第11話 恋人宣言
レンがリョクの提案を受け入れると答えてから、二日が経った。その日の業務を終えたレンとリョクは、共にいつもの料理屋を訪れた。
向かい合わせで席に座ると、リョクがレンに言った。
「父の許しをもらえた」
「本当に? 大丈夫だったか? 反対されなかった?」
「最初は反対されたけど、最後には分かってもらえたよ。皇后陛下にも話しておいた。びっくりしてたけど、受け入れてもらえたよ」
「そうか……。ありがとう」
「もう、後戻りはできない」
「ああ」
「五日後に園遊会があるだろう? その時に、皇帝陛下と皇后陛下の前で、レンと交際していると報告しようと思う」
「分かった……」
レンは頷いた。
園遊会は年二回、宮廷の庭園で開かれる。貴族や官僚を始め、高名な学者や有識者も招かれ、直接皇帝と対面できる貴重な催しだ。
その催しの場で、リョクは、レンと恋人同士であると公表しようというのだ。たくさんの人が一同に会する場だから、確かに効果的だろうとレンも思った。
そして、園遊会当日となった。その日は園遊会日和の好天に恵まれ、庭園のあちこちでたくさんの人々が歓談していた。
レンは庭園へ行くと、リョクの姿を探した。
「レン!」
呼びかけられて、レンは振り返った。そこにリョクがいて、レンの方に駆け寄って来た。
「おはよう」
「おはよう」
「こっちに来て」
「ああ」
リョクはレンの手をつかみ、歩き出した。行った先に、ハクと中年の女性が立っていた。女性は、ジョ夫人、リョクの母だろう。夫人の顔を見て、やはりリョクは母親似なのだなとレンは思った。
「父上、母上、ソウ・レン君です」
リョクが父と母にレンを紹介した。
ハクとは面識があるが、ジョ夫人とは初対面だったので、レンはまず二人に向かって一礼し、それから、ジョ夫人に向き直って、
「はじめまして。都省のソウ・レンです」と自己紹介をした。
リョクの父と母は、レンの事を快く思わないのではないかと心配していたが、思いのほか二人の表情は穏やかだった。
「リョクから話は聞いています。登用試験に首席合格した秀才だそうですね。それに、可愛らしいわ。リョクの恋人が男の子だと聞いて驚いたけど、あなたならあるわね」
「恐縮に存じます……」
レンは夫人に頭を下げた。
ハクがレンに、
「皇帝陛下に挨拶に行くから、君も一緒に来なさい」と言った。
レンは驚いたが、リョクがレンに向かって小さく頷いたので、
「承知致しました」と答えた。
レンは、ジョ一家と共に歩き出した。その間、リョクはずっとレンの手を握っていた。
ケイと皇后は、他の官僚と話をしていた。その会話が終わる頃を見計らい、ハクがケイに、
「陛下」と声を掛けた。
こちらに目をやったケイは、ジョ家と共にやってきたレンを見て、少し驚いた表情を浮かべた。そして、リョクとレンが手をつないでいるのに気付き、微かに眉をひそめた。
レンの緊張は最高潮に達していた。そして、これからケイの事を傷付けてしまうのだと思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。なるべく、感情を押し殺そうと、レンは堪えて覚悟を決めた。
ハクがケイに頭を下げ、
「皇帝陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しく、天候にも恵まれ、すばらしい園遊会でございます。お招き頂き、ジョ家一同、誠に感謝申し上げます」と挨拶をした。
それに合わせて、夫人、リョク、レンも、ケイと皇后に頭を下げた。さすがにリョクはレンの手を離している。
「ジョ家もみな健勝でなによりだ」
ケイはちらりちらりとレンの方に視線を向けた。レンはケイと目が合わないよう、目を伏せた。
皇后がリョクに向かい、
「早速一緒にいらっしゃったのね」と声を掛けた。その言葉に、ケイが皇后に視線を向けた。
「どういう事だ?」
「驚かれると思いますわ。お兄様、陛下にご報告されてはいかがですか?」
リョクがケイに、
「このような場で恐縮でございますが、ご報告させて頂きます」と切り出した。
「なんだ?」
「私は、ここにいるソウ・レンと、恋人として交際させて頂いております」
リョクの言葉に、ケイが唖然とした様子で目を見開いた。
「なんだって?」
その様子を見た皇后がケイに、
「驚かれるのも無理はありません。私も兄から初めて聞いた時は驚きました。これまで色恋沙汰の全くなかった兄が、まさか男性を好きになるとは思ってもみませんでしたから」と言った。
ハクが、
「お恥ずかしい限りです。ジョ家の嫡男ともあろうものが、同性と恋愛とは。ただ、本人も嫡男としての責任は果たすと申しておりますし、ソウ君については本気で、絶対に譲れないと申すものですから、私どもも折れた次第です」と言った。
