち慣れるから」と言った。
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