第73話 勇者

 人類の祖たる神々がまだ地上に生きていた時代。


 栄華と平和が永遠に続くと思われたその時代は、神の一人が悪心に囚われたことで終わりを告げた。


 後に魔王と呼ばれるその神は、数多の魔人を生み出し、他の祖神に牙を剥いた。


 祖神達は魔王と戦い、ついに魔王は討たれる。

 だが、長きに渡る争いで祖神達も傷ついてしまった。神々は傷を癒すため、自らの似姿として創った人間に地上を任せ、「とこしえの庭」へと旅立っていった。


 こうして地上から神々が消えたが、人間は神々の教えを守り暫しは平和な時代が続いた。


 だが、この平穏も新たな魔王の誕生によって破られることになる。


 祖神に滅ぼされた魔王だったが、敗れた時に備えて、自らの分身を生み出す種をこの世界に残していたのだ。傷ついた祖神達が地上を離れるだろうことを見越して、時を隔ててから芽吹くように。


 再来した魔王の脅威に、人々は恐怖した。


 しかし、神々もまた、魔王の復活を予見していた。

 自分たちが去った後、蘇った魔王に人間が対抗できるよう力を授けていたのだ。


 それが聖具という十二の武具。


 神々の力を宿した聖具とその力を引き出し得る使い手によって、人々の平和を脅かした魔王は再び滅ぼされた。


 その後も魔王は幾度も復活を遂げるが、その度に聖具が新たな持ち主を見い出し、聖具に選ばれた戦士が魔王と戦い、世界の平和を守ってきた。

 そして、その聖具に選ばれ、魔王と戦う戦士はいつしかこう呼ばれるようになった。


 勇者、と。



「ってな感じの奴だよな、勇者って」

「そうそう、その勇者」


 腕を組みながら記憶の中の知識を引っ張り出す俺に、向かい合って座るサナが頷いて返す。

 それとほぼ同じタイミングで馬車が大きく揺れ、体が弾む。旅客がぎっちりと乗り込んでいる車内は、それだけで隣の客と肩がぶつかりそうになる。


 あれから三日に渡ってカルムの図書館で転生に関する資料を探した俺達だったが、目ぼしい成果は得られず、結局サナが提案した通り、勇者の転生者とやらに会うためこうしてエガリテに向かうことにした。


 しかし、


「勇者……前世が勇者ねぇ……胡散臭ぇ」


 つい顔を顰めてしまった俺に、サナが苦笑を浮かべた。


 いやな、俺だって人のこと言えない立場だってのはわかってんだよ? でも、勇者だぜ?


 おそらく大陸中を探しても、勇者の伝説を知らない人間はいないだろう。

 それは魔王から人類を守った英雄というのもあるが、何よりも勇者の伝説が、子どもたちに聞かせる英雄譚として広まっているからだ。


 魔王が最後に現れたのは、三百年も前のこと。もう遠いとおーい昔の話で、既に人類を脅かす恐怖の対象ではなく、子どもに面白可笑しく聞かせる物語の悪役と化している。

 勇者にしたって、実在したらしい、ってのは知っていたが、子ども向けの御伽噺の主人公って印象が強くてなぁ……。あんまり現実の存在として受け入れられない。


「件の転生者は、『双聖そうせいの勇者』の一人だったってことなんだけど……知ってる?『双聖の勇者』」

「そりゃあガキの頃散々聞いたからな」


 双聖の勇者は、三百年前に現れた最後の魔王を倒した勇者であり、勇者の物語の中でも最も人気があるものの一つだ。

 それは最後の勇者であるのも理由だが、一番は、男女二人組の勇者だったからだろう。


 勇者は、聖具の力を引き出せる素質を持った者が少ないため、現れても一代に一人きりのことがほとんどだ。だが、稀に勇者の適正がある者が複数いる時代があった。


 最後の魔王との闘いでは二人の勇者が見い出された。


 二人の勇者は共に魔王と戦った。支え合って苦難を乗り越えてゆき、その中で二人は互いに惹かれ合い、やがて恋仲になるのだ。

 そして迎える魔王との決戦。

 最後の魔王はこれまでの魔王にも増して強大で、勇者二人を以てしても劣勢に立たされた。しかし、二人は勇者の使命を果たすため、人々を守るため、残った力の全てを聖具に捧げ、ついに魔王を打ち倒した。二人の命と引き換えにして。

