第3話和音の両親が病院に到着

高田看護師の連絡を受けて、午後5時過ぎに、今西和音の両親は病院に到着した。

そして、和音が眠る姿を見て、隣の小さな相談室に入る。


今西和音の父は、頭を下げ、名刺を杉本医師に手渡す。

「今西和音の父、今西桂と申します」

「都内の大学で、大学教授をしております」

「本日は、和音が大変、お世話になりまして」

「隣は妻の美和子です」

話しぶりからして、謹厳実直、礼儀正しい雰囲気。

美和子も、その胸を押さえて、頭を下げる。

ショックが大きいのか、顔が青い。


高田看護師が、これまでの経緯を説明すると、両親とも想定外の話だったようで、しっかりとは答えられない。

「うーん・・・どうして鎌倉にいたのか・・・」

「レッスンをしてもらっている先生は、家の近所で・・・駒場ですし」


杉本医師は、これ以上、病院に担ぎ込まれた事情は、両親には聞き出せないと判断した。

そして、高田看護師に、細かな入院等の手続きや、入院生活について説明をさせる。


高田看護師

「和音君の状態次第で、入院期間が変わります」

「頭部の打撲と、一時的な記憶喪失が確認されていますので・・・こちらでは、まず一週間の入院期間と考えています」

「それから、付き添いは不要です」

「着替え、洗濯も含めて、全てお任せください」


母の美和子が尋ねた。

「あの・・・面会は・・・大丈夫でしょうか」

「早く、目を開けた顔を見たくて、すごく不安で」


杉本医師は、難しい顔。

「いや・・・それは・・・その日は、こちらで判断します」

「彼の記憶がスムーズに戻れば、その日は早くなります」

「ただ、もう少し、慎重に見させてください」

「彼が何も思い出せない状態で、お互いに顔を合わせるのも、また・・・」


父の桂が、美和子の手を握る。

「美和子、今日のところは、仕方ないよ」

「病院を信じて、まずは治療優先」


母の美和子も、これ以上は話が進まないことを理解したようだ。

深く、頭を下げ、下を向くばかりになってしまった。

その雰囲気が重いことも懸念されたけれど、杉本医師は、どうしても両親に聞きたいことがあった。


杉本医師は父の桂の顔を見た。

「この入院のこととは、直接関係はないと思うのですが」

父の桂は、「はい、何でしょうか」と、杉本医師の顔を見る。


杉本医師

「和音君は・・・去年のコンクールで・・・優勝されて」

父の桂が驚いたような顔。

「はい・・・よくご存知で・・・確かに」

杉本医師は、父の桂の顔をじっと見る。

「いや、私も市民オーケストラにおりまして、彼の名前を耳にしたことがありまして」

「それで・・・圧倒的な技巧と情感で優勝されたとか」


父の桂は杉本医師の次の質問が読めない。

「はい、それで・・・」

杉本医師は、疑問を直接、ぶつけることにした。

「どうして、音大に進まれなかったんですか?」

「珍しいことで、何か理由が?」

「ごめんなさい、治療とは関係なく、あくまでも一人の音楽愛好者としての質問になります」


父の桂は、困ったような顔。

「うーん・・・それは・・・私も、そうなると思っていたんですが・・・」


下を向いていた、母の美和子が、ようやく顔を上げた。

「私も、本人に何度も聞いたんです、どうしてなの?って」

そして、首を横に振った。

「和音は、どうしても、音大には進みたくないって、言い張って」

「子供の頃から習っている先生も、たくさんの有名な先生を連れてきても、絶対に嫌って言い張って・・・そのまま、あの大学に」


この答えには、杉本医師も、高田看護師も、どう反応していいのか、全くわからない。


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