第70話 改めて、あるいは

「ん~~! 今日は随分といい天気だな~~」


 病院を出て差し込んできた太陽の眩しさに目を細めながら、俺は雲一つない快晴の青空に向かって大きく伸びをした。

 昨日は椅子の上で寝てしまった上に、今日も朝から病院の待合室で待ち惚けを食らっていたので、関節がぱきぱきと小気味よい音を立てている気がした。


 目を覚ましたサナは今まで精密検査を受けていたのだが、どこにも異常は認められないと改めて医者から太鼓判を押してもらい、晴れて退院となった。いやはや、本当に何ともなくて良かったよ。


「しっかし、あいつらも薄情だよなー。さっさと帰っちまうんだから」

「すぐに次の任務があるって言ってたから、しょうがないよ」


 不満を漏らす俺に、続いて病院から出てきたサナが俺を宥めるように微笑む。


 シャクールたちは、サナの検査の結果を聞き問題ないとわかると、一足早く病院を去っていった。


 本当は、もっと話しをしたかった。出会い方が悪かったせいで、事情を知った後でも俺はおっさんたちへの嫌悪感を引き摺って、どこか態度が刺々しくなっていた。それを謝りたかったし、今なら気兼ねなく色んな話しができる気がしたのだ。


 それに、サナだって積もる話とかあったんじゃあ……と思って、隣の彼女の顔を窺ったのだが、なぜかサナの表情には残念そうな気配はなく、むしろ次に会える時が楽しみとでも言いたげな穏やかささえ見て取れる。

 なんだ? もしかして俺の知らぬ間に何かあったのか?

 まあ、サナがいいなら、今回は諦めよう。それにおっさんも去り際に、「サルーシアに来ることがあれば、今回の謝罪と礼を兼ねてもてなすから連絡してくれ」と言っていたし。その機会を楽しみにしていよう。


「さって。とりあえず、どっかで飯にしようぜ。俺、もう腹ペコで」


 時刻はそろそろ昼。朝はサフルが買ってきてくれたパンを一個食べただけだったので、もう腹と背がくっつきそうだ。

 それにここは学都カルム。これだけ大きな街なら俺が食べたことのない、それもこれまでに立ち寄った港町ともまた違った食べ物が、それこそ食べ切れないほどあるのだろう。


「そ、そうだね。……あ、でも、えっと、その前に、ね」


 期待に胃を弾ませ俺が歩き出そうとした後ろで、なんだか歯切れの悪い言葉でサナが引き留める。

 視線を向けると、「そ、その、だから、えーと」とか目を左右にきょろきょろさせ、手も落ち着きなくもじもじと指先を絡めたり手の平を開いたり閉じたり。

 一体何だ? と怪訝な顔をしていると、意を決したようにきっ! と俺を見上げて、


「こ、これから! 改めて、よろしくっ」

「は?」


 それこそ改めてどうした? という予想外の台詞に、俺は目を丸くして素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 けれど、そんな俺に構わず、サナは真っ直ぐに手を突き出している。無駄に肩に力が入って、その手は指先までガチガチだ。


 その様子に、俺は息を吹き出しそうになって、ぐっと堪えた。そんなだから68歳に見えないんだって。


 彼女が何を思ってこんなことをしてきたのかはわからんが、それを尋ねるのは野暮な気がしたし……何より、船の中で初めて出会った時とは違う、彼女から初めて伸ばしてくれた手が嬉しくて。


「おう! こっちこそ、よろしく!」


 俺は、彼女の手を取った。


 一瞬だけ強張りの増したサナの手が、俺の手を握り返す。触れ合った手の平の間で、互いの温もりが伝わる。


 それを感じ、サナの手から、肩から、頬から力が抜けていく。

 脱力し、安堵して崩れ出たその時の彼女の笑顔を――きっと俺は、この先もずっと忘れることはないだろうと、そう思った。

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