第64話 “衝動”の警告
俺は破壊され撒き散らされる壁や床の破片を避けながら、魔人を見やる。
「あいつ、人を食ってやがる……!」
魔人は黒い外套を着た男の一人を捕まえると、そいつを口に放り込んだ。そのまま、男を丸呑みにする。
驚愕する俺に、同じく魔人を見据えながらシャクールが耳打ちする。
「エンデュアルで魔人と戦った時の記録にあった。魔人はああやって人間を取り込んで、その魔力を吸収するんだそうだ。だからすぐに死ぬわけじゃあない」
言われて観察してみると、飲み込まれた人間たちの姿が半透明の魔人の体内に浮かんでいるのが透けて見えた。そうか、普通の生物に食われるのとは違うってわけか。
「それよりも、重要なのはあそこだ」
シャクールが、食われた人たちがいる腹部より少し上、人間で言えば心臓の辺りを指さした。そこには、
「っ!? サナ!?」
他より幾許かだけ色合いの濃い部位があり、その中にサナがいた。
意識はない様子で、手足を投げ出して浮かんでいる。そんな彼女を、蛙の卵のような膜状の物が包んでいる。
「エンデュアルでの戦いでは、核となっていた宝玉を破壊することで魔人は消滅したそうだ。つまり、サナ様を救出できれば」
「いいね、そいつは! わかりやすい!」
シャクールの説明が終わらぬうちに、俺は“力”を体に漲らせた。一気に駆け出し、魔人に詰め寄る。
モタモタしていたら、サナにどんな影響が出るかもわからない。速攻でケリつけてやる!
「イぅエえアアアアアアあぁアアアあ!」
近づく俺に気づいた魔人が、右の拳を振り下ろしてきた。
俺は斜め前方に大きく飛び、それを回避。着地の足で強く床を踏み込み、そのまま跳躍して魔人の胸元へと迫る。
右手に“力”を集中させて、鉤爪を作り出す。サナを捕らえる魔人の胸部を切り裂こうと振り上げる。
しかし、魔人の左腕がそれを遮った。爪は魔人の前腕に突き刺さり、だが表面から幾許か切り裂いた所で押し留められ、動かなくなる。
くそっ、こいつ見かけに寄らず速ぇ上に硬ぇ!
「キリャリャアアアアアアァアアア!」
魔人は奇怪な叫びを上げて、爪が食い込んだままの腕を振り回した。
鉤爪を起点に全身を急速に引っ張られ、咄嗟に“力”を解除する。地面に投げ出される格好になり、慌てて体勢を整える。
「ぐッ、くそ!?」
なんとか着地するものの制動をかけ切れず、足裏が地面を抉り滑る。
そこに、追撃が飛んできた。優に人間の体躯を超える大きさの拳が、頭上から圧し掛かってくる。
俺は前に飛んだ。背中で床の砕ける音を聞きながら、そのままの勢いで魔人の股下を潜り抜け背後へ。
再度地面を蹴る。垂直に跳躍し、魔人の頭の位置に達する。
魔人が振り返るより速く、全身を捻って魔人の後頭部を蹴り抜く。
衝撃に魔人の頭が大きく跳ねる。勢いに引かれ、体ごと地面へ崩れていく。
うしっ! この隙にサナを――!
倒れる魔人を追って、空中からその心臓部へ接近しようとして。
魔人と目が合った。
首を捩じった魔人の顎が開く。喉の奥から口内へ魔力が集っていくのを感じた次の瞬間、光の柱が、魔人の口から吐き出された。
咄嗟に“力”を全身に纏い、身を守る。一拍遅れて、光線が全身を貫いた。
「ぅ、つぅ!?」
“力”で防いでも、肌を擦り切るような熱さを感じる。普通の人間が受ければ、骨さえ残らなかっただろう。
光の槍に弾き飛ばされ、背中から壁に激突する。一瞬息が詰まる。そのまま地面へ落下する、寸前だった。
体勢を立て直した魔人の掌底が、俺を押し潰さんと突き伸ばされてきた。
「っ、ぐぅ!?」
俺も両腕を突き出し、抗する。俺の身の丈以上ある魔人の手の平と壁の間に挟まれながら、なんとか圧殺される前に押し留める。
が、押し返せない。押し潰さん、押し退けようとする天秤が絶えず揺れ動く。
と、そんな中で、俺の内から騒ぎ出すものがあった。
“衝動”だ。突然目を覚ました“衝動”が、どくどくと脈動のように俺を煽り立ててくる。
うるっせぇなあ! 今お前に構っている余裕ねぇんだ、引っ込んでろ!
「ルルルるルぅらララァアアアアアあアアア!」
俺の注意がわずかに削がれたその瞬間、魔人が均衡の天秤を投げ打った。掌を突き込みながら、その腕を横に薙ぎ払っていく。
「うッ、ぐぉおおあああああああ!?」
魔人の指が壁を引っ掻き、破砕しながら、俺は背を引き摺られ、投げ飛ばされる。そのまま、地面へ叩きつけられた。
肺の空気が一気に吐き出される。全身を貫く痛みと瞬間的な酸欠に陥り視界が眩む中、魔人の足が飛んできた。
「ごっ!?」視界を埋め尽くす足の甲に体を掬い上げられ、蹴り飛ばされる。「がはッ!」再び壁に叩きつけられ、今度こそ床にずり落ちていく。
「ティグル君ッ!?」
視界の縁で、シャクールが駆け寄ってくるのが見えた。その向こうでは、ウスマーンが魔人に矢を射かけている。
ちッ、くしょう……! やられた、のか?
体を言うことを聞かない。立とうとしても膝に力が入らず、感覚もぼやけ、膜でもかかったように感じられなくなっていく。
何でだ? 何でやられている? 何で、勝てねぇ……!?
意識が薄れかけていく中で、そんな疑問が浮かぶ。
俺はまだやれるはずだ。俺は、こんなものではない。俺はもっと速い。俺はもっと強い。あんな奴には負けない。グウェールと対峙した時と同じように、どういうわけか、そんな確信が俺の奥底から湧いている。
なのに、体が、“力”が、確信に追いつかない。
こんなことで寝ている場合ではない。そう思うのに、体が動かない。手足が上がらない。呼びかけるシャクールの声も段々と聞き取れなくなり、覗き込んでくるその顔も霞んでいく。
意識が遠のいていく。
それに呼応して、胸の奥から響いてくる音がある。意識が暗くなっていくに従ってそれは大きくなり、胸の中から駆け上がろうとする。
まだ……まだ、ダメだ。サナを、助けねぇと。サナを……俺は、サナを……。
必死に意識を繋ぎ止めようとする。胸の奥から大きくなってくる音と、消えかかる俺の意識とが交錯し、重なり合って――
……あれ?
気づけば俺は、闇の中に佇んでいた。
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