第3話 恋の終わり

 ある朝、レンが目覚めると、ケイの姿がなかった。兄と弟はまだ眠っている。起きるにはまだ早い時間だが、居間から人の話し声が聞こえてきたので、レンは起きて、居間へ行った。

 居間には父がいて、父の前に見知らぬ男がいた。服装からして、身分が高そうな男だ。レンは男と目が合った。父がそれに気づいて、レンの方を振り返った。レンを見て、父は気まずそうな表情を浮かべた。

「レン、部屋に戻っていなさい」

 なぜか、レンは胸騒ぎを覚えた。こんな事は今までになかった事だ。これはケイに関係する事なのではないかと、レンは直感的に思った。

 レンは、「はい」と答えて居間を出た。しかし、寝室には戻らずに、居間の入り口近くに隠れ、耳を澄ませた。

「今まで本当にご苦労だった。これは今回の禄だ」

「恐縮にございます。既に禄は頂いておりましたのに、さらにとは……」

「皇子様のご命令だ。ここにいる間、そなたたち家族には本当に良くしてもらったと感謝されていた」

「ありがたきお言葉に存じます」

「重大な任務をよくぞやり遂げてくれた」

 レンの心臓の鼓動が速くなった。今の会話で、すべてを悟ってしまったが、まだ信じたくないという気持ちが大きかった。

《これはケイの事だ……。父さんは、任務でケイを匿っていたんだ……。そして、『皇子様』というのは、ケイの事……。ケイは皇子……。男、だったのか……?》

 レンは、音を立てないように居間を離れて寝室に戻り、寝室の引き戸をそっと開けて庭に出た。裸足のまま、通りの方に出ると、そこに立派な輿があり、たくさんの人たちが控えていた。あの輿の中に、ケイがいる。レンはそう思って、輿の方に向かって、

「ケイ」と呼び掛けた。

 すると、周りにいた従者たちが、一斉にレンの方を見て、そのうちの一人が険しい形相でレンの方に歩み寄ってきた。

 すると、輿の中から、

「待て」と声がした。

 レンの方に近付こうとしていた従者が足を止めた。

 輿の引き戸が開き、そこから出て来た人の姿を見て、レンは驚いて立ち尽くした。

 それは、確かにケイのはずなのに、これまで見てきた姿とは、まるで別人のような姿だった。きらびやかな絹の衣装を身に纏い、そしてその衣装は男性物だった。

 レンと目を合わせたケイは気まずそうな表情を浮かべた。

「ごめん、レン……」

「ケイ、これは、どういうことだ?」

 ケイは周りの従者たちに、

「少し話をしてくるから、ここで待っていてくれ」と言って、それからレンに向かい、

「全部話すから、行こう」と言って歩き出した。

 二人は、少し離れた場所に移動した。

 レンと向かい合わせになり、ケイはレンに深々と頭を下げた。

「レン、本当にごめん」

「……どういう事なのか、説明してくれよ」

「私は、本当はこの国の皇子なんだ」

 ケイの口から直接聞いて、レンは頭を殴られたような衝撃を受けた。ケイが皇族だったという事実も去る事ながら、ケイが男だという事実の方が何倍もレンにはショックだった。それでもレンは信じられなくて、

「皇子ってことは、ケイは、男なのか?」と尋ねた。

 ケイは頷いた。

「ああ。男だ」

 レンはケイを睨んだ。

「俺を騙してたのか?」

 ケイの顔が青ざめた。

「ごめん。仕方がなかったんだ。私は命を狙われてて……。それで、女の子のフリをしてここに逃げてきた。そうしなければ、殺されていたんだ」

「でも、だからって、なんで俺にあんな……。俺の事をからかっていたのか?」

 ケイは首を振った。

「違う。からかってなんかない。私はレンの事を……」

 レンはケイの言葉を遮るように、

「やめろよ!」と声を荒げた。

「レン……」

「男のくせに、気持ち悪い!」

「――――!」

 レンの言葉に、ケイは衝撃を受けた様子で茫然とした。

 レンは、全く予想だにしていなかった事実に混乱し、冷静さを完全に失った。そして、

「俺は、絶対に許さないからな! もう俺の前から消えてくれ!」と言って、その場から走り去ってしまった。

 レンはどんどん走って、川までやってきた。生まれて初めての恋を失った悲しみは、計り知れなかった。レンは河原の石を拾い、力を込めて川に投げ捨てた。意味もなく、それを何度も繰り返した。怒りと悲しみをどこへぶつけて良いのか、全く分からなかった。

 しばらくして家に戻ると、もう輿はなくなっていた。ケイは行ってしまったのだと思うと、心にぽっかりと穴が開いてしまったかのようだった。

 レンが家に入ると、居間には父がいて、

「そこに座りなさい」と言った。

 レンは、父の正面に座った。

 父が、

「すまなかった。レンには辛い思いをさせてしまった」と言った。

「ケイは、皇子様だったんですね?」

「ああ。前皇帝陛下の皇子様で、現皇帝陛下の弟君に当たるお方だ。側室のお子だったが、幼い頃から大変優秀な方でいらした。今の皇帝陛下の悪政は、レンも知っているだろう?」

「はい」

「それで、皇子様を皇帝に擁立しようとする派閥が生まれたんだ。しかし、皇帝陛下がそれに気づき、皇子様を亡き者にしようとした。だから、皇子様を隠す必要があったんだ。だから、皇子様は女の子のフリをして都を出、私は皇子様を保護するよう命じられた」

「そうだったんですね……」

「やっと、クーデターが成功し、皇子様が即位できる事となった。だからさっき、都から迎えが来たんだ」

「ケイは、皇帝なんだ……」

「そうだ」

 レンは、ケイとは決して結ばれる事はない運命なのだと痛感した。あの時の父の言葉の意味が、今になってやっと理解できた。父は本当の事をレンに言えず、苦しかっただろう。

「そんな事とは知らず、すみませんでした」

「いや。私も、レンと皇子様がまさかここまでの仲になるとは思っていなかったから、レンには申し訳ない事をしたと思っている」

「いえ……」

「大丈夫か?」

「はい。正直、今は辛いですが、きっと時が経てば忘れる事ができると思います」

「そうか。そうだ。早く忘れた方がいい」

「はい」

 レンは頷いた。

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