第32話 外の味と故郷の味と(※目指せ飯テロ)


「おおー、美味そー! ……えっと。本当に、先に食べてていいの?」

「どうぞどうぞ」


 注文していた料理が先に運ばれてきて、食欲を煽る香りに思わずフォークに手を伸ばすも、寸前で思い留まって、机の対面に視線を向ける。

 そこには、どこか可笑し気に微笑んでいるサナが座っていた。

 なんだろう、またむず痒い心地になってきたんだが……。


 サナの案内で、俺は無事食堂に辿り着くことができた。ちょうど良いのでサナも昼食を取っていこうという話になったのだが、時刻はちょうど昼食時の真っ只中で、食堂内はほぼ満席状態、空いている机は一つだけという状況だった。そこで、俺とサナはこうして相席して食事を取ることとなった次第だ。


 俺が注文したのは、白身魚のムニエルで、焼く際にバターを使っているのだろう、湯気と共に香ばしさが鼻孔を、胃を刺激してくる。ただでさえ空腹の限界だったのだ。俺はサナのお言葉に甘え、魚に齧りついた。


 しっかりと焦げ目のついた身は、噛んだ瞬間にほろりと崩れ、魚のほのかな甘みを口全体に広げる。それが、塩と、胡椒の辛味、バターのまろやかなコクと合わさって、何度も噛み締めたくなる旨味に変化する。

 さらに、ほんのわずかに摩り下ろして振りかけられていた柑橘系の果物の皮が、噛んでいる内に存在感を増し、飲み込んだ後の後味をさっぱりとした爽やかなものにした。


 美味い。海の魚を食べるのは初めてだったし、あの港でその臭さを思い知ったばかりだったので、少し警戒していたのだが、そんな不安を吹き飛ばすほど文句なしに美味い。……まあ、母さんの料理には負けるけど。


「お待たせしましたー」


 俺が人生初の味に突き動かされ皿の半分ほどを胃に収めた頃、今度はサナが注文した料理が運ばれてきた。


 途端に感じられる、鼻を突く匂い。深く吸えば涙が出そうになるほど鋭く強い香りが、置かれた皿から放たれている。見れば、皿の中は真っ赤だった。サナが頼んだのも魚料理のようだが、その姿は、赤い香辛料で見える限り余す所なく染められていた。

 有体に言えば、魚の激辛料理だった。


「……何というか……意外と、強烈な物を召し上がるんですね?」

「あ、あはは……。その、これくらい大きな客船だと、色んな国のお客に対応するために各地の料理を取り揃えているから。こういう所に来ると、つい故郷の料理を頼んじゃって」


 気恥ずかしそうにしながら、サナは魚の身をナイフで解していく。

 煮込み料理であるらしいそれは、浮いている赤い粒子の下には黄色い煮汁が隠れており、切り分けた身をフォークで掬う毎に、赤い香辛料とはまた違う、鼻の奥へ抜ける芳しさが広がった。

 赤と黄色の香りが混ざり合い、見た目も匂いも強烈なその食べ物が、サナの小さな口に吸い込まれていく。ゆっくりと、しかし淀みなく、次々と。


 色白の美人がこんな刺激の強い品を汗一つかかずに平らげていく光景は……何とも言い知れぬ心地にさせられるな……。


 けど、故郷、か。


 気になる単語が出てきて、ちらりと、気づかれぬようサナの恰好を伺い見る。


 彼女の服装は、体や手足の線に沿いながら、窮屈さを感じさせない程度に余裕を持たせた、動きやすさに長けた作りで、生地も丈夫な、まさに旅に最適な出で立ちに思える。反面、飾り気は皆無で、色合いもベージュや黒などの地味なもので統一されている。今は脱いで椅子に掛けられた外套も、それは変わらない。


 そんな中で一点、俺の目を惹く物がある。

 それは腰から下げた剣だ。細身だが、椅子に座っていると鞘先が床に着きそうなほど長い。剣先が大きく反り、三日月を彷彿とさせる特徴的な形状のこの剣は、たしか大陸西南部の国で使われている種類の武器で、シミターとかいう名前だったと思う。


 大陸西南部は香辛料が多く採れることから、それらをふんだんに使った料理で有名らしいし、サナの生まれはその辺りの国なのだろう。


 けれど、俺とそう大差のない年頃であろう彼女が、遠くの異国から、どうしてこの国にやってきたのだろう? あの剣にしても、護身用としては大仰に過ぎるように思う。

 どんな事情があるのか気にかかるが、初対面で尋ねていい内容か思いあぐねていると、


「やっぱり気になる? これ」

「えっ、あ……うん、まぁ」


 サナ自身が、剣の柄を指さして水を向けてきた。俺、そんなに表情に出ていたのか?


「女の一人旅なんてしていると、これくらい大袈裟な武器を持っている方が便利なんだ。下手にちょっかい出してくる人が減るから。それに私、これでも結構腕に覚えがあるんだよ」


 そう明るく笑いながら、力こぶを作る仕草などして見せてくるサナ。ちなみに、その腕は驚くほど細かった。

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