第39話 間の悪い使者
「サナ様」
はぐらかそうとしていたサナの言葉を遮って、その男は声をかけてきた。
男は黒い外套を纏い、フードで顔まで隠している。そいつが、桟橋の根本からこちらを見つめている。その両脇には、同様の恰好をした奴が二人立っている。
怪しい。あからさまに怪しい。
言葉を遮られたサナが、男の方へ振り向く。
その顔にあったのは、警戒でも、驚きでもなくて……何というか、ただただ恨めしさそうな渋い表情だった。ありありと、「今出てくるんじゃねえよ」と書いてある。
そりゃあ、今まさに俺を穏便に置き去りにしようと説得している最中だったのに、台無しにされたのだから、そんな顔もしたくなるってもんだ。
だけど、サナには申し訳ないが、俺はそんな彼女の顔を見て、思わず笑ってしまった。
だって、これまでに見た彼女の態度はいつも余裕があって、俺よりずっと大人びた印象があった。
けど、嫌な気持ちを抑え切れず表情に出す今の彼女は、見た目相応の、俺とそう変わらない年のどこにでもいる女の子のようで、これまでより彼女がずっと身近に感じられた。それが無性に嬉しかったのだ。
場違いな気持ちを抱いている俺を他所に、男たちがサナに近づいてくる。あと数歩で握手ができそうという距離まで来た所で、男たちは止まった。中央に立つ、声をかけてきた男がフードを取る。
現れたのは、精悍ながら小皺が彫られた色黒の顔。髪にはいくらか白髪が混じっている。
男はサナと、それからちらりとだけ俺を見ると、おもむろに頭を下げた。
「突然に申し訳ありません。私はサルーシア軍のシャクールと申します。本日は、サナ様にお願いがあって参りました」
サルーシア軍、という言葉に、俺の視線は男の腰へ吸い寄せられた。コートの間から刀を帯びているのが見える。サナを持っている物と同種の剣、シミターだ。
たしかサルーシア王国は、大陸西南地域にあり、同地域への玄関口と言われている国だ。サナが西南地域の生まれだとの推察が正しければ、こいつらはサナと同郷なのかもしれない。
が、そうだとしても、軍人が一体何の用だ?
サナからの反応待ちなのか、男はそのまま黙って頭を下げ続けている。
サナは、そんな男の頭を渋面のまま見つめていたが、やがて、「はぁーーーー」と、長い長いため息を吐いた。
「ねぇ、ティグル君。この期に及んで、この人たちは知り合いだから心配しないで、って言ったとして。説得力あると思う?」
「そりゃあいくら何でも無茶だろ」
「だよねぇ。……はぁ」
サナは再びため息をこぼし、肩を落とす。
だけど、すぐに気を取り直したのか、顔を上げて、シャクールと名乗った男に向き直った。
「お願いとは何ですか? サルーシア軍が、今更私にどうしろと?」
サナの問いに、シャクールも表を上げた。姿勢を正して、サナを見つめ返す。
「ここではお話しできません。人の耳がありますれば、場所を変えたく存じます」
「それで、私に付いてこいと? 随分と不躾なお願いですね。私はもう軍属ではないのですよ?」
「失礼は重々承知しております。しかし、我々としても他にやりようがないのです。昨日のような強引な方法は、こちらとしても二度もしたくありませんから」
! ……こいつ、昨日のサーペントの一件が自分たちの仕業だって白状しやがった。そりゃあ、俺らも勘づいてはいたけど。
怒るべき場面なのだろうが、余りにあっさりと白状したものだから、呆気に取られてしまった。サナの方も、わずかに目を細めるだけで黙考している。
「……わかりました。とりあえず、話すのに都合がいい場所とやらまでは付き合います」
この場での揉め事はサナも望んでいないのだろう。一旦は奴らに従うことにしたようだ。
「ただし、付いていくのは私だけです。ティグル君――彼は巻き込まないでください。彼とはたまたま同じ船に乗り合わせただけで、無関係ですから」
って、おいおい何言い出すんだよ。さっき、力になるって言ったばかりじゃないか。
「そうは行きません。昨日の彼のデタラメな強さを見るに、あなたと無関係と言われても、俄かには信じられません。仮に事実だったとしても、彼を解放したら、そのまま騎士団などに駆け込んで私たちのことを告げるかもしれません。それは、私たちにとっては都合が悪いのです」
シャクールの返答に、今度こそサナの眉が吊り上がった。毛を逆立出せんばかりの勢いで、シャクールに詰め寄ろうとする。
「まあまあまあ、ちょっと落ち着けって」
「……ティグル君」
その寸前で、彼女の肩に触れ、宥める。
「というか、サナには悪いけど、お前がダメって言っても俺は付いていくぜ? こんな妙な話を目の前でしておいて、ここでサヨナラなんてあんまりだろ。気になって夕飯が不味くなるし、夜だって寝つけなくなっちまうよ」
努めて気楽な口調とセリフを選ぶも、サナは困ったように目を伏せた。うーん、まぁそういう反応になるわな。
でも、ここばかりは譲れない。正直、事情はこれっぽっちもわかっていない。けど、サナが何やら面倒事の渦中にいるのは間違いないのだ。だったら、付いていくしかないだろう。
誰かが困っていたら助ける。それが『人間』ってもんだと思うから。
「けど、本当にティグル君には関わりのないことなんだから! 私のことは放って」
「あ、それ。その関係ないとか私の問題だとか、そいつが一番傷つく。寂しいこと言うなよ。袖触れ合うもとか旅は道連れとかって言うだろ?」
「……何があるか、わからないんだよ? 危険なことだって」
「そん時ゃ一緒に逃げようぜ」
できるだけ安心させたくて、自信満々に親指を立てる。
が、何故か呆れ果てた顔をされた。それはそれで傷つくな、おい。
「……わかったよ、もう。どうぞ、何処へなりと連れて行ってください」
サナが投げやりに言うと、シャクールは踵を返して歩き出した。俺たちもそれに付いて、桟橋から離れていく。
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