 滅びる魔王と共に崩れる勇者達。惹かれ合いながら、勇者であるが故に添い遂げることのできなかった二人は、お互いの手を握り締め、来世での再会を祈りながら息を引き取るのだった……。


 とまあ、これが双聖の勇者の物語。


 ラブロマンスでもあるため、子どもだけでなく若い女性からも人気があり、うちの村でも吟遊詩人などが来ると決まって語られていた。都会では、劇の演目にもなっているらしい。


 でも、だからこそ胡散臭い。

 自分から転生者だって名乗っているのも考えると、目立ちたくて、人気のある双聖の勇者を騙っているだけなんじゃないのか。


 そんな俺の疑念を見て取ったのか、サナが「まあ、疑っちゃうよね」と眉根を寄せた困り顔で笑った。


「ただ、転生者かは別にしても、勇者であるのは間違いないみたいだよ。聖具を使えるそうだし、エガリテ公国も正式に聖具に認められた勇者だって公表してるから」

「ふーん……あれ? でも聖具って、神聖何とか帝国にあるんじゃなかったっけ?」

「神聖クロディウス帝国ね。その辺の事情がちょっと複雑で。……ティグル君は、クロディウス帝国のことってどれくらい知ってる?」

「あれだろ、祖神が作らせたっていう世界最古の国家」


 祖神はこの世界を去る際、一人の人間にこう命じたそうだ。この先は汝が人々をまとめ、聖具に選ばれた勇者と共に世界を守るのだ、と。

 男は祖神から授けられた智慧を用いて人々を導き、神なき世に初めて国家というものを築き上げた。それが神聖何とか改めクロディウス帝国だ。


 その後、長い歴史の中で分断やら離反やらを繰り返し、他の国々を生み出す母体となりながら、現在も帝国は存続している。国家元首である皇帝も、祖神から世界の統治を任された初代皇帝から血を絶やすことなく君臨し続けているのだとか。


 そして、祖神は初代皇帝に智慧と共に聖具を託し、その管理も命じたと言われている。

 いざ魔王が現れた時に備えて、人々の中から勇者を見い出し、聖具を授ける。それがクロディウス皇帝の役目なのだと、勇者譚の中では語られている。


「今向かっているエガリテ公国は、二百年くらい前に帝国から独立した国なんだけど。その時に、聖具の一つを密かに持ち出していたんだって」

「それ泥棒じゃん」

「エガリテ側の言い分としては、人類の命運を左右する聖具をクロディウス帝国に独占させるのは、帝国による世界の独裁支配にも繋がりかねない、ってことらしいけど」

「それにしたって、勝手に持っていくのは如何なものかと思うんだけど」


 思わず眉根を寄せる俺に、サナが可笑しそうにくすくすと笑う。幼稚な意見と非難されても致し方ないとは思うが、政治とか大人の事情とかは俺にはわからんし。


「当然クロディウス帝国も取り返そうとはしたんだよ。勝手に独立すること自体認められなかったし。けど、他の国々がエガリテを支援したの。他の国にしても、クロディウスが聖具を独占しているのは、昔から面白くなかったから。で、クロディウスが迂闊に手を出せなくなったことでエガリテは独立に成功。互いに非難と小競り合いはしながらも、ここまで二百年間やってきたんだけど」

「だけど?」

「まぁ、その……件の勇者様の出現で、情勢が変わったそうで。詳しくは、実際にエガリテに着いたら話すよ」


 ここに来て勿体ぶるサナに小首を傾げる。


 エガリテに向けて走り続ける馬車は、石でも踏んだのか、大きく弾んで古びた車体が軋みを上げていた。

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