第108話 分かれて背を預け

「お、ラアア!」


 立ち塞がる帝国軍の部隊に飛び込み、まとめて吹き飛ばす。隊列は崩れ、難を逃れた数人が襲いかかってくるが、掌底で肩を打ち、回し蹴りで足元を掬う。地面に投げ出された物も含めて、持っていた武器を全て爪の一閃で破壊する。


「う、うわあぁー!?」


 崩壊した戦線の中で、剣を弾き返されて転んだ男に、帝国兵が斬りかかろうとしていた。振り下ろされる前に、横合いから飛びかかった俺が蹴りを放ち、相手の兵士は吹き飛んで昏倒した。手から離れた剣がからんと地面に転がる。


「前に出過ぎるな! 守り切れなくなる!」


 一喝すると、革命軍の男は間一髪の危機で青ざめさせた顔をこくこくと頷かせると、少しおぼつかない足取りで立ち上がり、再び駆けていった。

 やれやれまったく、本当にわかってんのかよ。


「けどまあ、ここまでは何とかなってるか」


 俺は周囲にざっと視線を巡らせる。

 外壁を突破し、目的であるバスダット監獄はもう目と鼻の先だ。俺は先陣を切って帝国軍の防衛線に突っ込み、可能な限り戦力を削りつつ、追いついてきた革命軍との衝突で両軍に犠牲者が出ないよう立ち回っていた。

 革命軍と帝国軍ともにかなりの数がいるが、ここは帝都という街の中。建物が所狭しと並び、横へ広がるには限りがあるため、一度に敵と交戦できる数は案外と少ない。そのため、何とか死者を出すことなくここまで来ている。ロベスピエールが全軍に、敵を殺してはならないと通達してくれたおかげもあるだろう。

 帝国側の魔法やら砲撃による遠距離からの攻撃も、俺やライルが撃たれる前に潰すか、放たれても着弾前に叩き落としているので、被害は出ていない。


「でも、この先は楽には行かなさそうだよ」


 魔法の障壁で背後の人たちを矢から守りながら、サナが進む先を見据える。


 目前に迫ったバスダット監獄。その周囲には、大きな倉庫と思しき建物が複数見える。近年に増設したらしい煉瓦造りのその入り口を、帝国の兵達が開いている。

 新しい大砲でも引っ張り出しているのかと思ったが、大きな鉄扉の向こうから現れたのは、別の物だった。


 けたたましい駆動音と足音を響かせ、ここまで伝わるくらい地面を揺らしながら、そいつは倉庫の中から顔を出す。倉庫は一帯の住宅よりもずっと大きいが、そいつの頭は天井すれすれで、屈んで出入口を潜り出てきた。

 鈍色の体は、帝国軍が灯す篝火の明かりを弱く反射させている。鋼鉄の四肢を繋ぐ関節の隙間から、歯車のような部品が動いているのが見える。全身鎧をそのまま巨大にしたかの如き姿で、兜の奥ではガラスの目玉が赤く光っている。


「何だあ? あのバカでかいの」


 一歩踏み出すだけで道路の石畳にヒビを走らせるふざけた重量の巨体を、唖然と見上げる。


「ギア・ゴーレムだよ。懐かしい」


 ギア・ゴーレム。

 魔導戦争でエンデュアル王国が生み出した兵器で、魔導機関を動力として駆動する鉄の巨人だ。個の強さは魔竜兵には劣るが、あちらのように暴走する危険がないため、エンデュアル王国の主戦力として戦争に投入された。戦後は、技術を盗んだ連合各国が自国の兵器として配備しているとか――全部ベンさんからの受け売りだ。当然実物を見るのは初めてだ。


「あれ? でもエンデュアルの技術って当時の連合で独占してんだろ? 帝国って連合軍に参加してたっけ?」

「最初は静観してたくせに、後期になって参戦してきたんだよ。最後だけ出しゃばって、技術とかはちゃっかり貰ってったんだからズルいよねー」


 当時を知るサナが、珍しく毒を滲ませて教えてくれる。これまでは隠してたけど、意外に根に持ってそうだなこれ……。


 そんな話をしている間に、他の倉庫からもギア・ゴーレムが次々と出てきて、俺たちの進路に立ちはだかる。その威容に革命軍の多くが身を竦ませる。思わず後ずさる者もいた。

 ま、このでかさじゃあ踏まれただけで即死だ。革命の気概が萎んでも責められなかろう。


「た、大変だー!」


 さらに追い打ちの知らせが舞い込む。


「帝城から、皇帝直属のっ、精鋭部隊も鎮圧に出てきた! し、しかも……率いているのは、あの双剣の勇者だ!」


 息を切らせて走り込んできた男の伝令に、動揺が走る。


「リリー……っ!」


 隣でライルが顔を歪める。守りたい人と戦場で対峙することになるかもしれない事態に、怖れが見て取れる。


 俺も思わず舌打ちをしていた。

 どうする? ここまでは、戦場がこの一か所だけだったから、全員を守り切れた。けれど、帝城からの援軍ということは、真っ直ぐに来れば前方の帝国軍と挟み撃ちにされる。

 二か所での同時の戦いになれば、手が回らなくなる可能性がぐっと増す。何より、率いているのはあのリリーだ。彼女の相手をしながら、犠牲者が出ないように守り切れるのか?

 いや、やるって決めたんだろうが。だったら、


「援軍の方は私が抑える。ティグル君たちはこのまま前進して」


 弱気が顔を出しかけ、それをへし折るかのように、サナが踵を返した。振り向く俺たちの視線を背に受けて、顔だけをこちらに向けて足を止める。


「ライル君はリリーさんとは戦えないでしょう? あのギア・ゴーレムも放置できない。なら、二人でささっとバスダット監獄を陥落させて。それまでは足止めしておくから」

「お、お前一人でかよ!? そりゃあいくら何でも」


 食い下がるライル。が、俺はそれを片手で制した。


「……頼めるか?」

「もちろん、任せてよ」


 不安を感じながら確認する俺に、サナは一遍の迷いも気負いもない笑顔を浮かべ、余裕に指でⅤの字まで作って肩越しに見せてきた。


 何故だろう。そんなふざけた様子を見ているだけで、もう心配はいらないと弱気は跡形もなく吹き飛んでいた。サナの強さは知っているし俺より頭良いから危なくなったら上手く逃げるだろうとか、理由はあるが、それだけでは説明し切れない安心感がある。

 ホント、不思議だよな。サナといると、何でもできそうな気さえしてくる。

そんな俺の表情を見て、サナは笑みをどこかこそばゆそうに崩すと、駆け出していった。革命軍の人々の間を縫って、ぐんぐんと遠ざかっていく。


「よっしゃあ! じゃあ、俺たちはさっさとあのデカブツを潰すぞ!」

「ちょっ!? 本当に一人で行かせて、っておい!?」


 サナの背が見えなくなる前に進むべき先へ向き直った俺は、未だウダウダ言っているライルを置いて、行く手を遮るギア・ゴーレムの一体に飛び掛かっていった。

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