第28話 災いの後に

 えー……とりあえず、事の顛末を説明しようと思う。


 グウェール以下山賊団の連中は、ほとんどが騎士団に捕縛、連行された。逃げ果せた奴も何人かはいるようだが、頭であるグウェールがいなければ大した脅威ではない。遠くない内に全員捕らえられるだろう、とは騎士団長の談。ぜひともそうあってほしいものだ。


 ちなみに、俺がグウェールを倒したことは、騎士団の人間にはバレていない。「誰かがグウェールと空から落ちてくる」のは目撃されたが、その「誰か」が俺だとまではわからなかったようだ。地上に降り立ったと同時にグウェールをふん縛り、俺自身は身を隠したのもあって、なんとか誤魔化せたのだ。

 もっとも、事が落ち着いてから姿を見せたら、「無事だったから良かったが、勝手な行動は慎め!」と騎士団長にこっ酷く叱られた。言い分はわかるが、ちょっと納得いかん。


 母さんやベンさんは、無事他の村のみんなと合流できていた。

 さらに、これは俺も驚いたことなのだが、村の人間には、怪我人こそ大勢いたが、死者は一人も出ていなかった。ベンさん主体で日頃から有事における段取りや訓練を欠かしていなかったこと、騎士団に回復魔法を使える人間がいて迅速に処置してくれたこと、それに村のみんなが怪我人を見捨てずに全員で逃げようとしてくれたことが重なった、まさに奇跡とも言える結果だった。

 もしも誰かが命を落としていたら、それを知ってしまったら、俺は今度こそ怒りを抑えられず、グウェールを見逃すことはできなったかもしれない。


 けれど、死者はいなくても、建物などへの被害はやはり少なくなかった。村の家は約半数が焼失し、畑もかなりやられてしまった。

 食料や物資は国から支援が届けられるという話なので、飢え死にすることはないだろうが、元の生活を取り戻すまでには時間がかかりそうだ。

 住み家を失くした人たちは、無事だった家の一部を借りて暮らしている。今は事件から十日が経ち、皆で支え合いながら、ようやっと村の再建に動き出した所だ。


 で、俺はと言うと――


「うし、っと……」


 夜が未だ明けきらぬ仄暗い自室で、物音を立てないよう気をつけながら、頭陀袋に荷物を詰めていた。最後に周辺国の地図を押し込み、しっかりと口の紐を縛る。

 紐を肩にかけて立ち上がり、背後を振り返る。


 俺が普段使っているベッド、その上に、今はコリンとポリンの二人が寝ている。

 二人の家も山賊どもの襲撃で壊され、住める状態ではなかった。そこでコリンら一家は、あまり損害のなかった俺の家に一時居候することとなったのだ。

 ちなみに、二人の親は一階の居間で寝起きしている。最初は双子もそこでとご両親は考えていたのだが、こいつらは「ティグル兄の部屋じゃなきゃヤダー!」と駄々を捏ね、俺のベッドを占領しているという次第だ。


「ったく。人を床で寝かせておいて、能天気な顔し腐って……」


 双子は手足を大の字に開き、小さな体でベッドを余す所なく使って、ぐっすりと眠っている。その顔は安心し切ったように緩んでおり、この間の事件による恐怖など微塵も残っていないようだ。

 ホント、こいつらを見ていると、あれこれ悩むのがバカらしくなってくる。


「……ありがとな。おかげで色々と吹っ切れたよ、小さな師匠」


 起こしてしまわないよう囁き声で、コリンに語りかける。

 あの時、山賊に捕まったポリンを助けようとしたコリンの姿に、俺は教えられた。きっとこれから先も、あの姿が俺を導いてくれる。そんな気がする。

 だから、こいつは俺にとって、小さな、でも偉大な師匠だ。

 精一杯の感謝を込め、コリンの額へ手を伸ばそうとして、


「う~ん……へへへ、参ったかティグル兄~。俺たちにかかれば、ティグル兄を泣かすのなんか……朝飯前、なんだからな~……」

「今日からティグル兄はぁ、私たちの下僕、ううんペットだもんねぇ~。さぁ、この骨を取っておいで~……」

「…………」


 前言撤回。やっぱりこいつらは一度、徹底的に懲らしめた方がいいかもしれん。


 信頼を裏切られたような、けれど妙に安心してしまったような、とにかくも残念な気持ちになりながら、改めて立ち上がる。

 窓を、やはり音を立てないようにゆっくりと開き、下枠に足をかける。そして、もう一度だけコリンとポリンの方を振り返り、


「……じゃあ、元気でな」


 置き土産のように一言残し、外へ飛び降りる。俺の部屋は家の二階だが、これくらいはどうということもない。落下の衝撃音も殺し、草を踏むかすかな音だけを生み着地する。

 肩にかけた頭陀袋を背負い直し、歩き出す。


「おはよう、ティグル」


 だが、背後からの挨拶で、足を釘づけにされてしまった。なぜ今の今まで気配に気づけなかったのか。もしかしたら、自分が考えている以上に寂しさで気が漫ろになっていたのかもしれない。


「……父さん? ど、どうしたんだよ、こんな朝早く」

「そりゃあ、こっちのセリフだって。まだ日も昇り切ってないだろ?」


 玄関のドア枠に預けていた背を剥がしながら問うてくる。今物音を聞きつけたとか、たまたま鉢合わせたという雰囲気ではない。ここで待ち伏せしていた、そんな感じだ。

 そして、父さんの後ろからは、


「……母さん」


 母さんが、ゆっくりと外に出てきた。母さんも、こんな時間なのに起き抜けという様子ではなく、きちんと身嗜みを整えている。


「そんな荷物を持って、どこに行くつもり?」


 母さんの声音に、怒りはなかった。ただ、静かに問いかけるような響きだ。


「これは……その……」

「……出ていく、つもりなんでしょう?」

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