第105話 唐突な予定された決起(2)

「おいおいおい、これって」

「本格的に革命が始まったってことだね」


 人々が武器を手に外へ雪崩出ていく光景に、俺は身を乗り出す。サナも、慌てている様子こそないが、幾分表情引き締まった表情で腰を上げた。


 突然の革命の勃発。そのことに、俺は動揺を隠せなかった。


 俺たちが身を寄せているのは、まさに今目の前で起きている、この革命という行為の成功を目的としている組織だ。そんなことは承知していた。しかし、静かな街の雰囲気、未だ今後の方針で議論を戦わせているここ議会場の様子から、実行に移されるのはまだ先のことだと思っていた。

 いや、表面上の雰囲気を感じることしかできない俺にはわからなかっただけで、実際は水面下で全ての準備は整っていたのかもしれない。それこそ、帝国側の人間に悟られないために、あえて末端の仲間にも知らせずに、決行の時を待っていたのかもしれない。


「それにしても、このタイミングって。なんつう間の悪い」


 よりによって、俺たちが帝国に、そしてこの議会場にやってきた、まさにこの時に決行されるとは、まるで計ったかのようではないか。自分は厄介事に居合わせる星の下にでも生まれたのかと頭を抱えたくなる。


「というより、計られたんじゃないかな。本当に、タイミングとか色々と」


 そんな俺の思考まで見通しているみたいに、サナが呟いた。

 どういうこと? と顔を向けると、サナは横合いへと視線を投げていた。その先にいたライルは、きょとん、としていたが、サナの視線はそのさらに背後に向けられていることに気づき、それを追って振り返る。


 俺とサナ、ライルの視線が集まった先にいたのは、ロランさんだ。俯かせた顔は唇を引き結び、押し黙っている。


「ロランさん? もしかして、知ってたんですか? 今日革命が起こるって」

「知っていたというより、私たちが来たから実行に移したって所じゃないかな」

「は?」


 意味がわからず、口を間抜けに開けたままサナを見やる。彼女は構わずロランさんを見つめていると、やがてロランさんは固く閉ざしていた口を緩ませ、一度息を吐いた。


「お見通しだった、ということですか?」

「可能性の一つとして考えていただけですよ。今は十中八九そうかな、と思ってますけど」


 大挙して外へと走る人々を横に見ながら、サナが軽く肩を竦める。

 ロランさんはもう一度、唇を横一文字に固くすると、視線をわずかに落としたまま口を開いた。


「我々には、二つの作戦が命じられていました。一つは、ご存知の通り双剣の勇者リリーの奪取。もう一つは、エガリテの代表として革命に参加することです」

「エガリテの代表?」

「この革命は、エガリテが帝国軍を引きつけている隙に蜂起する作戦だから、エガリテと革命軍の連携が大切。けれどそのためには、エガリテの状況やジョセフ大公の意思を正しく伝え、時には交渉を任せられる、信頼できる部下を革命軍に送り込む必要があったんだよ。それがカッヘルさん、ということですよね?」

「……その通りです。現地の責任者として、カッヘル様が革命軍に合流する。我々はその護衛として随行する。それがもう一つの作戦だったんです」

「というより、そっちが本命だったんでしょう?」


 サナの確認に、ロランさんは一拍の躊躇の後、頷いた。


「ちょ、ちょっと待て。だったら、リリーの救出は?」

「物のついでぐらいだったんじゃない? いや、ライル君をエガリテに引き込み協力させるための方便、かな? 実際に彼女を連れ出せるかどうかは、エガリテにとっては大した問題じゃなかったんだと思うよ。現に、奪取に失敗したのに、こうして革命の実行に踏み切っているわけだし」


 サナの淡々とした推察を、ロランさんは否定しなかった。黙ったまま、目を伏せている。その様子にライルが、「ふざ、けんじゃねぇ」と拳を握り締めて、震わせている。

 こいつは真剣に、自分の全てを賭けてでもリリーを救い出す気でいたんだ。それをエガリテは片手間程度にしか考えていなかったと知らされれば、裏切られたような気にもなるだろう。


「なら、俺たちは? ジョセフ大公は何で俺たちに協力を持ち掛けたんだよ?」

「ライル君の場合と同じだよ、多分。適当な理由で巻き込んで、なし崩し的に革命に協力させようって算段。口では、革命自体には関与しなくて良いと言いつつ、渦中に放り込むことさえできれば、勝手にどんどん首を突っ込んでくれるだろうって腹だったんだよ。私の過去の行動から、そう思われたんだろうけど……ホント、顔が知られてるのって嫌になるね」


 嫌気と諦めの混じった嘆息を吐くサナ。

 そんなテキトーな話ってあるか、と思わなくもなかったが、要するに俺たちの存在はおまけみたいなものだったということか。上手くいけば御の字、思った通りに運ばなくても大勢に影響するものではない。その程度に認識されていたということだろう。なんか癪に触るな。


「ま、そんなおまけの作戦に、何でカッヘルさんまで帝城に忍び込ませるなんて危険を冒したのかは疑問が残るけど」

「その点は何とも……私共も、ジョセフ様やカッヘル様のお考えの全てを知らされているわけではありませんから」


 目を伏せたままに、ロランさんが弱い声で漏らす。名前を聞いていないもう一人のエガリテ兵の彼も、こちらを直視せず、顔を俯かせている。


「騙すような真似をして、申し訳ありません。ですが、これだけはわかってほしいです」


 ロランさんがようやく、躊躇しながらも、俺たちの顔と向き合う。眉間は固く寄り、ひどく鋭い目で俺たちを見つめてくる。


「全ては、この国の未来のため。この革命を成功させ、これ以上私の曾祖父のような人たちを生まないため。その大義を果たすためなら、利用できるものは全て利用する。ジョセフ様も、決して褒められることではないとわかっていながら、そう決断されたのです」


 弁明、とは違う。ロランさんの声音に、許しを請う色は不思議と感じられない。ただ主君の思いを知っておいてほしい、そんな訴えに聞こえた。


「……皆さまが本当の作戦を知ったと、私からカッヘル様に伝えておきます。この混乱の中なら、国外に出るのも皆さまなら容易かと」


 つまり、真意を知られた今、もはや利用できるとも思えないので、ここで手を退いて構わないということだろう。


「二人は、これからどうするんですか?」


 視線を逸らしたロランさんが、俺の横を通って歩き去るのを呼び止め、尋ねる。


「カッヘル様と合流して、革命軍の一員として戦います。私たちも、この時をずっと待ち望んでいましたから」


 最後に、しっかりと俺の顔を見て「いずれ、またどこかで。その時には、私は学者になっているかもしれませんね」と、少しわざとらしい笑顔を浮かべて、ロランさんは再び歩き出した。出口へと殺到する群衆に紛れ、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。

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