ケイが、
「嘘だろう?」とつぶやいた。その言葉は、明らかにレンに向けられたものだった。
皇后がケイに、
「陛下、どうか偏見をお持ちにならないで下さい。妹として申し上げさせて頂きますが、兄は本気でソウ・レンの事を愛しているようなのです。ですから、温かい目で見守って下さい」と言った。
ケイは、しばらく黙っていたが、
「もういい……」
と言うと、一同に背を向け、歩いて行ってしまった。
「陛下」
皇后が慌ててその後を追って行った。
レンはその様子に、胸が張り裂けそうだった。すると、リョクがレンの手を力強く握ってきた。リョクの顔を見ると、穏やかな笑みを浮かべている。気をしっかり持って、演技を続けろと言っているのだと、レンは察した。
レンとリョクが恋人同士であるという事実は、その日のうちに宮廷中に広まった。園遊会の間中、レンとリョクは手をつないで歩き、わざと仲睦まじい様子を周りに見せびらかした。
レンは内心、リョクはすごいと思った。さすが、頭が良いだけあって、演技に一縷の不自然さもない。本当にリョクが自分の事を愛しているのではないかと、レンでさえ錯覚しそうだった。だから、レンも、本気でリョクを愛しているように演じ切った。
園遊会が終わり、帰り際、人気がなくなったところで、レンはリョクに頭を下げた。
「リョク、今日はありがとう」
「改まらなくていいよ。私とレンの仲だろう?」
レンは周りに目をやった。人気はないが、リョクはどこで誰が見ているか分からないから、気を抜いていないのだろう。
「そうか。そうだな……」
「レン、父と母が、今度レンを家に連れてくるようにって言ってるんだ」
「え? リョクの家に?」
「うん。来られるか?」
「ああ。大丈夫だよ」
「じゃあ、日にちが決まったらお願いするよ」
「ああ」
「それじゃ、また明日」
「ああ。また明日」
そうして、リョクは家に帰って行った。一人になったレンは大きく息を吐いた。とても疲れた一日だった。
レンが宿舎に戻ろうとすると、こちらに、ケイの側近が近付いてくるのが見えた。レンは、頭から冷や水を掛けられたような気持ちになった。
側近はレンに、
「皇帝陛下がお呼びだ」と伝えた。
レンは覚悟を決め、「はい」と答えて、いつもの舎殿に向かって歩き出した。
部屋に入ると、今日はテーブルの上に料理はなかった。ケイは、いつもどおり長椅子に座っている。
レンは入り口近くに立っていたが、ケイが、
「こっちに来て」と言ったので、少しだけ前に進んだ。
ケイは真顔で、
「今日のあれはどういう事?」と尋ねてきた。
レンは心を鬼にして、
「見たとおりだよ」と答えた。
「ジョ・リョクと恋人だなんて、嘘なんだろ? この前、友だちだと言ってたじゃないか」
「この前まで友だちだったけど、恋人になったんだ」
レンの言葉に、ケイの目が鋭くなった。
「嘘だ」
ケイが立ち上がり、レンの方に近づいてきた。手の届く距離にならないよう、レンは後ずさって距離を保った。
「ほんとだよ」
「まさか、あの時……。あの日、実家に帰らなかったのか?」
ケイがレンに厳しい視線を向けた。
レンは、リョクを守るためには、ケイにどう思われても仕方がないと思った。
「ああ。帰らなかった。あの日をきっかけに、俺とリョクは恋人同士になった」
「嘘だ」
「ほんとだよ」
「じゃあ、どうして、ここで私とあんな風に過ごしたんだ? 私を好きだからじゃなかったのか?」
「ケイは皇帝だから、逆らえなかったんだ」
ケイの顔から血の気が引いた。本当にショックを受けている様子だ。
「レン、私はレンが好きなんだ、子供の時からずっと。レンも私の事を好きじゃなかったのか?」
「前にも言ったけど、子供の頃はケイを女の子だと思っていたし、皇帝になる人だなんて知らなかったから。だけど、今は違う」
「ジョ・リョクだって、男じゃないか。どうして私はだめなんだ?」
「皇帝だから。ケイには皇后陛下だっているだろう?」
「あれは政略結婚で、ただの飾りだ!」
ケイが声を荒げた。こんなのを皇后に知られたら、間違いなく自分は消されるとレンは思った。
「ケイ。もう俺の事は忘れて欲しい。もうここにも呼ばないで欲しい。頼む」
「いやだ。レンじゃなきゃだめだ」
「お願いだ。俺はリョクを裏切れない」
ケイは今にも泣き出しそうだった。レンも泣いてしまいそうだったが、必死でそれを堪えた。
「レン。本当に? 本当にもう、私の事は好きじゃない?」
「好きじゃない。ごめん」
これ以上ここにいたら、取り繕えないと思った。レンは、ケイに背を向け、部屋を出て行った。
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