第66話 乞いし叫びと帰る理由
ここはどこだろう?
朦朧とする意識で揺蕩いながら、サナは考える。
眠っていたのだろうか。そういえば、夢を見ていたような気がする。
戦争で家族を残して命を落とした人、貧困の中で犯罪を重ね処刑された人、孤独なまま病気で逝った人。
色んな人の夢を見ていた。色んな夢が混ざり合い、消えかかりながら、彼らの最後に残った心が叫んでいた。
助けて、と。
自分は夢の中でその声を聞き、話すことしかできなかった。けど、それも悪くないと思った。
数え切れないほどの人の中で、こちらの声が届いたのは本当に一握りだったけど。それでも、その人たちとは言葉を交わせた。それだけで十分だとも思う。
それに、この場所は不思議なほど穏やかだ。微睡みの中を漂っているように、穏やかに時が流れている。ここから離れたくないとも考えてしまう。
だって、自分は知っているから。現実にはつらいことや悲しいことが溢れているって。今まさに見ている夢のように。
それに、他人とは違う時間が流れる自分は、いつもみんなに置いていかれていってしまう。異端者である自分は、人の環の中には入れない。
最近、そんな自分を誰かが受け入れてくれたような気もするけど……どちらにせよ、穏やかな時の流れるこの場所にいる方が楽だ。もう傷つく心配がないから。
ここで誰かの声を聞いて、時折言葉を交わして、そうやっていつまでも――
そんな風に思い、より深い眠りに、夢も見られないほど深い眠りに落ちていきそうになった、矢先だった。
どこからか、声が聞こえた。これまでに聞いた無数の声とは違う。聞いたことのある声だ。
声の主が言う。手を伸ばせと。
手?
サナは自分の手を見つめた。
自然と、目が右手の小指に吸い寄せられた。
それを見た瞬間、「ああ、そうだった。戻らなきゃ」と思った。
先程までの、ずっとここにいたいという思いは不思議と消え、声のする方へと手を伸ばす。
――だって、約束したから。
――※――
魔人の中から、サナを引っ張り出す。掴んだ手をしっかりと握り、抱き止める。
「ティ、グル、くん?」
薄ぼんやりと瞼を開いたサナが、腕の中でか細い声で呟いた。
「へへ、捕まえた」
魔人から離れ、床へ飛び降りながら、サナに笑いかける。
「サナ様!」
「シャクール、君? あれ……私……そっか、エルンストさんに」
降り立った俺たちにシャクールが駆け寄ってきて、その顔を見て、茫然としていたサナの瞳に少しずつ理性の色が戻ってくる。
「ア、ああ、あァアアアアアア!? ああああアぁあァああああアアアアあ!?」
そんな中で、魔人の絶叫が響き渡った。これまでの叫び声とは違う、引き裂かれ、壊れゆく者の断末魔の叫び。核であるサナを失った魔人の体は、端々から形が崩れ、細かい光へ千切れ始めていた。
「カカかカアカ、カかカエえエエエエアあアアあアアアアあ!」
崩壊しながら、魔人が裂けんばかりに顎を開いて突進してくる。どこか、返せと言っているような気がした。
誰が返すか。もうお前には、誰にだって渡すもんかよ。
俺は右手を振り被った。“力”の全てをそこに注ぎ込む。
鉤爪が伸びる。長く、長く、魔人の背を超えて。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
怨嗟と苦痛に満ちた、狂った魂たちへ、爪を振り降ろす。
五本の閃光に、最後に残っていた魔力を切り裂かれて、魔人は砕け散った。
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