第67話 せめて、苦しみに終わりを

 俺の爪に体を構成していた魔力を切り裂かれ、魔人が砕け散る。核だったサナも、縛っていた魔力も失い、魂が一つ一つに分かれていく。

 無数の魂の光が宙を飛び交う中、魔人の体内に取り込まれていたエルンストを始めとした連中が地面に投げ出された。死んではいないようだが、気を失っている。


「サナ様、お体は大丈夫ですか? どこか異常は?」

「へ、平気。魔力を随分と持っていかれちゃったからか、頭がぼうっとしているけど、それくらいだよ」


 シャクールに手を借り、サナが俺の腕の中から身を起こす。多少顔色が悪いが、しっかりと受け答えもできている。俺はとりあえず胸を撫で下ろした。


「おい! 建物自体がいつ崩壊してもおかしくないんだ、さっさとズラかるぞ!」


 俺がサナにかけられた手枷を壊していると、ウスマーンが気絶している男の一人を担ぎ、声を張り上げる。確かに、魔人の攻撃で至る所が破壊されてしまい、壁も穴だらけだ。今すぐ、という気はしないが、そう長くもちそうにもない。

 まったく最後まで手間をかけさせやがって、と内心で毒づきながら、俺が横たわるエルンストを担ぎ上げた所で、


「待って。その前に、彼らを還してあげないと」


 サナがシャクールから手を離し、歩き出した。その視線の先には、宙を彷徨う魂たち。

 元は怨霊だったという彼らが声を漏らす。空気を震わせてではなく、頭に直接響くその声は、もはや人の言葉にはならず。ただ苦痛と悲しみのみの慟哭が、神経の間に突き刺さってくる。


「し、しかしサナ様。彼が言ったようにあまり時間もないし、何よりその状態で」

「ごめん。魔人の中で、彼らの声を聞いちゃったの。だから、これだけは」


 シャクールが足取りのふらつくサナを押し留めようとするが、足取りに反して毅然たる目で見返され、シャクールの足の方が止まってしまう。


 サナは自身の指の先を口につけ、噛み切った。そして、そこから滲んできた血を床に擦りつけ、魔法陣を描いていく。

 完成した魔法陣の前に跪き、サナが手を添える。


「道よ、開き導け。迷える魂を還るべき地へと。どうか安らぎを……どうか……」


 獣たちの魂を還した時の呪文に、サナ自身の願いを籠めたかのような言葉を加えて、サナが唱える。その言葉に伴い、サナの顔に、あのひび割れのような光が走る。

 魔法陣に魔力を注ぎ、振り絞るように流れ込む魔力が増す度に、ひび割れから漏れる光も増していく。

 やがて、魔法陣から光の柱が立ち上った。人々の魂が、光の流れに導かれて空へと昇っていく。


「葬霊術……」


 後ろでサフルが呟いた。この場の全員が、光の昇っていく先を見上げる。

 魂たちの嘆きの声が小さくなっていく。獣たちのように、それらがサナへと擦り寄ってくることはなかったが、弱々しくなったその声は、いつしか響きを変え、何かを囁いていった。苦しみでも怨嗟でもない、何かを。


 そして、わずかな光跡だけを残して、空へ溶けていった。いつの間にか雲の晴れた、星々の瞬く夜空の向こうに。


 俺はちらりとサナを窺った。彼女も魔法陣に手を突いたまま、膝立ちで魂の昇っていく様子を見上げていた。しっかりと、消えゆくその時まで見送るように。

 そして、最後の魂が星の中に溶けて消えた。


「……これで、良かったんだよね?」


 夜空を見上げたまま動かないサナに近づくと、不安に揺れた声で彼女が聞いてきた。


「じゃないか? 俺はあいつらじゃあないから、勝手なことは言えないけど。けど、最後の声は、少なくとも苦しそうではなかったぞ」

「……うん。そう、だよね」


 どこか寂しそうな、けど力は抜けた声で、サナが呟いた。

 そして夜空を見上げた姿勢のまま――サナの体が崩れた。


「えっ!? あ、ちょっと!?」


 俺の方へ背中から倒れてくるサナの体を、慌てて受け止める。

 やっぱり魔人の核になっていた影響でどこか!? と焦った、のだが……


「……寝てる」


 その顔を覗くと、ゆっくりとした寝息を立てていた。


「おそらく魔力が枯渇して力尽きたんだろう。少ししたら目を覚まされるよ」


 シャクールもその様子を窺い、肩を小さく落としながら微笑んだ。


「な、なんだよ、びっくりさせやがって……。ほんっとによぉ、もう」


 驚かせてくれたお礼に、ひび状の翡翠色の光が明滅する頬を指でつついてやる。その程度で目は覚まさず、サナは目を瞑ったまま顔を顰めて、逃げるように俺の腕の中で身を捩るのだった。

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