第72話 カルムの食堂にて

「だああああ、今日も収獲なしかぁ~……」


 背もたれに体重を預け、俺は椅子の上でだらりと体を投げ出していた。


「なかなか思ったように行かないね。あっ、注文いいですか?」


 机の向かいに座ったサナは、だらしない俺の恰好に苦笑しながら店員を呼んだ。


 今俺たちがいるのは大衆向けの食事処だ。

 もう陽はすっかり落ちたが、店内は照明でまるで昼のように明るい。都市部では、この魔法石を使った照明が普及しているらしい。

 いいな、これ。うちの村にも欲しい。


 エルンストが魔人を復活させた事件から五日が過ぎた。


 事件の後、俺はサナと一緒に、俺の前世について、ここ学都カルム中の図書館を回って調べていた。

 しかし、今の所成果はまったくない。司書の人なんかにも尋ねてみたが、手掛かりの一つも掴めていないのだ。


「学問の街って呼ばれているくらいだから、ここなら何かわかると思ってたんだけどなぁ……おっ、きたきた」


 見通しの甘さを悔いている間に、もう注文した料理が運ばれてきた。湯気と共に食欲を誘う香りが漂う。

 並べられた料理に、俺とサナは同時に「いただきます」と手を合わせた。この祖神と大地やら海やらへの感謝の祈りは世界共通らしい。


「しっかし、これからどうしたもんかな。このまま闇雲に調べていても埒が明かない気がしてきたぜ……。おっ、これ美味い!」


 話しながら、口に運んだ料理の美味に目を丸くする。

 このパスタという食べ物、初めて食べたが病みつきになりそう。村じゃあ主食はパンか麦粥くらいしかなかったもんなぁ。


「あ、ティグル君。それはフォークで巻き取っていくと食べやすいよ」

「え? こう?」

「そうそう。……で、その今後のことなんだけど。別の切り口で調べてみたらどうかなって思ってて」

「別の切り口って?」

「これまでは魔物とか土地の絵とかから、ティグル君の前世の記憶と合致するものを探していたじゃない?

 そうじゃなくて、ティグル君がどうして転生したのか、というのを調べてみるのも一つの手かなって思うの」

「? どういうこと?」

「転生者って本当に珍しいの。で、珍しいってことは、それを引き起こした何らかの要因があるんじゃないかなって。その何かがわかれば」

「俺が何者だったのかを知る手掛かりになるかも、ってことか!」

「そう。どう、かな?」


 サナが若干不安そうに、窺い見てくる。


「いいじゃん! それで行こう! 行き詰ったかと思ったけど、まだ道があったってことだもんな! いやー、やっぱサナに手伝ってもらって正解だったよ! あっ、すみませんこれおかわりー!」

「あ、じゃあ私はこの煮込みを。……ふふ、よかった」


 それぞれに料理の追加注文をして、店員が離れていったのを見計らうように、サナが肩から力を抜いて笑った。なんか言い出すのに少し緊張していたみたいだけど、遠慮しなくていいのに。


「じゃあ、明日からは転生に関する資料探しか」

「それもいいけど……実は転生者について調べるに当たって、一つ心当たりがあって」


「心当たり?」と小首を傾げ、先を促す。


「噂で聞いただけなんだけどね。エガリテっていう国に、転生者がいるんだって。その人に会ってみるのはどうかなと」


 意外な内容に、軽く目を見開いた。

 俺以外の転生者、か。

 でも、そうだよな。珍しいとは言っても、世界に俺だけってわけはないわな。


「だけど、同じ転生者だからって、会って何かわかるもんかな?」

「それは何とも言えないけど、話しを聞かせてもらえたら、ティグル君との共通点とかが見つけるかもしれないし。何が転生のきっかけだったのかわからないから」

「まあ、手掛かりが多いに越したことはないもんな」


 何にしろまずは会ってみないことには、だな。無駄足だったら、その時はその時だ。


 と、そこでサナが注文した料理が運ばれてきた。

 塊の肉を野菜と一緒に、スプーンで身がほぐれるまで柔らかく煮込んだ品で、しかし味が全て染み出てしまっているということはなく、肉の身を崩した途端に肉汁が一気にこぼれてきた。油を含んだ肉汁がソースと混ざり合い、濃厚な香ばしさが立ち上がる。鼻腔に留まらず突き抜けた力強い香りが、次の食物を待ち構えていた胃袋を掻き立ててくる。


「えっと……少し食べる?」

「えっ、いいの!? やったありがとうー!」


 自分の品が来ないお預け状態なのもあって、思わず凝視してしまっていると、サナが気を遣ってくれた。

 ちょっと申し訳ない思いもしたが、正直すごく食べてみたかったので、ここはありがたく頂くことにした。俺の頼んだ分がきたらお返ししよう。


 取り分ける小皿がなかったため、サナが差し出してくれた皿から直接掬って一口頂く。


 思った通り、美味い。

 軽く噛んだだけで柔らかい肉の繊維がぷつぷつと小気味よく千切れてゆき、濃い肉とソースの味が口全体に広がっていく。

 飲み込んでしまうのが勿体なく、何度も咀嚼しながら皿をサナに返す。


 皿を自分の下へ引き戻したサナが、スプーンを差し入れようとして――なぜか、一瞬止まった。

 中空でスプーンを持ったまま、ちらりと俺の顔を窺ってきた。


「ん? どした? あっ、もしかして口にソース付いてる?」

「う、ううん。そうじゃないの。なんでもないの、気にしないで」


 肉を頬張りながら首を傾げると、サナは早口にそう言って視線を料理に戻した。その頬は、心なしか色づいているような気がした。

 一体何だってんだ?


「でもサナ、転生者の噂なんてよく知ってたな」

「あー……実は、旅人の間では結構有名な話なんだ。転生者は珍しいから、エガリテに立ち寄る機会があったら一度会いに行ってみろって。その人、自分から転生者だって喧伝してたらしいから」

「自分から? 目立ちたがりなのか、そいつ?」

「なのかな。前世では勇者だったそうだけど」

「ふーん、勇者ねぇ」


 軽く聞き流しそうになった。

 が、遅れて言葉の理解が追いつき、目を瞬かせる。


「…………勇者ぁ?」

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