第37話 動き出す違和感

「そっか、それで前世のことを知るために旅をしてるんだ」

「そ。まだ何の手がかりもない、けど、ふぇっ、ぶぇっくしゅん!」


 肩から毛布にくるまれながら、盛大なくしゃみをする俺。その様子を見て、サナが口元に拳を当て、可笑しそうに笑う。


 サーペントを退治して船に戻った俺とサナは、船長以下船員の皆様からえらく感謝された。特に、全身びしょ濡れだった俺のために、こうして毛布とホットミルクを出して、暖の利いた部屋で休ませてまでくれている。

 その間、俺はサナに自分の身の上やら“力”について説明していた。別に隠すようなことではないし、旅をして長いサナなら、俺みたいな奴についても何か知っているかもと思ったからだ。


 しかし、俺の妙な生い立ちを聞いても、意外と驚いてないな。もしかしたら避けられたりするかな、と内心ちょっと不安だったんだが杞憂だったみたいだ。なんだろう、なぜか顔がにやけてくる。


「けど、転生者かぁ。私も、噂でならそういう人がいるって聞いたことはあるけど」

「え、本当か!? って、熱ぅ!?」


 驚いて、ホットミルクの入ったカップを思わず勢いよく傾けてしまい、舌を火傷した。ありがたいけど、猫舌の俺にはこれ熱すぎだよ……。


 サナは、そんな俺にまたくすくすと笑みを浮かべ、

「でも、私が聞いたことあるのも、あくまで前世も人間だった転生者だから。ティグル君みたいな、人間以外の存在から転生したっていう話は初めて聞いた」

「そうかぁ……。だったら、やっぱりカルムで手がかりを探すしかねぇか」

「カルム……そっか、ティグル君の目的地もカルムなんだ」


 確認するように呟くと、サナは壁にもたれて窓の外へ目を向けた。表情こそ穏やかなままだが、瞳にはどこか固い光が宿っている。その表情と眼差しの乖離は、まるで気がかりを悟られまいとしているかのようだ。


「さっきのサーペントのことを気にしてんの? また何か襲ってくるかもとか」

「っ」


 何気なくそう尋ねると、サナが顔を弾かせてこちらを向いた。どうやら図星だったらしい。


「どうして、そう思うの?」

「だって、あいつらの動きおかしかっただろ? 二匹いるんだったら、最初から一緒に襲いかかってくればいいのに、片方は隠れて様子を窺ってよ。そもそも奇襲せずに、前もって姿を見せていたのも変だ」


 始めに現れたサーペントの、あの目。まるで、こちらが狙っている獲物で合っているのかを見定めているかのようだった。二匹目の動きも、万一もう一匹がしくじった時に備えて潜んでいた、といった感じだった。戦い方も、計画的で慎重、そして大人しすぎる。

 あの動き方は、野生の奴ららしくない。何か思惑や算段の下で動かされているような……そう、アルフォンス二世みたいな猟犬の類がする動きに近かった。


「ま、違和感があったっていう程度だから、確証なんてないんだけど。サナも何かおかしいと思ったんだろ?」

「うん。もしかしたら、って考えていることはある。……杞憂だといいんだけど」


 サナは再び外へ目を向ける。その眼差しは、先程より険しさが増しているような気がした。


   ――※――


 遠見の魔法というものがある。

 特定の地点に予め魔法をかけておくことで、対となる魔道具を通して、離れた場所からでもその地点の映像を見ることができる魔法だ。

 その魔法を使い、サーペントとの交戦地点から客船が離れゆくのを見ている者たちがいた。


「申し訳ありません、失敗しました。客船の人間を人質に取れればあるいは、と思ったのですが」

「致し方ない、な。あのような加勢があるとは想定外だった。それに、やはり後々のことを考えると、あまり乱暴なやり方もな。結果的には良かったのかもしれん」


 映像の消えた水晶を、男は懐に仕舞う。その後ろからもう一人、大柄の男が近づき尋ねる。


「しかし、次はどうします? サーペントがああ易々と倒されるとなると」

「……直に、お会いするしかないだろう。私たちには取れる手段も時間も多くはない」

「了解しました。あの船の速度なら、先回りできるでしょう」


 簡潔に答えた大柄の男は、船の舵を取りに戻っていった。もう一方の男も、早速次の行動に向けた準備に取り掛かっている。

 それを見届けた男は、天を仰ぎ、一度息を吐いた。

 大きく、重苦しい、愁いの息を。

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