第27話 憎むは人間、許すも人間
魔晶石が破壊されたことにより、魔竜兵の体が崩壊していく。
その中から、人が現れた。グウェールだ。竜に変身する前の、風変わりな人相の男が、崩れゆく巨体の芯の部分から、まるで砕けた胡桃の殻の中から実が出てきたかのように、姿を現したのだ。
俺は空中で奴の襟首を掴み捕らえる。気を失っているようで、ピクリとも身動きしない。が、脈などは至って正常であり、命に別状はなさそうだ。
俺は、この後、こいつをどうするべきだろうか。
無論、気絶している間に拘束とかして、後で騎士連中に引き渡しさえすれば、万事解決、一件落着だ。
だけど、俺の胸の内には、依然「怒り」が渦巻いているのだ。
こいつは、何をした? 村を焼き、ステラばあちゃんの庭やみんなの家を踏み躙り、村のみんなを苦しめた。母さんたちを、殺そうとした。
それを思い返す度、喉の奥を焼き焦がす怒りが、熱さを増す。
そうだ。こいつは、俺の大切なものを傷つけた。許せない。元よりこいつは悪党だ。今までもたくさんの人々を虐げ、悪事を重ねてきた。許してやる道理がない。
幸い、今ここには俺しか見ている者はいない。俺が、怒りを晴らすためにこいつをどうこうした所で、咎める者など誰もいない。むしろ、それこそが、これまでこいつらに苦しめられてきた人々へ報いることになるのではないだろうか。
そう、このまま俺が、この爪を、こいつの首に突き立てれば……!
…………。
………………ああ。
ああ、だけど。
もう一つ、頭にこびりついて剥がれないものがある。
グウェールが呟いていた。魔竜兵の力と引き換えに、家族や友人、故郷を捨てることになったのだと。
その意味は想像に難くない。このような異形に変じ得る存在が、果たして戦争が終わったとしても、かつてと変わらずに暮らしていけるだろうか。しかも、魔竜兵はいずれ戦いにしか快楽を見出せず、我を失くして暴れるだけに墜ちる定めなのだという。そんな奴を、人々が受け入れてくれるだろうか。
いや、それ以前に、自らが、そんな自分を大切な者たちの傍に置くことはできないだろう。だから、捨てたのだ。捨てるしかなかったのだ。
そうまでして、戦争に勝つため力を手にして……けど、国は戦争に敗れ、捨てたがために帰る場所もなく、心も、壊れ始めてて。そして、そんな奴に、平和になった世界で新たな居場所などあるはずもなく。
俺は、こいつが何で魔竜兵になったのかは知らない。志願したのか、強制だったのか、どんな思いで魔竜兵になったのかなど、知る由もない。
だけど、想像してしまう。戦争がなければ、こいつはどんな人生を送っていたのだろうかと。
きっとこれは、情けとか同情とか、そう呼ばれる類の感情だろう。
もちろん、こいつには情けなんてかける必要はないのかもしれない。どんな理由があったのにしろ、こいつがやったことは間違っている。俺自身の怒りだって、依然胸の内で燃え続け、俺を突き動かそうとしている。こんなちょっとの情け心で消せるわけはない。
だけど、だ。
「怒り」も「情け」も、どちらも俺が人間になってから得たものだ。化け物だった頃の俺には持ち得なかった感情。人間だからこその、心だ。
たとえどちらの感情を選んだとしても、俺が「人間」であることが揺らぎはしないだろう。どちらを掬い上げたとしても、それは人間らしい選択になるだろう。
だったら……俺が憧れる、なりたい「人間」は……。
「…………ふぅぅぅぅ」
幾許かの迷いの後、俺は息を吐いた。胸に残る熱を追い出すように、長く、長く。
そして、グウェールをしっかりと抱え直し、眼下の暗闇に目を凝らす。跳躍の力はとうに使い切り、俺たちの体は重力に捕まって、空から落下し始めている。
と、眼下に広がる森の中に、灯りの群体を見つけた。
騎士団の連中だ。数人が松明を持ち、こちらを見上げている。どうやら村へ向かっている途中だったようだ。おそらく、俺の後を追って村へ救援に向かう中、先程空で炸裂したグウェールの炎を見て足を止めた、といった所だろう。
「ったく、来んのが遅ぇっての……」
またしても重々しい溜息が漏れ、果たしてこれからどうしたものかと思案しながら、俺は冷たい風が吹き荒ぶ夜空の中を、引かれるに任せて落ちていった。
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