第33話 戦乱がもたらしたもの

「えっと……サナはさ、旅をして長いの?」


 わざと細い腕を見せおどけることで場の雰囲気をほぐしてくれるサナの気安さに、少しなら踏み込んでもいいのかな、と感じ、思い切って聞いてみる。


「うん。もう人生の大半は旅暮らし。故郷になんてずっと帰っていないし、ろくな思い出もないはずなんだけど……やっぱり、幼心に馴染んだものっていうのは、いくつになっても忘れられないものなんだね」


 少し口調が沈んだかと思うと、すぐに苦笑を浮かべて、彼女の郷土の料理というそれを、サナはフォークの先で軽く突いた。その瞳は単純な郷愁とは異なる、複雑な寂しさに揺れて見えた。


「ティグル君は、多分旅初めてだよね?」

「え、お、おう。……なんでわかったの?」

「ふふ、だって明らかに慣れてなさそうだもん。旅が長いとそういうの、見ただけでわかるようになるんだよー」


 突然言い当てられ目を丸くする俺に、まるで悪戯が成功した子どもみたいな顔でサナが目を細める。……なんだか、色んな笑顔を浮かべる人だな。


「私が言うのもなんだけど、せっかくだから色々な場所に行ってみるとおもしろいと思うよ。国や土地によって、本当に全然違った考えの人がいて、かと思えばふとした所ではみんな同じことをしていたり……この場所にはこんな人たちが暮らしているんだって知るのは、癖になる楽しさがあるから。それに、最近はこういう魔動機関を使った乗り物も増えたから、移動時間をすごく短縮できるようになったし」

「ん? 最近は、って……前はなかったのか?」

「そうだよ。魔動機関の技術が発達したのは、魔導戦争の時だから。戦争が終わって、そこで培われた技術が民間にも広まって……これくらい大型の魔動機関が一般に普及したのなんて、本当にここ数年のことだもの」


「へー」と頷きながら、魔導戦争という単語に一瞬、心が身構える。以前は数十年前にあった過去の出来事としか考えていなかったが、グウェールとの一件以来、今にしっかりと繋がっている過去なのだと痛感させられた。


 そもそも魔導戦争というのは、魔導大国と呼ばれたエンデュアル王国が周辺国に仕掛けた侵略戦争だ。きっかけは、他国に埋蔵されている希少な魔法鉱物の独占だったとか、自分たちの魔法技術への驕りであったとか、様々な憶測がされているが、当時の国家指導陣のほとんどが戦中に死亡しているため、真相は今でもはっきりしないらしい。

 ともかくも、他国の魔法技術の十年先を行くと言われたエンデュアル王国は、その圧倒的な軍事力で周辺国をあっという間に制圧してしまった。

 その矛先はさらに大陸の各地へ及ぼうとしたが、他の国家は、連合軍を結成してこれに対抗。それに伴い戦火は世界中に広がり、泥沼していったが、遂には連合軍の物量にエンデュアル王国が破れることとなった。

 終戦後、エンデュアル王国は解体され、現在は連合各国によって分割統治されている、らしい。


「戦時中は魔導国に対抗するために、各国で新しい技術が次々と開発されて……戦後になったら、魔導国が蓄えていた知識と技術が一気に流入して技術革新が起こって……。復興どころか、生活自体は戦前よりどんどん豊かになっていってる」

「なんか、意外だな。俺の田舎じゃあ、魔導戦争は最悪だったって論調の話しか聞けなかったから。そういう良い影響もあったんだな」

「……そう、だね。つらいことや、失ってしまったものは、それこそ数え切れないほどあったけど。良いか悪いかは別にして、あの戦争をきっかけに、世界が大きく変わったのは間違いないと思う」


 そう締め括り、サナは食堂の喧騒に目を向けた。その、変わった何かを見つめるかのように。


 俺は、彼女のその眼差しが、どうにも不思議に思えた。だって、そこに込められている感情の深さは、とても伝聞で知った程度で宿るものとは思えず……語る口調も、まるで自らが当事者であったかのように……。


「って、いけない。なんだか暗い話をしちゃったね。さ、冷めない内に食べちゃおう?」


 言葉通り、雰囲気を変えるためだろう、サナは大きな笑みを浮かべて、再び魚の身を口へ運んでいく。俺も、すっかり止まってしまっていた手をフォークへ伸ばす。


 その矢先だ。


 突然、船が大きく揺れた。

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